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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【13】

「しかし…」


 逡巡したリュークの姿に、ファウステリアは紫水晶の瞳からほろほろと涙を流しだす。


「…やはり、呪われた身で、あまりに高望み過ぎる願いでしたか…」


「違う!!そういうことではない!!」


 ファウステリアの絶望に打ちひしがれる姿に、リュークは即座に否定の言葉を発する。

 生れながらに悲しい定めを負うの前の女性を、リュークは自身の言葉で傷つけたくなかった。


「貴女が呪われた身だからとか、そういうことではないんだ!!兵士という職業は、貴女には危険すぎる。確かに、貴女は力があるかもしれない。…だが貴女は、女性だ」


 グレーヒエルの兵は、皆全て男性だ。

 男性は弱者を守り、女性は家を守るもの。

 それはリュークの理想とする男女の在り方であり、またこの地おける一般的な思想だった。

 いくら不思議な力を自在に使いこなせるとはいえ、ファウステリアは女性。

 死と隣合わせの、危険な兵士の職を与えるわけにはいかない。


「…呪われた身で性別など関係ありません」


 ファウステリアは自嘲気味に笑って、自身の眼帯に手を当てた。


「先王陛下、聞いてください。私のこの眼は、6歳の頃に自身の背負う罪の重さに耐えきれず、自分でえぐりだしました。片目を失い、苦痛に喘ぎながらも、さらにもう片方の目をえぐりだそうとした私に、父は言いました」


 ファウステリアは懐かしむように、残っている片眼で何処か遠くを見つめ、やがて眼を伏せた。


「『目を抉れば、表面上のお前の罪は消えるだろう。少なくとも一目では周りにはわからなくなる。だが、魂に刻まれた罪は消えない。それはお前が誰より分かっているはずだ』」


 それは、絶望から自らを傷つけた幼い少女にかけるには、あまりに厳しすぎる言葉だった。


「父はそして、こう続けました。『魂に刻まれた罪は、何をしても消えないと皆はいう。だけど私はそうは思わない。償えない罪など、この世には存在しない。ファウステリア、陛下の為、国民の為、それだけを考えて生きろ。償いの為に、自らの身を削ってでも、人民の為に尽くせ。そうすれば、きっといつかお前は救われる。だが盲目の身では、不自由にかまけて充分な償罪行為が出来なくなるだろう。罪を償いたいのならば、その呪われた片眼を残せ。それがお前の償罪の証明だ』、と」


 リュークは痛みを耐えるように、目を瞑った。

 ファウステリアの父は、娘が呪われた身だと信じ、嫌悪しながら、それでもなおファウステリアを愛したのだろう。

 娘に自身の両目を潰させたくがない故の、娘に生きる希望を与えたいが故の言葉だったのだろうと、彼と同じ父親という立場であるリュークには分かる。

 ドラゴンの襲撃によって死んだという、彼女の父親。

 彼の意志に、リュークは応えてやりたいと思った。


「先王陛下!!お願いします。褒美を与えて下さるというのなら、紫水晶の瞳を持つ私を厭わしいと思わないのならば、どうか私を兵士にしてください!!私に罪を償わせてくださいっ!!」


 頭を地面に擦り付けながら、必死に哀願するファウステリア。



 美しく、誰よりも哀れな、女性。



 次代の英雄たる、特別な魔法の能力を持つ存在。



「是」以外の返答を、誰が出来ようか。






「あはははは。すごい!!迫真の演技!!まるで女優だ!!」


 魔法を使って、そんなファウステリアとリュークのやり取りを遠くから眺めていたメティは、手を叩きながら高らかに声を上げて笑った。


「面白い、面白いよ、ファウステリア!!君は、すごく、素敵だ!!」




 かつてリュークが滅ぼした筈の魔王。


 それが、メティが気まぐれで変じた、仮初の姿に過ぎなかったことを、リュークは知らない。

 集めた魔物は単なる観賞用のペットに過ぎず、餌やりが面倒だった、たかがそれだけの理由で近くのグレーヒエルの地を魔物達の狩り場とさせたことも、当然知るはずがない。


 単に飽きたが為に、タイミングよく攻め込んできたリュークに滅ぼされた振りをして、メティは魔物達を野に放った。死んだふりをして、世話が面倒になったペット達を捨てたのだ。

 それから40年もの歳月が流れた。しかし、魔物達はかつての主人を、本能的に覚えている。けして、逆らえない、逆らってはいけない存在として。

 当時のように火の輪にくぐらせたりといった芸を従順にさせるには、放置している時期が長い分少々骨が折れるかもしれないが(それでもやろうと思えば出来ないことはない)、餌場を特定の場所に誘導させるくらいは今でも簡単にできる。


 そう、例えばドラゴンの餌場を、ヴァルプ村や、都に指定することなんて、とても容易なのだ。



「ああ、愉しい。こんなに愉しいのは、一体何百年ぶりだろう」


 こんなに胸が躍るのは、本当に久しぶりだ。

 40年まえのペット騒動なぞ、とても比べ物になりはしない。



 哂う


 嗤う


 悪魔が、嘲笑う。



「――さあ、ファウステリア。もっともっと僕を楽しませてよ」



 メティは、顔を伏せて隠しながら自分とよく似た笑みを浮かべているファウステリアを眺めながら、自身もまた、にんまりと口端を釣り上げた。

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