【20】
鋭い眼光や、高圧的な態度。
口元に蓄えた立派な髭などで誤魔化しているが、その外見に反してジーベルトの本質は臆病だ。
そしてそのことを、ジーベルト自身がはっきりと自覚している。
数え切れないほど死線をくぐっているが、ジーベルトは未だ闘いが怖い。相手が人間であれ、魔物であれ、それは同じだ。
死にたくない。
死ぬのは、怖い。
逃げたい。
ちょっと気を抜けば、そんな弱音を吐きそうになる。
本当はジーベルトは戦士になぞなりたくなかった。田舎の領主にでもなって、自身も農民に交じって土まみれになりながら、作物でも耕してのんびり平和に生きたかった。そっちの方がよほど性にあっている。
だが、ジーベルトの家系は代々が武勇を誇る高位戦士の家系であり、皮肉なことにジーベルトは武勇の才能に恵まれていた。厳格な父親をはじめとした親族達の圧に耐えきれず、ジーベルトは泣く泣く戦士の道へと進んだ。
ジーベルトは、かつては直属の上司だったリュークを、心底尊敬している。
自身の中で「英雄とはどのような存在であるか」という明確で揺らぎない信念をもち、その信念をけして裏切ることなく生きる姿は、初めて闘いを共にした時からけして揺らぐことはなく、ジーベルトにはとても眩しくみえる。こんな風に生きれたらと素直に憧れる。
信念を胸に戦い抜いた結果、リュークは王にまで上り詰め、英雄になった。自分とは大違いだ。
ジーベルトは将軍などという不相応な肩書を得ているが、自分にその地位を与えたのは信念でも理想でも、野心でもない。
ジーベルトを今の地位まで後押ししたのは、他でもない、「死への恐怖心」だった。
死にたくない。
――だから、生きる為の方法を必死に考える。
死にたくない。
――だから、武勇の訓練を重ねる。
死にたくない。
――だから、敵を確実に仕留める。
そんなことを繰り返しているうちにジーベルトは功績を重ね、いつしか将軍などという地位を得ていた。
全ては臆病が故の結果。
けして誇らしい話ではない。
けれども、リュークはジーベルトに言った。
それでいいのだと。
全ての戦士が死を恐れず無鉄砲な闘いをすれば、すぐに隊は全滅してしまう。慎重な人間がいなければ、困るのだ。
死を恐れる人間は、他者の死もまた、よしとしない。少なくともジーベルトはそうだ。
そういう人間こそ、司令官には相応しい。
身を犠牲にして無鉄砲な闘いを行うのは自分の役目だ。ジーベルトは死なない、死なせない闘いをしてくれと、そう言った。
その言葉を聞いた時、ジーベルトは一生この人について行こうと思った。
恐らくは生涯に渡って付きまとうであろう、コンプレックス。
それを肯定してくれたリュークだからこそ、従いたいと思った。
色々と口出ししてくる親族が老齢故に亡くなってもなお、この人の為に戦士を続けようと決意した。
ジーベルトは、臆病な人間だ。
だからこそ、誰よりも危機察知能力は優れている。それはもはや、生まれた時から持っている動物的な勘だといっても良い。
そんなジーベルトの本能が、初めてファウステリアと対峙した瞬間から警告音を鳴らすのだ。
『コノ女ハ危険』
『コノ女ハ、リューク様ヲ害スル』
『コノ女ハ、国ヲ傾ケル』
それは何の根拠もない、確信だった。