インターネットというものが、この世に登場して40年が経とうとしている。

正確にインターネットの歴史を学んだわけではないが、おおよそそのくらいである。

日本最初のインターネットは、当時慶應の理工学部の学生であった村井純氏が、許可なく大学間に引いたのが始まりとされている。

そんな一人から始まったインターネットではあるが、現在ではなくてはならないもので、1億84万人の人が利用している。

この記事では、そんなインターネットのあるべき姿について以下の順で考察していきたいと思う。

そもそもインターネットってなんのツール?

インターネット自体が、さまざまなものと混同されがちだと私は考える。

「Google=インターネット」

「SNS=インターネット」

このように考える人も多いのではないだろうか?

実際、間違ってはいないと思う。

それら全て含めて、インターネットと呼んで良いだろう。

インターネットというのは、難しい言葉であえて説明すれば、世界中のコンピュータなどの情報機器を接続するネットワークのことである。

つまりはSNSは相互にスマホという媒体を通して世界中の人と繋がることができる、インターネットを通じて。

こうしたインターネットが、今なくてはならないものとなっている。

何をするにも、ネットがなければ始まらないのだ。

インターネットのあるべき姿とは?

インターネットは、元々はクローズドな通信手段だった。

それが、さまざまな人の努力や今後の可能性を鑑みて世の中に開かれる存在となった。

だが、そこには弊害も生まれてきている。

インターネットの弊害

直近起きた最たる例が、木村花さんの事件であることは言うまでもない。

誰もが匿名で物事を発信でき、情報を相互に共有できると言うシステムが引き起こした弊害である。

ただ、こうしたことが起きるためにインターネットが世の中に開かれたわけではない。

世の中をより便利にすると言う、表面的ではあるが目的があったはずである。

そうした物事を無視して、誰もが発信し人を傷つける、あってはならないことだ。

インターネットの大衆化

また、インターネットが大衆化したことによる弊害も起きている。

かつてスティーブ・ジョブズはこう言った。

「テレビは人をバカにする」
「テレビを見ると、僕たちをアホにしようという陰謀の臭いを感じた。」
「テレビは脳をOFFにし、パソコンは脳をONにする。」

このようにテレビを評した。

しかしながらどうか?今インターネットという存在が私たちをバカにしていると私は思う。

年々、技術革新が起きパソコンを使わない人も増えてはいるが、インターネットというものが思考を停止させるものになってはいないだろうか?

もちろんインターネットを賢く使っている人も多い。

しかしながら、世の中に情報が溢れ、そこについていけない人たちは嘘の情報に踊らされる。

正しい情報とは何か、間違っている情報とは何かを見極める力が非常に重要になってくる。

大衆がインターネットを利用することで、一昔前ならチェーンメール出会ったり、今ならデマ情報をツイッターでリツイートしてしまう。

そんな大衆化の弊害も起きている。

インターネットの今後はどうなっていくのか?

情報を伝える手段という革命の歴史を追っていくと、最初は紙から始まり、ラジオ・電話、テレビ、インターネットである。

ラジオや電話が生まれてからは100年周期ぐらいで、情報の伝達手段は入れ替わっている。

今後どうなっていくかは誰にも予測はつかない。

しかしながら、一つ言えることとしては今後50年で全てがインターネットベースになることは誰もが感じている。

インターネットという通信手段をベースに、映像や音声が届けられる仕組みづくりが行われていくのではないかと考える。

clubhouseは、音声で繋がるSNSだ。

ただ、やっていることとしてはすごいアナログで、しかも招待制である。

5Gの可能性は、どこまでのものか定かではないが、時期に映像を発信するインターネットメディアが主流になるかもしれない。

このように、インターネットが生まれて40年、予定調和的にさまざまな物事が進化してきたと言っても良いかもしれない。

ただ、インターネットにも終わりが必ずくる。

どこがで予定不調和がおこるのだ。

それに、日本が中止となって何かを生み出すor引っ張っていく存在とならない限り日本の未来はないかもしれない。