62:近づいてくる変化
_____________マルフォイ伯爵家に聖女が滞在している。
ロベルトからもたらされた情報はすぐに国王にも伝えられた。只得さえ、マルリナ聖国の監視に帝国の動向の注視、牽制をかけている状況下で起きたアクシデントに国の上層部は頭を抱えた。
聖女が我が国にいることをマルリナ聖国へ抗議しようものなら、オークやグールと称される者達が我が国に入国してくる。正式な講義に対してまともな対応ができるものは既にあの国にはいない。ただただ新しい問題が生じる可能性が高いだけ、あの者達に自国と他国の違いなど判断できないだろう。自国での暴挙を我が国でも行う姿しか想像できない。それほど聖国はこの短期間で腐ってしまっていた。
それにしても、聖国を監視していた者や我が国の門兵は何をしていたのだろう。聖女をみすみす我が国に入れるなど、その情報が一つも入ってこなかったこともおかしい。以前、聖女の無作法な暴走があったのもあり、聖国の上層部と一緒に監視の対象になっていたはずなのだ。それなのに、いつの間にか我が国の敷地内に聖国の聖女が匿われている。この状況に監視をしていた者達と国境警備隊、国境警備隊に加勢に行った二個師団の精査が必要になった。
「精査の結果は?」
「最悪ですよ。聖女に接触したと思われる監視役が聖女の願いを聞き入れて我が国に秘密裏に入国させる手はずを整えたようです。それに加担したのが……」
「マルファイ伯爵、か」
「そうです。以前、自称聖女のあの女が我が国に勝手に入国した際に会っていたようです。今、ロベルトと騎士たちがマルファイ伯爵を捕えに向かっています。それと、マルファイ伯爵に加担した門兵達は既に捕らえています。彼らは以前捕らえた者と同じような発言をしているそうです」
「……彼らは信徒ではなかったのだろう?」
「ええ、前回の件で信徒の者は配置換えをしておりまして、国境の門には近づけないようにしていました」
「魔法によるものだと思うか?」
「その可能性は完全に否定はできませんが、人を操る魔法などあるのでしょうか? あったとしても人の精神を操るなど、その魔法を使う者の精神が破壊されるだけではないですか?」
「そうだよね」
アートの執務室で今回の聖女に関わった可能性がある者の精査を早急に行われた結果の報告をするクラウスは、ずっと眉間に皺を寄せていた。不快感を隠すことない姿にアートも苦笑が漏れていたが、今回の報告には一緒に眉間に皺を寄せていた。
アートが言った魔法の可能性は国王たちも考えていたようだが、そのような魔法は確立されておらず、されていても禁術とされていたはずだ。それに過去に似たような魔法を考案しようと躍起になっていた帝国で、施行する者たちの精神をことごとく壊し廃人と化し、終ぞ成功することがなかった経緯から存在しない魔法とされた。
そのため今回の騒動にその魔法が関わっている可能性についてクラウスは否定的だったが、もしかしたらの可能性がないわけではないので全て否定しきれなかった。
「とにかく今はロベルト達がマルファイ伯爵を連れてくることと、聖女を秘密裏に聖国へ戻すことが先決だ」
「聖女の輸送は信徒に偽装した騎士たちが行う手はずとなっています。影も同行するようですので問題ないと思います。聖国の上層部はオークとグールですから、気づかれることもなく輸送できるでしょう。自称聖女にも罪を問わないことを条件に口を閉じるよう伝える予定です。さすがのあの女もこの提案を拒否するほど愚かではないでしょう」
「そうだといいがな。前回の時にセレス様に諫められただろうにこの状況だ。こんなに考えが足りていない女性が聖女を冠するなど……頭が痛くなる」
マルリナ聖国では聖女が周りに口止めしていたのか、上層部が聖女不在に気づいている者はいなかった。なんとも愚かなことだろう。聖女と冠した女性がいなくなっていることにも気づかないほど上は腐っており考えが足りない者ばかりのようだ。
アートは頭痛を軽減させるためか、頭を押さえながら溜息を吐き出している。クラウスも報告が書かれた用紙を睨みつけながら溜息を吐いていた。
