【24】
ファウステリアはそっとリュークの手を両手で握り締めると、祈るようにその手を額に当てる。
「私は天国へ行くことが許せない、呪われた身。死後の世界まで共に行くことは出来ません。それでも、永久の別れが来るその瞬間まで、貴方様の傍で貴方様だけを想っております。誰よりも愛しい、誰よりも敬愛する、リューク様の事だけを」
「ファウステリア…どうして、貴女は…」
リュークは泣きそうに顔を歪めながら、その細い体をそっと抱きしめる。
なぜ死を宣告されたのも同様な命令を前に、かくも献身的でいられるのだ。
なぜ、幸せそうに笑えるのだ。
なぜ、そんな命令を出した自分を、詰ることもなくに愛の言葉を口にできるのだ。
リュークが抱きしめた体は、力を加えれば簡単に折れてしまうのではないかと思う程、華奢で柔らかい女性の体だ。日々の訓練によって、鋼のような筋肉を身に着けた戦士のものとは全く違う。
彼女はこの体で、未知の化け物と対峙しようというのだ。
鍛えられた戦士は勿論、百戦錬磨の英雄であるリュークですら恐怖を覚えるような怪物と戦うというのだ。
自分や、民の為に。ありもしない、罪を償うために。
ついにリュークはその瞳から、涙をこぼした。
ファウステリアが、悲しい。そして、どうしようもなく、愛おしい。
リュークはファウステリアをかき抱く手に力を込める。
(――貴女は、絶対に私が守る)
口に出せば、きっと守るべき立場は自分だと否定されてしまうだろうから、リュークは胸の内だけで誓う。
例え、自らが滅ぶことになろうとも、リュークはファウステリアの命だけは守り抜く。
何があっても絶対に、死なせはしない。
リュークの腕の中、ファウステリアは歪に笑いながら、献身的な愛を囁く。
「愛しています。愛しているのです、リューク様。貴方と共にいれることが、私にとって、一番の幸福なのです」
「――バジリスクの討伐に行くというのは誠か!?」
恒例の邂逅。
顔を合わせるなり、必死の形相で詰め寄ってきたリーシェルに、ファウステリアは驚いたように目を見開いた。
「ええ。リューク様と二人で討伐へ出向くことになりましたが、どなたから聞かれたのですか?」
「行くなっ…!!」
リーシェルはファウステリアの問いに答えずに、ファウステリアの肩を掴む。
加減されていないリーシェルの手の力の強さに、ファウステリアは少しだけ顔を歪めた。
「行くな…!!通常のバジリスクとは全然違う、建物程の大きさがある大蛇だと聞いた。しかも鏡の盾も効果がない、未知の化け物だと…っ!!そんな危険な魔物のところに、貴女が行くことはないっ!!」
「…ですが、私とリューク様が討伐に行かねば、多くの民が犠牲に…」
「犠牲など、勝手に出させておけばいい!!」
リーシェルの言葉に表情を曇らせた…曇らせたかのような表情を取り繕った…ファウステリアの様子には気付かず、リーシェルは激しい口調で言い募る。
「民など、何百でも何千でも、勝手に死なせておけばいい!!そんな有象無象の命よりも、私には貴女の命の方が大切だ!!私は貴女には、貴女だけには、死んでほしくないのだ…っ!!」