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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
20/64

【20】

 鋭い眼光や、高圧的な態度。

 口元に蓄えた立派な髭などで誤魔化しているが、その外見に反してジーベルトの本質は臆病だ。

 そしてそのことを、ジーベルト自身がはっきりと自覚している。


 数え切れないほど死線をくぐっているが、ジーベルトは未だ闘いが怖い。相手が人間であれ、魔物であれ、それは同じだ。


 死にたくない。


 死ぬのは、怖い。


 逃げたい。



 ちょっと気を抜けば、そんな弱音を吐きそうになる。

 本当はジーベルトは戦士になぞなりたくなかった。田舎の領主にでもなって、自身も農民に交じって土まみれになりながら、作物でも耕してのんびり平和に生きたかった。そっちの方がよほど性にあっている。

 だが、ジーベルトの家系は代々が武勇を誇る高位戦士の家系であり、皮肉なことにジーベルトは武勇の才能に恵まれていた。厳格な父親をはじめとした親族達の圧に耐えきれず、ジーベルトは泣く泣く戦士の道へと進んだ。



 ジーベルトは、かつては直属の上司だったリュークを、心底尊敬している。

 自身の中で「英雄とはどのような存在であるか」という明確で揺らぎない信念をもち、その信念をけして裏切ることなく生きる姿は、初めて闘いを共にした時からけして揺らぐことはなく、ジーベルトにはとても眩しくみえる。こんな風に生きれたらと素直に憧れる。

 信念を胸に戦い抜いた結果、リュークは王にまで上り詰め、英雄になった。自分とは大違いだ。

 ジーベルトは将軍などという不相応な肩書を得ているが、自分にその地位を与えたのは信念でも理想でも、野心でもない。

 ジーベルトを今の地位まで後押ししたのは、他でもない、「死への恐怖心」だった。



 死にたくない。


 ――だから、生きる為の方法を必死に考える。


 死にたくない。


 ――だから、武勇の訓練を重ねる。


 死にたくない。


 ――だから、敵を確実に仕留める。




 そんなことを繰り返しているうちにジーベルトは功績を重ね、いつしか将軍などという地位を得ていた。

 全ては臆病が故の結果。

 けして誇らしい話ではない。


 けれども、リュークはジーベルトに言った。

 それでいいのだと。

 全ての戦士が死を恐れず無鉄砲な闘いをすれば、すぐに隊は全滅してしまう。慎重な人間がいなければ、困るのだ。

 死を恐れる人間は、他者の死もまた、よしとしない。少なくともジーベルトはそうだ。

 そういう人間こそ、司令官には相応しい。

 身を犠牲にして無鉄砲な闘いを行うのは自分の役目だ。ジーベルトは死なない、死なせない闘いをしてくれと、そう言った。



 その言葉を聞いた時、ジーベルトは一生この人について行こうと思った。

 恐らくは生涯に渡って付きまとうであろう、コンプレックス。

 それを肯定してくれたリュークだからこそ、従いたいと思った。

 色々と口出ししてくる親族が老齢故に亡くなってもなお、この人の為に戦士を続けようと決意した。




 ジーベルトは、臆病な人間だ。


 だからこそ、誰よりも危機察知能力は優れている。それはもはや、生まれた時から持っている動物的な勘だといっても良い。


 そんなジーベルトの本能が、初めてファウステリアと対峙した瞬間から警告音を鳴らすのだ。



『コノ女ハ危険』

『コノ女ハ、リューク様ヲ害スル』

『コノ女ハ、国ヲ傾ケル』



 それは何の根拠もない、確信だった。

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