【27】
バジリスク討伐。
その実態は、討伐前に繰り広げた恋愛劇よりも、一層茶番だった。
「…ファウステリア!!右だ!!右からバジリスクが襲ってくるぞ!!」
「はいっ!!リューク様!!」
リュークの指示に合わせて体の位置をずらしながら、ファウステリアは込み上げてくる欠伸をかみ殺す。
リューク同様、ファウテリアの眼もまた、頭の後ろできつく結ばれた布で覆い隠されている為、直接バジリスクを見ることは出来ない。
しかし、リュークは知らないが、ファウステリアは目に頼らなくても、魔法で見たい光景を遠見することが出来る。
そして魔術を介した場合、バジリスクの眼の呪いは効力を発揮しない。
ファウステリアにとってバジリスクとの戦いは、普段の討伐とさして変わらないのである。
(しかし、化け物じみた爺だな)
ファウステリアは魔法を介してバジリスクの動きを観察しながら、内心舌を巻く。
目隠しをしているのにも関わらず、リュークの指示はほぼ正確だった。まるで実際に目で見ているかのようなその指示に、リュークもまた自分同様に遠見の魔法を行使しているのではないかと疑ってしまう程だ。
優れた感知能力と、また、その感知能力を生かして瞬時に体を動かせる身体能力。
とても齢60にもなる人物の物とは思えない。
「英雄」の肩書は伊達ではないことが、ありありと伝わって来る。
バジリスクの毒牙にかかって死んでくれれば一番手っ取り早かったのだが、期待出来なそうだ。
(何も知らぬまま死なせるのも、それはそれで面白くないからいいがな)
ファウステリアはひっそりと口端を上げる。
そんな、リュークが満足するような死に方は、つまらない。
やはりファウステリアが、自身で手を下さなければ。
(さて、そろそろ頃合か)
バジリスクもリュークも、なかなか疲弊してきている。
特にバジリスクは、ファウステリアの魔法攻撃でうろこのあちこちが焼け焦げ、リュークの剣によって引き裂かれた皮膚からは青黒い血をしたたらせている。
それでもなお、バジリスクの攻撃の威力が弱まる様子がないのは、さすがメティによって力を与えられた化け蛇だというべきか。
ファウステリアはバジリスクの尾の一撃を避け、手に魔力をこめる。
本来なら、人間は正気の状態ではけして見ることが敵わないバジリスクの眼を、ファウステリアは遠見の魔法を介して直視する。
感情がうかがえない筈のバジリスクの眼は、確かな人間に対する憎悪で爛々と光っていた。
(ニクイ)
(人間ガ、憎イ)
(殺シテヤル)
(人間ナンカ、皆、殺シテヤル!!)
声帯を持たぬ蛇の言語を解するは勿論、その心の内などうかがえるはずもないのに、何故かファウステリアにはバジリスクの感情がはっきりと伝わってきた。
メティから力を与えられたもの同士ということで、何か共鳴するものがあるのだろうか。
はたまた、単なるメティの嫌がらせか。
「…お前は、私に似ているね」
ファウステリアはリュークには届かない、小さな声で呟く。
バジリスクから伝わって来る感情は、ファウステリアの中に常に存在している感情だった。
全ての人間に憎悪を燃やして暴れるその様は、まるでファウステリアの心を具象化したようだった。
ファウステリアは、人間というだけで、この世の全ての人間を憎める。
人間ならば、誰を殺しても罪悪感など微塵も感じないし、むしろ殺すことに喜びさえ感じる。
だが、魔物に対しては違う。
一般の人間が魔物に対して抱くような、憎しみや、おぞましさ、恐怖をファウステリアが感じることは無かった。
魔物はファウステリアと同類だ。人間が忌み嫌う、人間の敵。
だからこそ魔物を積極的に殺したいかと問われれば、否と答える。
人間なぞよりも、魔物の方がファウステリアにとってはずっと愛おしい。
「――だが、私より、ずっと弱いな」
かと言って、殺したくないかと問われれば、その答えもまた、否なのだが。
ファウステリアが躊躇なく投げつけた灼熱の火の玉は、強靭なバジリスクのうろこをも溶かす。もだえ苦しむバジリスクを無感動に眺めながら、先程より威力強い火焔を手の中で形成する。
知能が低い魔物や獣の倫理観は、人間よりもずっと単純だ。
強いか、弱いか。食うか、食われるか。
生き残った者こそが、正義。
そこに情などというものは、存在しないし、必要が無い。
罪が無い生き物を傷つけることに、ファウステリアは何の躊躇いも感じない。
(罪がないものを傷つけてはいけないというならば)
ファウステリアは、自身の手のひらの上で巨大に膨張した火焔玉を、バジリスクに向けると口の中で風属性の魔法を唱える。
ファウステリアの背後から湧き上がった突風は、火焔玉を一瞬にしてバジリスクの元へと吹き飛ばし、その長い体躯へと叩きつけた。
(その弱さこそが、罪悪だ)
全身を灼熱の炎に覆われたバジリスクは、声帯がない喉から音にならない断末魔の悲鳴をあげる。
周辺の木々をなぎ倒し、その葉を燃やしながらあたり一帯を転げまわり、
やがて、動かなくなった。