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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
23/64

【23】

 リュークは深く深く息を吐いて、全身を預けてもたれ掛るように椅子に腰かけた。

 沈黙が部屋中を支配する。


「――ファウステリアに、巨大バジリスクの討伐を打診しよう」


 リュークが吐き捨てるように言った言葉に、宰相の表情が喜悦に染まる。


「さすが、先王陛下です!!最善の策を、最終的には選ばれる!!貴方様なら、きっとそう決断されると、私めは信じて…」


「―だが」


 リュークを讃えるおべんちゃらを続けようとする宰相を、リュークは鋭い目で睨み付ける。


「一人では、討伐に行かせない。…私も共に出向こう」


 宰相の顔から、瞬時に血の気が引いた。


「…っ先王陛下!!万が一貴方様に何かあれば、この国はっ!!」


「私は、過去の亡霊だ」


 リュークは低い声のまま、平静に言い放つ。


「本来なら、王という位を退いた時点で、リーシェルに全てを任せるべきところを、ずるずると私が権力を握ったまま今日まで来てしまった。今の状況こそ、間違っているのだ」


「――先王、陛下…」


「随分と老いたが、それでも未だなおこの国で、私以上に武勇に優れたものはいまい。魔法の力を持ってファウステリアと共に討伐へと向かうものとして私以上に適任のものはいるまい。元より、ファウステリアがいなければ、ドラゴンの討伐の時点で潰えていた命だ。それを民の為に使うことに、何の躊躇いがあろうか」


 宰相へ向けられたリュークの鮮やかな藍色の瞳は、確かな覚悟を秘めながらも、穏やかに凪いでいた。


「元より自身の武勇で築いた地位だ。…私は賢王として王宮で死ぬよりも、英雄として戦場で散りたい」


「先王陛下…」


 リュークは、ファウステリアを女性として愛している。

 だから、彼女を一人で危険に晒すような命令は出したくない。

 しかし、リュークが自らが討伐に参加することを決意したのは、そんな私的な理由故ではない。

 自分の愛する人の為だけに、他の人間のことを考えず本能のまま動く程、リュークは愚かではない。

 そんな風に動くには、自分は年をとり過ぎた。

 国を統べるものである期間が長すぎた。


 リュークは目を瞑って、先程宰相にぶつけた言葉を反芻する。


「――女の命を犠牲に魔物を討伐して、何が英雄か…」



 英雄であり続けることは、リュークにとって唯一にして、絶対の矜持だ。

 例え自分の命を犠牲にしても、守りたいものだ。

 女の命を犠牲にすることを、それが最善だからと平気で選択できるような男は、英雄とは言えない。



「…ファウステリアへは、私が直接命令を出そう」


「先王陛下…貴方様がいなくなれば、国は揺らぎます。それでも、お考えを変えては下さらないのですね…」


「私が居なくなって揺らぐのならば、私が不死ではない以上、結局はいつか起こったことだ。ならば時期が早まろうと同じこと」


 リュークは宰相に一瞥もくれずに、腰かけていた椅子から立ち上がった。


「…リーシェルを、頼んだ」


「先王陛下!!」


 リュークは宰相の悲痛な叫びを背中に感じながら、ただ一度も振り返るほとがないまま、部屋を後にした。





「――私が、リューク様と二人で、巨大バジリスクの討伐に?」


 いつもの邂逅の場で、リュークの言葉を聞いたファウステリアは、驚いたように目を瞬かせた。

 そして、ややあって、その紫水晶からほろほろと涙を零れさせた。

 そんなファウステリアの姿に、罪悪感で胸が締め付けられる。


「貴女を危険な場に行かせることになって、本当に申し訳ない。だけど、貴女以外に討伐を任せられる相手が…」


「違うのです」


 ファウステリアは頭を振りながら、流れた自分の涙をその白い指先で掬った。


「私はバジリスクの討伐がいやで泣いているのではありません。…私は、嬉しくて泣いているのです。嬉しくて嬉しくて、仕方無いのです」


 そう言って、ファウステリアは、花がほころぶように柔らかく笑んだ。


「リューク様が、私と一緒に討伐に出て下さる。私に、背中を預けてもよいと思うくらい、信頼を置いてくださる。その事実が、嬉しくて仕方ないのです」

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