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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【18】

「また話を聞いてくれないか」


 そう言って、次の逢瀬を約束して立ち去ったリーシェルは、会う回数を重ねるごとにファウステリアに傾倒していくようになっていった。

 秘密の恋人気取りのリュークは言わずもがなだ。


 親子二人を手玉に取りながら、ファウステリアは機を伺う。


(さて、そうそろ頃合か)


 いい加減、理想の女を演じる遊びにも飽きてきた頃だ。



 さぁ、夢見る時間は終わりだ。


 存分に愉しい夢は見れただろう?


 そろそろ夢の代償を支払う時だ。



 お前らの全てを奪って、食い尽くしてやる。






 都から離れた、とある山間部。

 一匹の魔物が死の淵にいた。

 魔物の種族はバジリスク。

 雄鶏が産んだ卵が、蟾蜍によって孵化させられて生まれた大蛇。

 猛毒を持つ牙と、人を死に誘う暗示をかける特殊な隻眼が特徴だが、その眼は突き刺さった剣によって潰されている。

 バジリスクの眼が持つ能力は特殊だが、実は鏡越しで見た場合、その効力は失われてしまう。

 牙がもつ毒は致死率は非常に高いが、成人男性程の体躯があるバジリスクの体は重く、野生の蛇ほど俊敏に動かない。

「鏡の盾」と言われるバジリスク退治専用の防具さえあれば、実のところ討伐自体はそう困難ではない、中程度のレベルの魔物なのだ。

 そしてこの魔物自身も、先程人間の討伐隊に攻撃され、瀕死の状態に追い込まれた状態で、死んだものだとして放置されているのが現状である。

 目こぼしされた幸運に感謝しようにも、与えられた傷は深く、もう数分もすれば息絶えるののは分かりきっている。


 既に黄泉の世界へと半分存在しない筈の足を踏み入れ掛けていたバジリスクは、不意にどこかで覚えがある気配を感じて、ゆっくりとその鎌首をもたげた。


「――ああ、よかった。よかった。君はまだ生きているね」


 感じるのは硬いうろこに覆われた皮膚ですら刺すような、強大過ぎる魔力。

 遥か遠い昔に、忠誠を誓った覚えがある、懐かしい気配。

 思い出した。

 これは昔の主の気配だ。

 けして逆らってはいけない、主の気配だ。


「ふふっ…なんだか君は誰かと似ているなぁ」


 くすくすと愉しげな笑い声が聞こえてくる。


「ねぇ、君は助かりたくない?助かって、君をこんな風にした相手に復讐したくない?」


「…?…」


 掛けられた言葉に、バジリスクは小さく首をひねった。

 バジリスクの知能はそう高くない。動物のそれとそう変わらない。

「言葉」のニュアンスは分かっても、その意味を理解することは出来ない。


「蛇に言ってもわからないか…まぁ、いいや。勝手に助けるからさ。ついでに頭ももう少しよくしてあげる」


 主から発せられた眩いばかりの光が、バジリスクの全身を包んだ。

 一瞬で討伐隊によって負わされた傷が回復したかと思うと、次の瞬間全身が数倍に至るまで膨張し、体内の筋肉がめきめきと音をたてて増強されていった。


 頭の中に、人間や魔族が使う、特別な言語がなだれ込む。



【――…――っ…――イッ…―クイッ】



【憎イ、憎イッ、憎イ!!】



【自分ヲ傷ツケタ人間ガ…仲間ヲコロシタ人間ガ憎イ!!】




 初めて理解したはずの「言葉」は、それでもすんなりとバジリスクの中に溶け込んでいった。

 初めて理解した自分の「感情」

 だがその感情は、理解出来てこそいなかったが、討伐隊と対峙した瞬間既にバジリスクが抱えていたものだった。



「さぁ、君の敵は南にいるよ。いってその想いを晴らすといい」


 かつての主が指差す方向へ、バジリスクは家屋大にまで膨張した体を引きずって向かう。

 自分の中で燃え上がる怒りを「敵」にぶつける為に。

 回復したその眼で、その牙で、敵を滅ぼすために。



「…まったくファウステリアも人使い、いや、悪魔使いが荒いなぁ。」



 そんなバジリスクの背中を見送りながら、愉快気な微笑を口元に讃えたメティは、小さくぼやいた。

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