第159話 奴隷、ムーンヴァリー王国の王子と再会す
「キャー、助ケテー、誰カー」
ムーンヴァリー王国の王都ハシャスで、一番人の往来があると思われる大通り。
その傍らに、アイネスの棒読みのセリフが響き渡る。
それでも珍しい精霊が、全身を縄で縛り上げられ、助けを呼ぶ姿は強烈らしく、通行人の目をかなり引く。
「アタシに何をやらせてんのよ」
「嵌めるような真似をしたのは謝るが、これは契約だからな。しっかり働いてもらわないと」
「こんなことをさせて、本当に意味があるんでしょうね」
「大丈夫だ。アイネスは上位精霊、誰もが助けたいと思う存在だ」
満足気な顔を作り、再び下手な演技を続けるアイネス。
そんな俺とアイネスの後ろで、セレティアは顔を伏せて立っているだけだ。
「こんな恥ずかしい真似しなくてもいいんじゃない?」
「時間が惜しいからな。これなら食いついてくれる者がいるだろう」
騒ぎを聞きつけ、腕に自信がありそうな連中もチラホラと顔を見せ始める。
だが、せいぜい中位冒険者までで、上位冒険者と思しき者は見当たらない。
「仕合で俺に勝てば、この精霊をくれてやるぞ。腕に覚えのある上位冒険者はいないのか!」
ざわつく観衆の中から、筋肉質の大男と、魔法師と見られる中年の女が一歩前へ出る。
だが、到底上位冒険者には及ばない魔力と気配だ。
無駄に発達した筋肉は、背中に背負う大剣を振り回すだけのもので、女の魔力は一等級魔法を放つことはかなわない量しかない。
「何が上位冒険者だ、てめぇはこの前、ギルドで冒険者の手続きをしてたド素人だろうが」
あの場にいた冒険者か……面倒だが仕方ない。
「だから何だ? 実力にランクは関係ないということを、その体に刻んでやってもいいんだぞ。ただし、指導料はいただくがな」
「どこで捕縛したかは知らねぇが、精霊様をそんな扱いするてめぇのようなクズは許さねぇ」
男が大剣を構えると同時に、後ろに控える女が魔法を唱える。
それは攻撃魔法でも防御魔法でもない。
男の足元から風が巻き起こり、目に見えて手に持つ大剣の扱いが変わる。
先ほどまで、その見た目どおりの重量を感じていた男が、今はナイフを持つかのように軽々と振り回す。
「今さら怖気づいても許さねぇぞ。自分が何をしたか、痛い目にあって後悔しやがれ」
フィーエルが使っていた魔法の劣化版だが、それでも中位冒険者の大男にしては素早い動きで距離を詰めてくる。
ド素人と罵った相手、さらに仕合だということを忘れているのか、俺の脳天目掛けて振り下ろされた大剣は、何の抵抗もしなければ、俺の体を真っ二つにできるほどのものだ。
「中位冒険者にしては、いいコンビネーションだ。しかし、その程度じゃ話にならないな」
ここは圧倒的な力を見せつけるほうが、今後の無駄な仕合を避けるためにも効果的だろう。
振り下ろされた大剣を、人差し指と中指の二本で受け止めてみせる。
「なんだとッ‼」
二本の指で挟まれて微動だにしない大剣を、男は顔を真赤にしながら動かそうともがく。
魔力循環を少し開放すれば、この程度は造作もない。
さらに、そのまま火属性魔法を指先で発動させると、大剣が瞬く間に赤く燃え上がり、ドロドロと溶け始めた。
「アチチチチチチィッ!!」
男が大剣を手放し、地面に落ちたグリップ部分が甲高い音を発する。
「指導料は何にしようか、このまま腕の一本でもいただいてもいいんだが」
「わ、わかった! これが今の、俺の全財産だ、これで許してくれ!」
男は慌てた様子で、金が入った袋を俺に投げつけてきた。
それはズッシリと重く、中位冒険者程度なら、本当に全財産なのだろうと想像できるくらいのものだ。
「いや、流石に全財産は……」
だが、男と女は何も言わず背を向け、逃げ出すように人混みに消えてしまった。
これだけの金があれば、アイネスが食べた分くらいにはなるだろうが……。
「演技なのよね、それ演技なのよね? アタシの目には、ウォルスが本物の悪人に見えてきちゃったわ。そう思わない、セレティア」
「ちょっとやりすぎかもね」
「今ので、人間の興味を引くだけじゃなく、悪意まで引き出しちゃったみたいよ」
二人が言ったことを否定しようと振り返るが、周りを囲む観衆から伝わる空気が、それをさせなかった。
恐怖、憎悪、憤怒、そういったものが黒い悪意となって周辺を満たしてゆく。
やりすぎたわけじゃないとは思うが、あの男が金を投げて逃げていったのが起点となり、衛兵を呼びにいったほうがいいんじゃないか、という声があちこちから聞こえてきた。
そこへ響く、複数の馬のいななき。
観衆がその声がしたほうへ一斉に振り返り、それに応えるようにこちらへ走ってくる四頭立ての馬車。
立派な外観の馬車は、貴族、それもかなりの力を有する者が乗るものだ。
ゆっくりと減速した馬車は観衆を掻き分け、俺の目の前で停車した。
「オレの国で騒ぎを起こされるのは困るなぁ、いったい何をしてるんだい」
馬車から姿を現した青年に対し、観衆が沸き起こる。
俺もその青年には見覚えがあった。
このムーンヴァリー王国の王子にして、あのセオリニング王国のヴィクトルの従兄弟であるレブレヒト・ヴィスマイヤーだったからだ。
その後ろには、セオリニング王国での会談で、レブレヒトから爺と呼ばれていた剣士、コスタ・ネスレーゼがぴったりと張り付いている。
「おお、これはこれは美しい女性に……精霊様ではないですか」
レブレヒトはセレティアに近づいて跪くなり、ごく自然に手の甲にキスをした。
「ひぃぃっ!」
みるみる青ざめていくセレティア。
勢いよく手を引っ込めるが、レブレヒトは気にせず、今度はアイネスの前へ立つと、今度は天を仰いだ。
「精霊様を縄で巻くような卑劣な真似を、誰が……爺ッ!」
コスタ・ネスレーゼが剣を抜いた瞬間、アイネスに巻きつけていた縄が両断される。
剣身は全く見えなかった……距離から考えても切っ先が届くわけはない。
かと言って、精密に縄だけを切断しということは、何かを飛ばしたわけでもないはずだ。
魔法ではないことから考えられるのは、あの剣が魔道具だった場合、と大体の予想をつけたところで、レブレヒトがこちらに顔を向ける。
「精霊様を縛り上げていたのはキミか。クロリナ教に連なる精霊様を仇なすものは、このムーンヴァリー王国第一王子、レブレヒト・ヴィスマイヤーが許すわけにはいかないっしょ」
言い放った直後、観衆から大きな声援が沸き起こった。
「レブレヒト様万歳!!」
「精霊様をお助けください。先ほど中位冒険者が挑んだのですが、返り討ちにあっていました」
「そいつは魔法も使えるようです」
「そいつは生意気にも、上位冒険者と立ち合いたいって言ってました。仕合に勝てば、精霊様を自由にすると。ついでに、中位冒険者からはお金も奪った悪党です!」
あの軽い王子は、どうやら国では人気があるらしい。
応援以外にも、どんどん情報を与えてゆく者が絶えない。
中には嘘も混ざっているようだが……。
どちらにしても、これは好都合だ……王族となれば利用しない手はない。
このまま流れに乗ってみようか。
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