【22】
「――ジーベルトが、死んだ」
報告を受けたリュークは、思わず手に持っていた書類を落とした。
腹心の部下。
何十年も共に戦ってきた、仲間。
心から信用して、自身の気持ちが打ち明けられる数少ない相手。
彼が、死んだ。
それはリュークにとって、あまりにも辛い知らせだった。
「ジーベルトっ!!…」
リュークは部下の眼も憚らず、その眼から滝のような涙を流して慟哭した。
本当ならば、先王という立場を鑑みて、部下の一人の死くらい毅然として受け流さなければならないのかもしれない。
だけどリュークは、敢えて素直に感情を露わにした。
彼の死を、公で心から悲しみ嘆くことこそが、永年の彼の忠誠に報いることだと思った。
真の悲しみの前には、矜持はいらない。
最近では、ファウステリアの扱いを巡って、争うことも多かった。
彼の根拠のない進言を疎ましくも思っていて、しばしば遠ざけることもあった。
それでも、リュークはジーベルトが好きだった。
性根は臆病なのに、真っ直ぐで、常に全力で自分にぶつかってくるジーベルトの気質を、リュークは愛していた。
ジーベルトは、リュークにとって、かけがえのない、唯一無二の友だった。
「先王陛下…ジーベルト将軍の命を奪ったバジリスクは、大型のドラゴンほどの大きさがあり、またその眼の呪いは、鏡越しでも効果を発揮するそうです」
リュークの嘆く悲しむ様子に、ジーベルトの死を知らせた宰相はしばし黙り込んでいたが、ややあって報告を続けた。
「鏡の盾が、効かない…?」
「そんな特性を持つバジリスクは、今まで見たことはありません。被害は山中を留まらず、麓の村々まで及んでおります。討伐が長引けば長引くほど、被害は拡大していくでしょう」
宰相は少し躊躇うように言葉を飲んでから、再び言葉を続けた。
「…現在、この国で最も力がある戦士は、古代魔法を行使できるファウステリアです。彼女を討伐に行かせるしか、術はないかと思われます」
「…それは、本気で言っているのか?」
リュークの言葉に、宰相は目を伏せた。
「鏡の盾が効果が無い魔物だぞ!?」
「それでも、ファウステリアの魔法があれば…」
「魔法で何とかなる魔物じゃないっ!!」
リュークは宰相のあんまりな言葉に、友を失った悲しみも忘れて激高した。
「鏡の盾を使えないということは、目隠しで戦うしか術はないということだ!!ファウステリアはいかに魔法が優れていても、武術の才はない!!気配で攻撃を避けることも出来ぬ女を、ただ一人で未知の怪物の元へ向かわせるというのか!?」
宰相は苦虫を噛んだような表情を浮かべたが、それでも真っ直ぐにリュークを見つめた。
「――相討ち覚悟で行かせれば、なんとでもなりましょう」
「っ貴様!!」
「先王陛下!!よくお考えください!!」
怒りを露わにするリューク。
しかし、宰相もまた、譲らない。
「一の戦士の犠牲で、数え切れぬ民が救われるなら、そうするべきです!!しかもファウステリアは、平民出身の呪われた女!!そして、先王陛下を心から敬愛している!!貴方様の命令なら、命を投げ出すことも厭わないほどに!!ファウステリアとて、自らの贖罪の為に命を投げ出せるなら本望でしょう!!彼女を使うべきです!!」
「女の命を犠牲に魔物を討伐して、何が英雄か!!」
「それならば、一体他に何の術があるのです!?」
宰相の言葉に、リュークは言葉に詰まった。
そんなリュークの様子に、宰相は畳み掛ける。
「いくら熟練の戦士とて、目隠しの状態でその実力を発揮できるほど優れた感覚能力を持つ者は殆どおりません!!そして、そんな感覚をもっていても、そんな化け物を討伐できるほど自在に剣を操れますまい!!剣による攻撃力とて、低下しましょう。しかしファウステリアの魔法ならば、発動後の効力だけは間違いない!!ならば、僅かにでも利がある、彼女に行かせるべきだ!!勝機もないまま、ファウステリアが女性だからという理由だけで登用を避け、徒に多くの戦士を死なせるのは間違っております!!」