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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
24/64

【24】

 ファウステリアはそっとリュークの手を両手で握り締めると、祈るようにその手を額に当てる。


「私は天国へ行くことが許せない、呪われた身。死後の世界まで共に行くことは出来ません。それでも、永久の別れが来るその瞬間まで、貴方様の傍で貴方様だけを想っております。誰よりも愛しい、誰よりも敬愛する、リューク様の事だけを」


「ファウステリア…どうして、貴女は…」


 リュークは泣きそうに顔を歪めながら、その細い体をそっと抱きしめる。



 なぜ死を宣告されたのも同様な命令を前に、かくも献身的でいられるのだ。


 なぜ、幸せそうに笑えるのだ。


 なぜ、そんな命令を出した自分を、詰ることもなくに愛の言葉を口にできるのだ。



 リュークが抱きしめた体は、力を加えれば簡単に折れてしまうのではないかと思う程、華奢で柔らかい女性の体だ。日々の訓練によって、鋼のような筋肉を身に着けた戦士のものとは全く違う。

 彼女はこの体で、未知の化け物と対峙しようというのだ。

 鍛えられた戦士は勿論、百戦錬磨の英雄であるリュークですら恐怖を覚えるような怪物と戦うというのだ。

 自分や、民の為に。ありもしない、罪を償うために。


 ついにリュークはその瞳から、涙をこぼした。

 ファウステリアが、悲しい。そして、どうしようもなく、愛おしい。

 リュークはファウステリアをかき抱く手に力を込める。


(――貴女は、絶対に私が守る)


 口に出せば、きっと守るべき立場は自分だと否定されてしまうだろうから、リュークは胸の内だけで誓う。


 例え、自らが滅ぶことになろうとも、リュークはファウステリアの命だけは守り抜く。


 何があっても絶対に、死なせはしない。



 リュークの腕の中、ファウステリアは歪に笑いながら、献身的な愛を囁く。



「愛しています。愛しているのです、リューク様。貴方と共にいれることが、私にとって、一番の幸福なのです」






「――バジリスクの討伐に行くというのは誠か!?」


 恒例の邂逅。

 顔を合わせるなり、必死の形相で詰め寄ってきたリーシェルに、ファウステリアは驚いたように目を見開いた。


「ええ。リューク様と二人で討伐へ出向くことになりましたが、どなたから聞かれたのですか?」


「行くなっ…!!」


 リーシェルはファウステリアの問いに答えずに、ファウステリアの肩を掴む。

 加減されていないリーシェルの手の力の強さに、ファウステリアは少しだけ顔を歪めた。


「行くな…!!通常のバジリスクとは全然違う、建物程の大きさがある大蛇だと聞いた。しかも鏡の盾も効果がない、未知の化け物だと…っ!!そんな危険な魔物のところに、貴女が行くことはないっ!!」


「…ですが、私とリューク様が討伐に行かねば、多くの民が犠牲に…」


「犠牲など、勝手に出させておけばいい!!」


 リーシェルの言葉に表情を曇らせた…曇らせたかのような表情を取り繕った…ファウステリアの様子には気付かず、リーシェルは激しい口調で言い募る。


「民など、何百でも何千でも、勝手に死なせておけばいい!!そんな有象無象の命よりも、私には貴女の命の方が大切だ!!私は貴女には、貴女だけには、死んでほしくないのだ…っ!!」

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