一応、聖女と呼ばれている女性が我が国に入国する理由を考えたが答えは見つからず、自国の民を思っての行動かとあたりを付けたが、彼女を調べた結果その可能性は極めて低かった。しかし、微々たるものでも可能性として発言をした。
「それにしてもなぜ我が国に来られたのでしょう? もしや、心を改めて聖国のことで助けを求められに来られたのでしょうか?」
「それはあり得ませんね。あの女は聖国で贅沢三昧の生活をし、祈りもパフォーマンス以外ではしていなかったようです。それと性にも奔放だったようで、周りを好みの男を侍らせ、身の回りのことをさせていたようです。夜は部屋に連れ込み」
「クラウスッ‼ シェルが穢れるから、あの女性のことはもう言わなくていい」
私の言葉をすかさず否定したクラウスは、彼女の私生活について情報を上げていった。その中には聖女としてというより、淑女としてあり得ない性に奔放なことも含まれており、アートが止めに入った。
別に性行為についての情報がないわけでなく、王太子妃の教育で詳しく学んでもいるので気にしないですし、そういう下世話な話を伝えてくる方もいるので、今更恥ずかしがることもないのですが、アートには気になったようです。
交渉の場には時に高級娼婦の方々が必要なこともあります。彼女達は高位の方々をもてなす話術や楽器などの特技を持ち、作法もしっかりしております。教育の中で実際に交流を持たせていただいたこともあり、彼女達がその職にどれほどのプライドを持っているかも知っています。
なので、性行為自体を悪く思うことなどないのです。
「アート、私は別にその方の趣味趣向に対してとやかく思うことはありませんわ。それが犯罪に当たることでしたらそれ相応の対応はしますが……。それに聖女様については私も一応調べましたから、性に奔放なことも承知の上ですわ。ですから、心を改めてと言いましたのよ」
「シェル。王太子妃になる者として、その情報収集力と考察力は良いことだけど、なんかシェルが穢された気がするから素直に喜べない」
「何言っているんですか。これほど王太子妃の素質を持った方はいらっしゃいませんよ。喜びこそすれ悲しむなど、逆に殿下に対し嘆かわしい限りです。あと、あの女は聖女というより性に奔放な女なので性女がお似合いかと」
「うるさいな。あの女性のことはもういいと言っただろう。上手いこと言ったなみたいに頷くな! それと、シェルが素晴らしいことなど分かっているし、何だったら私の前では愛らしく甘えてもくれるんだぞ! 」
「つッ! アートッ!」
「あぁ、シェル。顔が真っ赤だよ。なんて愛らしんだ」
「はいはい。報告は終わりましたし、邪魔者は退散させてもらいますよ。私もカミュに会いに行ってきます。貴方方に当てられましたし、ね」
アートの発言に苦言を呈そうと名前を呼ぶと、アートは私の腕を掴み、眩しいくらいの笑顔で私を見上げてくるので言葉を飲み込んでしまった。そんな私たちのやり取りを見て、クラウスは報告書をアートの机に置くと執務室を出て行ってしまった。
「あっ! クラウス様」
「シェル、今は他の男性の名前を呼ぶのはダメだよ。私の名前を呼んで」
「もう、アート。私を揶揄わないでくださいまし」
「そんな! 君への愛を素直に伝えてるだけなのに、私の愛を疑うのかい?」
「疑ってはいませんわ。ただ時と場合を考えてくださいと散々お伝えしていると思うのですが?」
「ふふふ、シェルが可愛いのがいけないと思うんだけど」
クラウスを引き留めようと名前を呼びながら閉まりかける扉へと腕を伸ばすと、その腕をアートが優しく掴み、私の顔を自身に向けさせる。少し不貞腐れたような顔をして自分の名前を呼んでとお願いするアートが愛しく感じて、うまく苦言を口に出せなかった。
私がアートの名前を口に出すと、アートの目が蕩けるように熱を持ち、輝かしいばかりの笑顔を向けられる。そうすると多くを言えずにいつも通りの言葉しか出てこなくなる。それに対してもアートは嬉しそうにするものだから、強くは言えなくなるのだ。
そうして何事もなく終わると思っていた今回の出来事は、知らずのうちに最悪の方向へ転がりだしていた。
