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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【4】

 逃げ惑う民衆。

 襲いかかるドラゴン達。

 兵士はすぐさま民を守るべく剣をふるが、ドラゴンの強靭な皮膚に刃は弾かれる。


 まず真っ先に狙われるのは、柔らかい肉を持つ女子どもだ。


 絹を切り裂くような悲鳴が、あちこちに響く。


 ファウステリアはそんな阿鼻叫喚な人々には目もくれず、先王と国王夫妻が鎮座する高台を仰ぎ見る。



 高台にもまた、複数のドラゴンが襲いかかっていた。

 王達を守る兵士達は、全て地上に配置されている。羽を持たない彼らに、高台の被害を防ぐ術はない。


(さて、どうする救国の英雄よ)


 王が高台に出現した際に用いた転移魔法は、特殊な魔具によるもので、同じ魔具が設置された場所にしか移動が出来ない。

 魔具は既に失われた古の魔法により作られたもので、王宮内に対の魔具があるだけだと、ファウステリアはメティから教わった。


 転移魔法を使用すれば、先王と国王夫妻はいつでも王宮内に逃れることが出来る。

 しかしそれは即ち、目の前で苦しみ助けを求めている民衆を見捨てる行為に他ならない。


(さあ、先王よ。命をとるのか。栄誉をとるのか)


 どちらをとったとしてもファウステリアにとって愉快なことには変わりない。神のごとき英雄は、必ず何かを失うのだから。


 リュークは躊躇うことなく、剣を掲げドラゴンに立ち向かった。


「勇敢なる我がグレーヒエルの兵士たちよ!!ドラゴンの皮膚は固くとも、その首元は剣が通用する!!ドラゴンの首を狩って、尊い民たちの命を守れ!!偉大なるグレーヒエルの勇者としての力を示すのだ!!」


 一太刀でもってして、強大なドラゴンの首を切り落としたリュークの鼓舞に、兵士たちの士気が目に見えて高まる。

 ドラゴンに対して怯えを露わにしていた兵士たちが、先王に続けとばかりに、民を守るべくドラゴンに立ち向かい、打倒していく。


(格好つけの激しい爺だ)


 ファウステリアは内心でそんなリュークに対して舌打ちをする。

 先王はあくまで自身の「英雄」という地位にしがみつく気のようだ。

 いい加減老醜を晒して民に見限られればいいのに、「民の為に」という聖人じみた行動が、実に鼻について鬱陶しい。


(まぁ、いい。どうせそうなるだろうと思っていたのだから)


 ファウステリアは気持ちを切り替えて、機会をうかがう。

 リュークはかつての英雄伝説を裏切らない武勇を今も誇る化け物だが、国王夫妻は違う。

 国王正妃であるラミアは、昔からの裕福な名門貴族の出身で、剣は愚か、スプーンより重いもの等持ったことはない姫君であるし、現王であるリーシェルは、英雄である父親の勇猛さには似ずに、病弱で虚弱な王だ。ドラゴン相手に、正常心を保つことさえ難しいだろう。

 そんな二人を守りながら、リュークはドラゴンと一人立ち向かわないといけない。いくら勇猛果敢な人物とて、二人を庇って自在に動き回るのは不可能だ。直に限界は来る。

 もしかしたら、リュークの全盛期ならば、そんなことは簡単に成しえたのかもしれない、だが、リュークは既に60になる身だ。まだまだ壮年と言い張れる年頃かもしれないが、それでもやはり体力の衰えは誰しもに平等に訪れる。


「――ラミア!!」


 リュークがドラゴンに剣を噛みつかれ、苦戦を強いられているタイミングで、別のドラゴンが正妃ラミアに襲い掛かる。

 ラミアは顔を蒼白にさせたまま、身動きひとつできずに、そのドラゴンの牙が自身の体に食い込む瞬間の訪れを予兆する。

 リュークが掴んでいた剣を投げ出し、ラミアの体を庇うかのように抱きしめた。

 ドラゴンの牙は、ラミアを標的から外し、真っ直ぐにリュークへと向けられる。


(そんな事態になるのは分かりきっていただろうが。愚か者。名誉など気にして、魔具を起動しないからそうなるんだ。)


「先王陛下…っ!!」


 内心の呟きとは裏腹に、ファウステリアの口から出た言葉は悲痛と焦躁に満ちていた。

 ファウステリアは即座に広間の中央に踊り出ると、メティの力によって習得したばかりの、氷魔法を展開させた。


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