【12】
「行為自体に後悔はありません。ですが、咎は甘んじて受けましょう。……私は存在そのものが罪なのですから」
痛みを耐えるかのように、目を伏せてそう言ったファウステリアの姿に、リュークの胸は締め付けられる。
実の親から「罪」を意味する名をつけられ、幽閉されて育った女性。
彼女はどれだけの悲しみを背負って生きてきたのだろう。
紫水晶の瞳自体に実際は何の罪もないことは、王家なら誰でも知っている。
知っていてなお、その事実を隠蔽し、迫害していたソーゲル家の人間こそ真の罪人だ。その中には、リューク自身も当然、含まれている。
リュークの在位中、実は何度も「紫水晶の瞳」の持ち主を探そうという提案が、王家にごく近い秘密を共有する臣下から出た。その度提案を却下していたのは、リュークだ。
紫水晶の持ち主は時代を追うごとに減少していて、今では国内に生存しているかも分からない。そんな存在するかも知れない人間の為に人員を費やすくらいなら、その人員を一頭でも多くの魔物を倒すべきだ。
それが、リュークの表向きの言い分だった。
だが、本心からいえば、単に自身が嫌だっただけだ。何の罪もなく傷つけられている人を、救い出すふりをして、利用するという行為は、潔癖なリュークにとって唾棄すべき行為に他ならない。
だが、それは結局は自分が、直接的に加害者になりたくなかっただけだということを、ファウステリアを前にして思い知らされた。
真実、それが唾棄すべき行為だと嫌悪するべきだと思っているならば、例えそれが王家の恥だろうと、真実を公表すべきだったのだ。真実を公表し、差別を撤廃すべく働きかけるべきだったのだ。
それをしない自分が、先人を嫌悪する権利なぞない。
寧ろ、直接的に働きかけなかったからと、内心で自身の罪を軽減させようとしていた自分の方が恥知らずな分、罪が重い。
罪だと認識している行為を、投げ出し、誰かに押し付けることなぞ、あってはならないことだ。
それが正しいことであれ、間違っていることであれ、自身の罪には真っ直ぐ向き合い、自身で背負うべきだ。
それが出来なくて、何が英雄か。
「――大義であった」
リュークは内心の羞恥を押し隠し、真っ直ぐにファウステリアを見据えながら、広場中に聞こえる声で言い放った。
「貴女のお陰で、私もラミアも、そして多くの国民の命が救われた。例え貴女が呪われし存在であろうと、何故罪になど問うことができようか。貴女は、数多くの人々の命を救った英雄だ」
ファウステリアは唖然とした表情でリュークを見上げた後、頭を地面に擦り付けんばかりに平伏した。
「私のような罪人になんと勿体無い言葉でしょう…ありがとうございます…リューク様…ありがとう、ございます」
「平伏なぞしなくても良い。貴女は賞賛されるべきことをされたんだから」
すすり泣くファウステリアが余りに痛々しく、思わず視線を反らしそうになる自身を叱咤しながら、リュークは続ける。
「私は貴女の恩に報いたい。望みがあれば申してみよ。私が出来ることならば、何なりと叶えよう」
その言葉には、助けられた恩に報いる以上に、自身の罪を償いたいという思いがこめられていたことは否定できない。
リュークは、家族を失い、一人で差別を一身に背負って生きていくことになるファウステリアの為に、何かをしてやりたかった。
それは、自己満足の欺瞞であることは分かっている。
それでもその存在を知ってしまった以上、リュークはファウステリアを放っておくことはできない。
「…大変分不相応で、図々しいお願いですが…」
ファウステリアはしばし逡巡してから、やがて覚悟を決めたようにまっすぐにリュークを見据えた。
「…私を兵士として、リューク様に仕えさせてはいただけないでしょうか。私は持って生まれてきた不思議な力を、リューク様の為に、そして国民の皆様の為、自身の罪を償うために、使いたいのです」