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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【6】

 ドラゴンが立ち去った広場。

 そこに集まったものは、何が起こったのかもよく理解できぬまま、立ち尽くすファウステリアを見つけていた。

 ファウステリアは、掲げていた手を静かに降ろす。


「…な、何者だ!!貴様!!」


 最初に我に返ったのは、ファウステリアのすぐ近くにいた、無駄に気位が高そうな兵士だった。


「…申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました」


 まるで掴みかかってこるばかりの男の勢いに、ファウステリアはすぐさまその場に膝をついて、頭を下げる。


「だから、何者だと言っている!!お前は一体なんなんだ!!先程、お前は何をしたんだ!!」


(おやおや、先程まではドラゴンに対してへっぴり腰で戦っていたくせに、女相手には随分威勢がいいんだな。兵士様っていうのは)


 ファウステリアは下を向いて顔を隠しながら、ヒステリックにファウステリアを責め立てる兵士を嘲笑する。

 虚勢を張るなら、もっと上手に張ればいいのに、その態度は未知の力を持つファウステリアに対する脅えがあからさまに滲んでいる。


 愚かで醜く、そして、酷く滑稽だ。


 だが、ファウステリアは、内心の嘲り等微塵も感じさせずに、男の声にわざと弱弱しく震えて、身を縮めて見せる。



「――申し訳、ございません…」


 消え入りそうな声で告げた謝罪の言葉にファウステリアを侮ったのか、激高した男がファウステリアのフードを乱暴に掴んだ。


「質問に答えろと言っている!!なんだ、このフードはっ!!顔をみせてみろっ!!」


 そう叫びながら、男は荒々しくファウステリアのフードをめくった。


 遮るものが無くなった視界に、立派な髭を蓄えた壮年の男性の恐怖と驚愕が混じった顔が入ってきた。


「――っ紫水晶の瞳っ!?」


 響き渡った男の声に、広場中がざわめきだした。



(――さあ、思い知るがいい)


 虐げ、忌み嫌った、呪われた存在。


 卑しく、罪深い、犬畜生にも劣る、最底辺の人間。


 踏みにじるのが当然だと、生きる価値もないと、そう思っていた異端の化け物。


 思い知るがいい。


 その脳裏に刻みこむがいい。


 恥じて、嫌悪して、そして恐怖すればいい。


 そんな存在に、自分たちの命が救われたことを。


 虫けらだと馬鹿にしていた相手が、自分たちを遥かに凌駕する力を持っていたことを。




 ファウステリアは、目の前の兵士も、国民たちも、少しも気に留めることがないまま、ただ真っ直ぐに祭壇の上の、先王を見つめる。


 リュークは他の国民とは違い、その眼に希望を宿して祭壇から身を乗り出しながら、ファウステリアに熱い視線を送っていた。


 そう、王族は、知っている。


 ファウステリアの、真の価値を。


「魔の瞳」として嫌われる紫水晶の瞳の本当の意味を、ただ王族だけが知っている。


「――このような呪われた賤しい身で、偉大な先王陛下に姿を晒してしまい、本当に申し訳ありません」


 ファウステリは、高揚する気持ちをひた隠しにしながら、しおらしい動作で、地面に額をつけて平伏した。






「ファウステリア。君は、紫水晶の瞳が何を意味しているか、知っているかい?」


 メティの言葉に、ファウステリアは眉間に皺を寄せた。


「…前世で、大罪を犯したものの証。呪われた、魔の瞳。許されることがない、永遠の罪の烙印」


 絞り出すような掠れた声で、幾度も周囲から言われていた言葉を口にするファウステリアに、メティは小さく噴き出した。


「ははっ。ファウステリア。まさか、君はそんな世迷いごとを信じているの?」


「…世迷いごと…?」


 ようやく口にした認めたくない現実を軽く笑い飛ばされ、ファウステリアは戸惑う。

 そんなファウステリアに、メティはその美しい人形のような顔を近づけた。


「ファウステリア…よく、ごらん。僕の瞳の色は、何色だい?」


 メティの瞳。それは離れた距離で見た時、闇を切り取ったかのような漆黒にしか見えなかった。

 だがごくごく至近距離で見て初めて、それが純粋な黒色ではないことに気づいた。

 光の加減でほんの僅かに色を変える、黒に近いまでに濃い、その色は。


 ファウステリアは、息を飲んだ。



「…紫…」


「そう。紫色の瞳は、魔力の証」


 愉しげに口端を釣り上げたメティは、ファウステリアの顎を手に取って、ファウステリアの紫水晶の瞳を覗き込み、虹彩いっぱいにその美しい顔を映し出した。


「300年前にこの地を統べた、簒奪者ブリュー・シューオ。紫水晶の瞳は、その末裔である証明なのさ」


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