【16】
「…リーシェル様!!こんな夜更けに供もつけず何をなさって…」
気配を感じさせないまま近づいて、突然声を掛けたファウステリアに、リーシェルは驚いたかのように振り返る。
視線がかち合った瞬間、ファウステリアはわざと驚いたかのように息を飲んで見せた。
「――泣いて、らしたのですか…」
(やっぱり一人でこそこそ泣いていたか。女々しい男だな)
ファウステリアは内心の毒を微塵も表に出さず、澄んだエメラルド色の瞳から涙をこぼしてて佇むリーシェルの元へ、慌てて駆け寄る。
「まさか、どこか体調に異変がっ!?は、早く、お医者様の手配を…」
「…違う!!そんなのではないっ!!勝手なことをするなっ!!紫水晶の化け物がっ!!」
リーシェルは、そんなファウステリアに対して、ヒステリックに怒鳴りつけた。
リュークが遅くに授かった子供とはいえ、確か年齢は20はとうに超えているはずである。
王という大それた地位にあり、ラミアという妻をも持つ立派な成人でありながら、随分と子供っぽい対応をするものだと、密かに呆れる。
「…申し訳、ありません」
リーシェルの言葉に、ファウステリアは蒼白になって唇を戦慄かせ、消え入りそうな声で謝罪を述べると、そのままリーシェルに背を向けた。
「呪われた私のようなものが国王陛下を心配するなど、何と奢り昂ぶった行為をしてしまったのでしょう。申し訳ありません…これ以上リーシェル様の気分を害さないように私はすぐに消えましょう…」
「っ待て!!ファウステリア!!」
啜り泣きながら駆けだそうとしたファウステリアの手を咄嗟に掴んで、リーシェルは必死の形相でファウステリアを呼び止めた。
「ちが、違うんだ!!今のは、本音ではないんだ!!私は貴女のことをそんな風に思ってはいない!!つい、つい気が動転して言ってしまっただけなんだ!!どうか、傷つかないでくれ、ファウステリア。私を嫌わないでくれ!!」
情けなく顔を歪めて言い募るリーシェルを、ファウステリアは内心の嘲笑を押し隠しながら眺めた。
リーシェルはお飾りの王だ。それ故に、面識はあれど、今までまともに会話を交わしたことは無かった。
ファウステリアを労うのも、次の打倒すべく魔物について教えるのも、全てリュークの役目だ。
リーシェルは、リュークの言葉にただ頷くだけ。それ以上の仕事は、求められていない。
英雄の息子ということにしか価値が無い傀儡の王は、まるで首だけ動く機械仕掛けの人形のようだ。
しかし、直接的な会話こそないものの、そんな人形のようなリーシェルがファウステリアに向けるその視線は、誰が見てもすぐに分かる程熱いものであった。
憧れか、恋慕か。
明確にリーシェルの感情がどんな種類のものかまでは判断は下せないものの、リーシェルがファウステリアに特別な想いを抱いてることは間違いない。
これを利用しない手はない。
「――大丈夫です。陛下の優しい御心は、ちゃんと存じております。侮蔑の言葉が本音でないということも、理解しております」
ファウステリアは自身の腕を掴んでいたリーシェルの手を、両手で包み込むように握り締めると、優しく微笑んで見せた。
慈愛が満ちた女に見えるように。
子供が母親に対して抱くような、全てを預けて甘えたくなる誘惑を、煽るかのように。
「陛下。なぜ、こんな夜更けに中庭でなんか泣かれていたのです?私のような存在では話しても慰めにはならないかもしれませんが、吐き出すことで楽になる部分もあるでしょう。宜しければ話をお聞かせください。」
救いの手を差しのべるかのように、優しく、甘く囁いた。
悪魔が天使を騙る時は、きっとこんな風にするのだろう。
そんなことを考えながら。