4、総合テスト大問2
めまいがしてきたので、テストを置いて、台所でコップに水を注いで一気に飲み込む。
もう一度戻ってきて、テストを握る。
目の前の小学生の自慢気な表情が目に入る。
彼は水も飲まずにこのテストと一人孤独に戦ったのだ。
「お前は……立派な戦士だ」
「え?」
こちらの小さなつぶやきに反応して、小学生が聞き返してきた。
「い、いや気にしなくていいよ……」
だが、思い出してみれば、俺も中学生の頃は今で言う”中二病”だった。
本来の戦闘力は、決して負けていないはず……!!
そうだ、彼がくぐり抜けたこのテスト、この俺が最後までたどり着けないわけがない!
「負けるか……負けるもんかっ!!」
「どうしたの?」
小学生が不思議そうな顔をしている。
「き、気合を充填してるんだ。このテストがあまりに強すぎるので」
「テストが強いの?」
「えーっと……常識というつまらないものを身につけたら、分かるよ。この攻撃力の高さが」
「ふーん」
小学生はあきらかにわかっていないようだが、今はそれでいい。
「くっ……! このとんでもないテストめ……」
呟きながら手元のテスト用紙を睨みつける。
こんなに精神力を削る小学生のテストがあってたまるか。
だが、俺だって意地がある。
たかが小学生のテストに負ける訳にはいかない。
なんとしても、最後まで辿り着いてみせる。
次の大問来てみやがれ!
◇
『大問2:[本文]
敵勢力への突撃作戦の前に盛大な祝賀会が開かれました。
たかし君とゆうき君が参加すると、そこにはイスカンダル皇国の女王が居たのです。
(中略)
女王はたかし君とゆうき君の前に進み出て、たかし君の手を握ってこう言いました。
「本来関わりのないあなたがたを巻き込んだ上、このような危険な任務を押し付けている私を愚かな女王であるとお思いでしょうね。しかし、あなた方無くしては、我が皇国は勝つことはおろか持ちこたえることすら危うい状況なのです。私ができることなど何もありませんが……」
女王は感極まったように涙をこぼすと、床に座り込みました。
「陛下!?」
お付の者達が驚いた声を上げました。
「このような時、お二人の住んでいた国では[ス:どげざ]というものをすると聞いております。こんなことなど、なんの足しにもなりませんでしょうが、せめて私の心だけは分かっていただきたいのです」
「そのような真似はお止めください、陛下」
たかし君は頭を下げようとしている女王の手をとると、丁寧に立ち上がらせました。
「女王様が平和を愛するように、僕達も平和を愛しています。家族・友達・世界中の人々が安心して暮らせる世界、それを思う気持ちは女王様も僕達も同じです。僕は僕の意志で戦うのです。どうかそのような事はお止めください」
その言葉に、女王は目に涙を浮かべながら頭を[セ:たれました]。
「どうか、この星と民をお守りください」
』
「えーとさぁ……あのさぁ……うーんとさぁ……」
気合を入れたはずだが、読み始めて数行で心が折れてきた。
「これは……さぁ……テストじゃないよ……」
「テストやで!」
「いや、違うと思うんだ……」
まず、女王とか新キャラ出すなよ……。
エンディングを迎えるつもりはあるのかと問い詰めたい。
それから、なんで土下座を出したのか。
意図がわからない。
意図なんてないのかもしれないけど。
「それに、なんで感動路線に……」
「感動するやろ! たかし君、熱いよな! 格好良いんやで!」
「う、うん、やりたいことは分かるんだけど……。なにもテストでやらなくても……」
これが新しい情操教育?
