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私が妹だ! 作者:結城 慎

体育祭編

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番外編 百合香と打ち上げ

「カンパーイ」


 掲げられたグラスが、互いに体をぶつけ合い甲高い音を鳴らす。

 体育祭の終わったその日の夕方、みんなで俺の部屋に集まり、ささやかながら打ち上げを開催していた。

 山村さんに(自称)百合香、水藤さんと鷹尾、そして俺。五人で車座に座り、中心にはそれぞれ持ち寄ったジュースやお菓子。一人でバクバクとお菓子を平らげる水籐さんを視界の端に、俺たちは体育祭の話題に花を咲かせる。

 山村さんの活躍、クラスメイトの活躍、水籐さんの意外な活躍、借り物競争、障害物競走etc……

 なんだかんだ言いながらも結構楽しめた体育祭だった。

 やがて、最後のチーム対抗リレーに話が及ぶようになると、隣に座っていた山村さんは、俺にしな垂れかかり空になった俺のグラスにコーラを注ぎながらそっと囁いてきた。


「千太郎君、最後、ホント凄かった。

 私、惚れ直しちゃったよ」


 悪戯っぽく、それでいて真摯に見つめてくる。

 彼女はとても同い年には思えない程こういう仕草、表情が上手い。

 その視線に囚われたら俺なんかは「うっ」と呻いて硬直するのがオチである。

 コーラを注ぎ終わると彼女はペットボトルを置き、その手を俺の太腿に。

 そしてゆっくり手を滑らせながら――


「そうだよ、そうだよ、そうだよ!

 ホントだよ、さすが私のお兄ちゃんだよ。やっぱりお兄ちゃんは凄いよね!」


 俺の危機を察知したのか、(自称)百合香が俺の腕に飛びつき早口で俺への賛辞を捲し立てる。

 完全に山村さんに呑まれていた俺は(自称)百合香のタックルに持っていたコーラを溢しそうになるとともに、意識を引き戻された。

 「チッ」と舌打ちする山村さんにしてやったりの(自称)百合香。

 なんか勿体ない気もするが(自称)百合香グッジョブだ。


 「ホッ」と一息付きながら、俺はチーム対抗リレーのことを思い出す。

 結果的には、粘りに粘った俺がなんとか最後まで逃げ切り身体半分だけ先着し勝利したリレー。

 しかしながら実力では完全に負けていた。我ながらよく勝てたというのが正直な感想だ。

 実際、俺が勝てた要因といえば山村さんが作ってくれたリードと――


「みんなの応援があってこそだよ。

 声援があんなに背中を押すとは思ってもみなかった」


 この言葉が全て。

 一人で走ってたなら簡単に抜き去られてた。

 心の篭った応援が、どれだけ人にチカラを与えるか身をもって実感できた結果だった。


「愛のチカラね」

「愛のチカラだね」

「妻として当然の勤めなのだ」


 そんな俺の言葉に間髪入れずに言い張る三人。

 自称彼女(一応公認)

 自称妹(ちゃんと血縁)

 自称妻(事実無根)

 それぞれ、さも当然と言わんばかりに胸を張るが、自称妻だけは『誰が妻だ!』と(自称)百合香からツッコミを入れられている。


「さて、妻云々はともかく、千太郎君。そろそろご褒美をいただきましょうか」


 そんな(自称)百合香のツッコミは余所に、ニヤニヤと嬉しそうに山村さん。

 そう、体育祭での賭けの約束。

 出場四競技全てで1位を獲得したら、これから苗字ではなく名前で呼ぶという約束。


「…… 仕方ないなぁ」


 さっきとは違い、さらりとお願いしてくる山村さん。

 実際あれだけ頑張りを見せられたら相応の対価だし、俺自身も体育祭の途中で既にもう納得はしていたんだけど……

 いざ、向かい合って名前で呼べと言われたら、なんか抵抗があると言うか気恥しいというか。


「えーっと、咲……ちゃん?」

「えー、ちゃん付け?

