【14】
兵士となったファウステリアの功績は、すさまじかった。
彼女は、「呪われた身の人間なぞ、誰も簡単には受け入れてくれはしないだろうから」と、単独でドラゴンを討伐しに向かった。
複数の力ある兵士達で数時間かかってやっと一頭討伐すれば、運がいいと言われる程、強大な力を持つドラゴン。
謁見の間にてそのドラゴン首を複数並べ、「まだドラゴンの棲家にはたくさん転がっておりますが、持てる分だけ持ってきました」というファウステリアに、ヒステリックに彼女を非難していたジーベルト将軍ですら、押し黙って何も言えなかった。
ファウステリアの討伐は、ドラゴンに留まらない。
ワーウルフや、クラーケン、マンティコアに、オーガ。
ファウステリアは「人間には討伐不可能」そう思われていた魔物でさえ、その不思議な力で制圧した。
民衆は彼女を恐れ、同時に彼女を讃えた。
「贖罪の英雄」
いつしか、ファウステリアは民衆からそう呼ばれるようになった。
しかし、ファウステリアはいかに武功をあげようと、けして奢ることなく、あくまで自分は罪人だとして、謙虚に振る舞い尽きぬ忠誠をリュークに誓った。
そんな彼女を呪われた身だとして批難する声は、徐々に小さくなっていった。
「…何か褒美として望むことはないか、ファウステリア」
自身の自室にファウステリアを呼び出したリュークは、平伏する彼女に問う。
彼女を自室に呼び出すのは、今回が初めてではない。
謁見の間での面会は、特に城の上層部の間に未だ根強く侮蔑の視線が、ファウステリアを突き刺す。
ファウステリアはそれを当然のこととして受け止めていたが、リュークは国の為にその身を捧げてくれている英雄が、そんな視線に晒されるのをよしとしなかった。
恐れ多いと辞退するファウステリアを説き伏せ、ファウステリアの功績の報告と労いは、自室に呼び出して二人きりで行うようにした。そうすれば、彼女は紫水晶を厭う人々に彼女が傷つけられることはない。
リュークは二人きりで面会することに、何の躊躇いも抱かない程、もうすっかり彼女を信用していた。
「何も、望みません。兵士として登用していただいた。貴方様と、民衆の為に尽くせる。もう既に私は身に余るものを頂いております」
「だが、それでは私の気が済まない。」
ファウステリアはそれを褒美だと言うが、ファウステリアを登用したことで益を得ているのはリュークの方だ。
リュークはこの無欲の英雄の功績に足る褒美を何か与えたかった。
「何かないか?土地でも、報奨金でも、地位でも、私が与えられるものは、何でも与えよう。なんでも言ってみよ」
「…―――」
ファウステリアは暫く黙り込んだ後、俯いたまま消え入りそうな声で、小さく何かを口にした。
「何だ?何と言ったのだ」
「…もし、リューク様が私の不敬すぎる願いを叶えてくださるというのなら…」
ファウステリアは、顔を挙げてリュークを見上げた。
その白い頬は耳まで赤く染まり、その眼は羞恥故に潤んでいた。
「――お情けを、下さいませんか」
「っ!?」
言われた意味が分からない程、リュークは鈍感でも未熟でもない。
彼女はその身をリュークに抱いてほしいと、そう言った。
「…申し訳ありません。大それた、はしたないお願いを申し上げました…」
固まったリュークに、ファウステリアは一層顔を赤くして、震えながら地面に額を押し付けた。
「いや、その、嫌だとかそういうわけではないのだ!!」
女性に恥をかかせてしまった。それは男して最低な行為だ。
慌ててリュークは言葉を重ねる。
「貴女は、美しく、とても魅力的だ!!呪われた身だとか、私はそんなことは思わない!!…ただ、私はもういい歳だ。貴方のような若い娘さんが、このような老いぼれに身を捧げるなど…」
「――リューク様が、いいのです」
告げられた言葉に含まれた甘さに、リュークは背中にぞくりとしたものが走るのを感じた。
涙で濡れた紫水晶が、今再び真っ直ぐにリュークへ向けられる。
「ずっと、ずっとお慕いしておりました。父からリューク様の英雄談を聞かされる度、貴方様の勇ましい姿を夢想し焦がれておりました。そして実際のリューク様は、私が想像していた以上に素晴らしい方でした。不敬だと、不相応な想いだと知っておりながら…リューク様を、愛して、しまいました」
紅色の唇が蠱惑的に動いて言葉を紡ぐ。
美しい女性の奥に秘めた、真っ直ぐで、情熱的な想いを語る。
酒に酔ったかのような酩酊感が、リュークを襲う。
(この美しい人を思うままに貪り、この酩酊感にひたすら溺れたい。)
それは、忘れかけていた、男としての欲望だった。
「一度だけ、一度だけでよいのです。私を、抱いてください…」
「ファウステリア…っ!!」
次の瞬間、リュークは屈み込んでその唇を自身の唇で塞いでいた。
ファウステリアの唇は、かつて味わったことが無いほど甘く感じた。
その甘さがリュークの理性を蕩かす。
忘れていた獣欲が、リュークの中を暴れまわる。リュークは抗うことなく、その衝動に身を任せた。
腕の中のファウステリアの紫水晶の瞳が、妖しく光っていたことに、気付かないままに。