いや、そんなわけが。
「熱い展開やで!!」
彼は拳を握ると、その拳をプルプル震わせた。
ちなみに、筋肉の力で自然に拳が震えているわけではなく、わざとプルプル震わせているだけだ。
子供はリアクション豊富だ。
「それにしても、女王に対してたかし君対応力高すぎだな……」
「すごいやろ!」
彼がまた胸を張る。
たかし君が褒められるのがすごく嬉しいらしい。
やりたいことは分かる。
その展開が悪いとは言わない。
ただ、なぜこれをテストでやるのか、と。
全てはそこに集約される。
「でも、さっきと違ってセリフと地の文が喧嘩していないな……」
もう一度目を通してみても、内容は相変わらずテストに相応しくないが、地の文とセリフは一応対応づいている。
「清水先生と南先生になにかあったのか……?」
清水先生が引いた。あるいは、南先生が引いた。
いや、先ほどあれだけ地の文とセリフで喧嘩していた二人が、潔く引くとも思えない。
なんとなく、俺の中で二人はすごく強情そうなイメージになっている。
「ということは、南先生のセリフ書き換えスキルが大成長? いや、短期間でそこまで変わらないよな……」
もう一度スタッフリストに目を通すと、『スペシャルサンクス:教頭先生』という一行が目についた。
なんだろう、このスペシャルサンクスって。
「教頭先生、なにかやったのか?」
と、小学生に聞くと、
「し~らない」
と返されてしまった。
こちらで推測するしか無いということか。
「教頭先生か……」
順当に考えたら、教頭先生が二人の仲を取り持ったのかもしれない。
「二人とも、もっと協力しなさい」とか。
あるいは逆に、セリフを書き換えて物語を根底から覆してしまう南先生に対して教頭先生がブチ切れたのかもしれない。
清水先生が書いた原稿をもぎ取った南先生が、満面の笑みで原稿を蹂躙していく。
堪えかねた教頭先生が後ろから南先生を羽交い締めにして「清水先生、今です! 私が南先生を抑えているうちに! 」「は、はい!」「教頭、何の真似だぁ!? 俺に……俺にセリフを書かせろぉ!! うおおおおぉ」という一幕があったとも考えられる。
しかし、決定的に情報が不足している。
真相は闇の中だ。
「ま、まぁいいや。とりあえず本文はスルーして問題は……」
本文の次から続く、問題文に目を向ける。
◇
一問目に目を走らせる。
『祝賀会の最中、たかし君はジュースをたくさん飲み過ぎたため、高さ2メートル・幅1.2メートル・奥行き1メートルの直方体になってしまいました。』
「……ならねえよっ!!」
読んだ瞬間に、反射的に大声が出る。
なんだこりゃ!?
『たかし君の体積は何立方メートルでしょうか。』
「問題はそこじゃないだろっ! どんな問題だよ、ふざけんな! おかしいだろ!」
その瞬間、無意識のうちに机を手のひらでバシバシ叩いていた。
は!? クールになれ、俺。
見ると、目の前の少年は怯えた表情を浮かべている。
「べ、別に怒ってないからな……?」
安心させてから解答欄を見ると、真面目な字で体積を計算する鉛筆の後が残っている。
こんな問題を見ながら真面目に計算できる彼はすごい。
「第一問目からなんつー問題を書くんだ……。どうやってもたかし君を問題文に登場させたいんだろうが、ちょっと……なぁ……手加減しとけよ」
なんでジュースを飲んだら直方体になるのか。
しかもその体積を計算させようとするのか。
意味がわからなさすぎる。
作ったのはどうせ武井に違いないが、この問題を作った時の精神状態が心配だ。
「ジュースを飲んで直方体ねぇ……」
頭のなかにどでかい冷蔵庫のような直方体になったたかし君のイメージが浮かんでくる。
イメージになるとさらにシュールだ……
「うわ~……で、その後は?」
この大問の他の問題も見るが、続報は何もない。
あ、あれ、直方体になった後どうなったわけ?
「まさか……たかし君はずっと直方体なんじゃ……」
直方体のたかし君が女王相手にあんな立ち振舞いをしたというのか。
いや、そんな馬鹿な。
しかし、直方体のたかし君が女王様相手に優雅に一礼しようとして、そのままポッキリ2つに折れるイメージが頭に浮かぶ。
「いや、違う違う! 変なイメージするな俺!」
しかし、俺の脳みそが本文と問題をきっちりつなげてしまう。
どうしても、脳内に直方体のたかし君が鮮明に描き出されてしまう。
あぁ、だめだ変なイメージが付いてしまった。
ええい、戻れ俺の頭!
