【8】
胸糞が悪くなるような、真実。
だが、ファウステリアは瞳を無くして王に忠誠を誓う先人に対して、嫌悪以外の感情が沸き上がるのを、感じざるえなかった。
「王に見いだされた紫水晶の瞳の持ち主は喜んでその瞳を王に捧げ、忠誠を誓ったんだよ。誰もが」
メティが続けた言葉は間違いなく真実だ。
メティの気まぐれに対して、躊躇いなくその瞳をえぐりだしたファウステリアには、瞳を王に捧げた先人たちの気持ちが、よく分かった。
実際に死を目前にするまで、メティと契約を結ぶまで、ファウステリアが望んでいたことは、実はそんな大それたものではなかった。
あたたかい、食事
あたたかい、寝床
あたたかい、言葉
あたたかい、誰かの、温もり
せめて、せめてどれか一つと望んでいたものは、そんな些細なものだった。普通の人ならば、当たり前に与えられている、そんな小さなことばかりだった。
ファウステリアはそれらを、かつては自身の何を引き換えにしても良いほど、焦がれていた。
もし、与えてくれる人がいれば、その思惑が何であれ、その人を神の如く崇拝しただろう。
瞳でも、何でも、望むものはなんだって捧げた。
(――妬ましい)
ファウステリアの中に燃え上がるのは、哀れな先人に対する、妬心。
彼らは偶然とはいえ、選ばれた。
選ばれて、必要とされ、手を差し伸べられた。
真実を知らぬまま、救われたことにひたすら感謝しながら、何処までも美しくその命を王に捧げた。
ファウステリアは選ばれなかったのに。
メティがいなければ、あのまま惨めにのたれ死んでいたのに。
紫水晶の瞳が忌み嫌われる原因になったソーゲル家を、それ故に恨むことはない。
300年前の先祖がしたことなぞ、されたことなぞ、知らない。
そんなのは、ソーゲル家とて同じだろう。
自分の先人の不幸もどうでもいい。
自分の不幸の処理だけで手一杯なファウステリアには、いくら同様な境遇で、血が繋がっているからといって、とうの昔に死んだ他人の不幸まで嘆く余裕はない。
(ソーゲル…絶対に、許さない)
それでもファウステリアは、ソーゲル家を恨む。
300年前、紫水晶の瞳に忌み嫌われるものというレッテルを押し付け、瞳を持つ人間を迫害したからではなく、
今日に至るまで、紫水晶の瞳の人間を都合のよい時のみ手を差し伸べて、自らの益の為に体よく利用していたからではなく、
(私を救わなかったソーゲル家を、絶対に許さないっ…!!)
ファウステリアが死を確信するつい先刻までも、ファウステリアを見出すことも、手を差し伸べることも無かった、今日、今この瞬間、生存しているソーゲル家の人間を、ファウステリアは憎む。
それがどんなに身勝手で、自己中心的な感情だとしても、ファウステリアには関係ない。
良識も、道徳も、誰もファウステリアに教えてなぞくれなかった。
胸の中で燃え上がり、暴れる憎悪の感情にただ身を任せることこそが、ファウステリアには自明の理であり、自然な行為だった。それを理性故に拒絶することなぞ出来やしないし、したくもない。
(――まぁ、いい。私はそんなちっぽけなものでは満足しやしない)
ファウステリアは、王に見いだされなかったが、代わりに悪魔に見いだされた。
そして悪魔は約束してくれた。
平穏に生きている人間ですら、やすやすと得ることが出来ないものを、ファウステリアに与えると。
地位も、名誉も、力も、美貌も、「真実の愛」ですら、与えてくれると、そう言った。
かつてソーゲル家に見いだされた先人たちより、平穏に生きている一般人より、ずっと価値が高いものを、ファウステリアは手に入れるのだ。
誰もが羨む、そんな素晴らしい宝を、満足するまで所有するのだ。
ファウステリアは血が滲む自身の唇を、その赤い舌でもって、舐めあげた。