 呼び捨てでいいのに。

 むしろ呼び捨てがいいのにぃ」


 呼び捨ての響きに耐え切れず苦し紛れにちゃんを付けたら、きっちりクレームがついた。


「なんかごめん。

 でも、ちゃん付けで勘弁してください」


 ホント、なんか恥ずかしいんだから。


「もう、仕方が無いなぁ」


 ぷぅっと頬を膨らませ、でもどこか嬉しそうな表情で、山村さん元謂もといい咲ちゃんは了承してくれた。

 そんな俺と咲ちゃんのやり取りを見ていた、正面に座る水藤さんも声を上げる。


「わたしも、わたしも頑張ったのだ」


 普段のよく転ぶ様子を見ていると、とてもとても活躍しそうにない水藤さん。

 まさかまさかの騎馬戦で活躍するとは。

 約束したものは仕方ないし、別段なんとも思ってないこの子なら名前で呼ぶくらい、大した事じゃない。


「あぁ、そうだな。

 えっと、ザクロ……?」

「ちょっ、ちょっとなんでよ千太郎君!

 この子は呼び捨てで私はちゃん付けなんて。妻だから? この子が自称妻だからなの?」


 しまった!

 今さっき山村さんををちゃん付で呼んだばっかりなのに、ザクロだけ呼び捨てにするのはマズいよな。

 取り敢えずなんとか取り繕わないと――


「ちょっと落ち着いて山村さん――」

「やーまーむーらーさーんー?」


 山む――咲ちゃんの目がギラリと怪しく光った気がした。

 その表情はまさに般若の如し。


「ひぃっ! いや、咲ちゃん。

 この子は近所の手のかかるガキンチョみたいなもんだなら、呼び捨てくらいがちょうどイイんだよ。

 やまーー咲ちゃんは、呼び捨てにするのも憚られると言うか、なんと言うか……」


 慌てて言い繕うも、よく考えればなんか俺、尻に敷かれてる?

 そんな俺の様子を見て、横から口を挟むザクロ。


「せんたろう、わたしが近所のガキンチョとはどういうことなのだ」


 だけど、コイツはどうでもいいから。


「千太郎君、私がイイと言ってるんだから呼び捨てで良いのよ。

 それとも何? 私も妻になればいいの? 自称妻になればいいの?」


 うぅ、どうすれば良いんだ。

 しかし、こういう時に助けは意外な所からやってくる。 


「あーもう! ウルサイウルサイウルサイ!

 ムラサキさんも、ガキンチョも、お兄ちゃんに名前を呼ばれるんだから、それだけで満足しなさい!」


 スクッと立ち上がり、いつもの腰に手を当て胸を反らしたポーズで二人に言い放つ我が妹。

 おぉ、(自称)百合香がいつもよりさらに頼もしく見えるぞ。


「だっ、誰がガキンチョなのだ!」

「だって千太郎君が――!」


 怒るザクロに嘆く咲ちゃん。

 お、なんか知らないが咲ちゃんの態度が心なしか軟化してる? やるな(自称)百合香!

 関心する俺に、しかし―― 


「もう、こんなウルサイ二人は放っておいて、私のご褒美も頂戴!

 んー」


 百合香の額にチョップ。

 チョーシに乗るな!


「あいたっ」

「ドアホ、お前障害物競争で失格になってるだろ。何ちゃっかりキスしようとしてるんだ?」

「そうだよ百合香ちゃん、ズルはダメだぞ。

 そ・れ・に、千太郎君の唇は私のものだぞ」

「えっ?」


 一瞬の沈黙、そして――


「ムラサキさん、何勝手にやってんのよ!」

「☆▲□〇※⊿×☾◎■◇▽●!!」


 無理やり顔を横に向けられて、合わさる俺と咲ちゃんの唇。

 イキナリな出来事に、何かよくわからないことを叫んでるザクロと激昂する(自称)百合香。

 あぁ、やっぱり咲ちゃんの唇柔らかい。


「あははは、千太郎君ごちそうさま。それじゃ、またね」


 やおら唇を離して舌を舐めずりすると、素敵な笑顔で挨拶して部屋から逃走する咲ちゃん。


「コルァー、待てー!」


 鬼の形相で咲ちゃんを追いかけ部屋を飛び出す(自称)百合香。


「はわわわ」


 顔を真っ赤にして狼狽えるザクロ。


「はぁ、やれやれ」


 俺の日常はこんなもんだよな。

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