「で、ほ、他の問題は……?」
「この辺の問題がおもしろいよ」
小学生が横からぬっと指を出してきて、用紙の左下辺りを指さした。
「これ以上おもしろい問題があってたまるか……!」
が、彼が指さした問題は、割りと普通だった。
『
スペース修行僧が言いました。
「お主がさらに一段強くなるには、限界を超えなければならぬ。わしから試練を出そう」
スペース修行僧は、一つのサイコロを差し出しました。
「今、わしの確率干渉能力により、1の目が出る確率は100の1になっておる。1の目を三回連続で出してみよ」
たかし君が一度目の試行で試練に合格する確率はどれだけでしょうか。
』
あれ、これを普通と考えてしまう俺は大丈夫なのかな。
でも、さっきの問題よりよほどまともだ。
「え、まともか? だ、だめだ……普通とかまともってなんだっけ……」
ふ、深く考えるな、俺。
とにかく次へ進むんだ。
「っていうか、サイコロって全部の面が等確率で出ないとサイコロの意味が無いんじゃ……確率干渉能力って……サイコロ投げる試練って……スペース修行僧って……」
頼むから、少しはまともな要素を残しておいてもらいたい。
このままでは何が普通で何がおかしいのかすらわからなくなりそうだ。
いや、すでになりかけている。
い、いいや。
次の問題に行こう。
次の問題に視線を向ける。
『
「よくぞ我が試練に耐えた。次の試練を受けるがいい」
スペース修行僧は厳粛に言いました。
』
どれだけの回数サイコロを投げたかしらないが、いつの間にか試練に合格したことになっている。
どんだけ投げまくったんだろう。
『
扉を開けると、一人の男が姿を表しました。
それは、地球でたかし君と戦った「炎の男」でした。
「炎の男!?」
』
「ほ、炎の男!? ええ!? そう来るの!?」
『
「ふふ。俺達が征服するはずの地球が、ギガンティックの物になるなんて許せないからな。四天王全員で参上してやったぜ。久しぶりに競争をしようじゃないか。言っておくが、宇宙スケールになった俺様を舐めるなよ」
炎の男とたかし君は頷き合うと爆発音とクレーターを残して大空へと飛び立ちました。
炎の男が秒速12kmで1分40秒後に到達したところへ、秒速10kmのたかし君が到達するには何分何秒の時間が必要でしょうか。
』
ついに秒速10kmの壁を超えた!!
しかも、たかし君負けてる!
「……じゃねえよ! っていうか、怖い物知らずすぎるだろ、このテスト……」
やり過ぎは破綻の元だというのに……
でも、一応問題としては難易度は低めに作っているようだ。
いつもの武井の問題のような複雑な状況設定が無くて、計算としてはかなりシンプルだ。
「そういうところは一応考えてるんだな……」
「やっぱり修行シーンは熱いで!」
横から顔を出している小学生が声を上げた。
今までさんざん見ただろうに、また問題を読みながら感激しているらしい。
「こういうのドストライクなんだな……」
そう言うと、彼は目を爛々と輝かせて頷いた。
その後に続く問題に視線を向けると、また魔法少女ミカミカがいた。
なぜか問題文の中でイスカンダル星の人に地球の植物の説明をしている。
『
「地球の花にはおしべと( う )があるのよ」
「ほほう、地球の植物は変わっておりますな」
』
みたいな文章がズラズラ続いて穴埋め式になっている。
全てのミカミカの発言に対して、イスカンダル星の人がやけに関心したような返事を返しているのがちょっとおもしろい。
最後には、唐突にじゃがいもにヨウ素を垂らしてヨウ素デンプン反応を起こさせて、イスカンダル星の人をびっくりさせている。
文明進んでいるはずなのに純朴すぎる。
ってか、まず植生が違うのならじゃがいもなんてイスカンダル星にあるわけが……
い、いや、さすがにそこは目をつむっておこうか。
突っ込むべきはそこじゃない。
他はあまり、特筆すべき問題はない。
国語の漢字問題と、あとは社会が相変わらず本文と全く無関係の問題を出しているぐらいだ。
俺、もうお腹いっぱい。
「なぁ……やっぱりさぁ……続きは今度にしないか?」
と言うと、テストを覗きこんでいた小学生がこちらを見上げて、「信じられない」といった顔をした。
「兄ちゃん、それ本気?」
表情が本気すぎて困る。
「あーもう……読むよ。読む」
諦めてため息をつく。
俺の力が尽きる前に最後までたどり着けるだろうか。