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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
33/64

【33】

 瀕死の重傷を負って、生死の境を彷徨ったファウステリアを、表だって責めるものはいなかった。

 内心はどうであれ、皆が皆、リュークに変わる新たな英雄を、すなわち縋るべき相手を求めていた現状で、強大な古の魔術を行使できるファウステリアを失うわけにはいかなかったのだ。

 グレーヒエルは英雄信仰によって、統治されていた国だ。信仰の対象であるリュークが亡くなっただけで、簡単に国は揺らいでしまう。そんな状況でリュークの穴埋めとなる唯一の存在である【贖罪の英雄】を、厳しく罰することが出来ようか。

 グレーヒエルに住む者は皆、彼女の瀕死の状況からの生還に、喜びを露わにした。


 しかし、ファウステリアが生還し、巨大バジリスクが討伐されたとはいえ、簡単に安心できる状態ではない。

 そもそも何故、バジリスクの中からこのような突然変異体が生まれたのか。

 唯の偶然と片づけるには、余りにその被害は大きかった。

 今回はたまたまバジリスクだっただけで、他の魔物には同様な変異種が現れ無いとも限らない。原因を根元から立たない限り、グレーヒエルの民が安心して眠れる日は来ない。

 宰相をはじめとした、国の上層部の人間は、ファウステリアが小康を得るなり、その原因の手掛かりになるようなことは無いかと、病床に就いているファウステリアを問いただした。

 ファウステリアは困ったように首を傾げながら、こう答えた。


「…分かりません。ただバジリスクを討伐し、毒牙に侵されたリューク様を都に連れて行かなければと、必死でしたので――あぁ、でも」


 ファウステリアは一瞬逡巡するかのように目を伏せて言葉を飲んだ。


「…転移魔法を行使した瞬間、森の奥でこちらを見ている女を目にしました。蛇の鱗を纏った、異形の女を…」


 ファウステリアの言葉に、押しかけた人々は騒然とした。

 蛇の鱗を纏った女。そんな存在がいたなら、それは魔族に違いない。

 魔族は人型をした、高い魔力を持つ魔物の総称である。魔族は知能が高く、魔物達を使役して従える危険な存在である。40年前にグレーヒエルの地に暗雲をもたらせた魔王もまた、魔族であった。

 魔族が魔物の生態に介入し、より強大な力を与えている。もしそれが事実ならば、40年まえの悪夢の再来である。グレーヒエルの地に、未知の力を持つ魔物が次々と襲撃してくるのだ。そんな恐ろしい事態が起こる前に、一刻も早く、原因となる魔族を排除しなければならない。

 しかし、ファウステリアは魔族の女に関して、それ以上の有益な情報を持ってはいなかった。その姿かたちですら、曖昧できちんと描写も出来ない始末だ。

 結局、魔族を討伐する糸口は何も見えないまま、ただ未知の化け物に対する恐怖だけが、その場にいた人物の中に浸透していった。



 リュークの喪が明けると、リーシェルを主体とした統治が始まった。

 お飾りの王として蔑まれていたリーシェルだったが、リーシェルの統治に対する民の反応は存外好意的だった。

 その背景には、【贖罪の英雄】であるファウステリアが、リュークの意志を継ぐ者としてリーシェルを全面的に支持していたことが大きかった。ファウステリアはいつでもリーシェルに寄り添い、リーシェルの為に魔術を行使した。英雄であるファウステリアが気に掛けるほどの人物ならと、リーシェルの評価は日に日に高まって行った。


 ファウステリアは、正妃ラミアを慮って、リーシェルとの関係を表だって示すことを良しとしなかった。

 ファウステリアはけして「側妃」という立場を受けようとはせず、面会は今まで同様秘密裡に行われた。今までと違うのは、それまでは言葉を交わすだけだった時間に、男女の営みが加わったことである。

 リーシェルは逢瀬を重ねれば重ねるほど、愛しい人の体を貪れば貪るほど、ファウステリアに溺れていった。

 元々親密とは程遠かった正妃ラミアとは、一層疎遠になって行った。



 やがて当然のように、ファウステリアはリーシェルの子を、その腹に宿した。


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