マルファイ伯爵の連行と聖女の秘密裏の帰還を行うロベルト達に国王は秘密裏に影をつけていた。まるでこれから起きる最悪な出来事を予測していたように……
その影からの報告によりロベルト達が聖女に懐柔され、マルファイ伯爵と共に聖女を連れて城に向かって来ていることが判明した。
そして、マルファイ伯爵家にいたはずのフェミニア様が伯爵家内にいないことも報告された。
国王は直ちにマルファイ伯爵と密に関わっていない上層部を集め緊急会議を開き、今後のことが話し合われた。アートと私も会議に参加しており、報告の内容に頭が真っ白になりそうだった。ロベルトの父親である外務大臣は、いつもの柔和な顔は鳴りを潜め、厳しい表情で報告を聞いていた。
会議は激しい論争となったが、皆今回の騒動がおかしなことだらけであることに気づいており、外務大臣に騎士団長、マルファイ伯爵家へ行くメンバーにロベルトを入れたアートと今回の責任ある者達を責め堕とす者はいなかった。そんなことをする前にどう対処するかを話し合う方が建設的であると思って行動する当たり、我が国の上層部は優秀であることが伺えた。
今回の騒動では聖女と呼ばれる女性に関わった者たちが一様におかしくなっていることは明白であった。しかし、人の精神を操る魔法や魔術など存在しないとされており、人が施行できるものではないことは帝国の過去の出来事で判明している。だが、それ以外に今回の騒動の説明ができるものがないのだ。
会議の結果、マルファイ伯爵に密に関わっていた者達は速やかに拘束し、監視下の謹慎となった。聖国と事を構えるのは時期的によろしくないため、聖女に関しては王城に入城する場合、身に着けている物全てをこちらで用意したものに着替え直してもらい、装飾品など魔術が組み込まれている可能性のある物の持ち込みを予防することとなった。それと、少しでも不審な行動を取るようなら暗殺もやむなしとの対応で決まった。
アートは今回のロベルトの行動にショックを受けているようだったが顔に出すこともなく、粛々と会議に参加し今後の話し合いを行った。為政者として立派な姿だったが、一人の愛している男性として今回のことは身を切るような辛さだっただろうと自分のことの様に苦しく感じた。
会議を終えた後、アートの執務室で今回のことを知ったクラウスとアイザックもショックを受け、沈痛の面持ちで話を聞き終えた。
「ロベルト、どうしちまったんだ?」
「あの性女がどう考えても怪しいですよ。ロベルトは信仰は人それぞれと受け入れてはいましたが、信徒ではなかったですし、性女のために動くような愚か者ではなかったですからね」
「父上は何か思い当たることでもあったのか、ロベルト達に影をつけていたようだ。一応、何か知っているのか聞いてみたが、確証が得られないようで話してはくださらなかった」
「確証が得られなかったとしても、何か知っておられるんでしたら教えてくださればよろしいのに」
「そうなんだが、国の頂点が確証もなく発言することはできないからね。ずっと難しい顔をしていて……私も父上の肩の荷を一緒に担げればいいのだが、まだ私では未熟なのだろう。悔しいな」
「アート、貴方は私の自慢の婚約者ですわ。私達も一緒に努力します。国王様が頼れるような実力を身につけましょう」
「おう! 俺も皆を護るから安心してくれ」
「これからも一緒に歩みましょう。殿下が間違えることがあれば厳しく正すつもりです。ですから安心してお進みください」
「ふふふ、私は良い婚約者と側近に恵まれたようだ。これからもよろしく頼み」
国王の行動だけでは、確信が持てなかったがアートの言葉で国王が何か知っていることが分かった。その何かは分からなかったが、聖女に関するものであることは予想できた。
アートは父親の国王に頼ってもらえなかったことに悔しそうにしていたが、私とクラウス、アイザックの言葉で前に進み続けることにしたようだ。ロベルトの行動に停滞していたアートの思考が回り始めた。
こんばんは。
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