▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
私が妹だ! 作者:結城 慎

体育祭編

24/31

咲と千太郎とチーム対抗リレー

「はぁ、はぁ、はぁ、やったよ…… 千太郎君。あ……と、1種目」


 いや、山村さん頑張りすぎでしょ。

 部活にも入ってないのに、応援で呼ばれた茶道部で着物を着ながら気合の5人抜きを果たし、茶道部を見事文化部一位に導いた山村さん。

 いかに文化系の部対抗とはいえ、動きにくい服装で、しかも絶対に負けないつもりで全力疾走の三競技目。

 その連戦の疲れから、椅子の背もたれに寄りかかって、ぐてー、となっているのも仕方ない。

 ただ、汗に塗れた肌や髪、上気し赤見がかった頬、そして呼吸を荒げるその姿は、何か妙に色っぽかったりして、男子諸兄は山村さんを気遣うフリして彼女の周りに集まっている。

 まったく、この助平どもが。

 俺はというと…… そんな集団に混じり、山村さんを団扇でパタパタ扇いでいる。

 いや、別に助平心じゃないから。

 え?ホントだって。

 そもそも、彼女がここまで頑張る原因を作った張本人だから、せめて……


「千太郎君、あと一つ。最後も頑張るから」


 俺の顔を見て、気丈にもニッコリ笑いガッツポーズをとる山村さん。

 くっ、滴る汗がまぶしすぎる。

 流石に、ここまでの頑張りを見せられると、リレーの結果如何によらず名前で呼ぶくらいしてあげよう。そう思ってしまう。


「チーム対抗リレーに参加の方は、入場門の前まで集合してください」


 間もなく呼び出しのアナウンスが流れた。

 山村さんは瞳を閉じると大きく息を吐き出し、大きく息を吸う。繰り返すこと三回。

 乱れた息を整えた山村さんは、そっと目を開けまっすぐ俺を見つめると、力強く、そして嬉しそうに俺に声をかける。


「さぁ行くよ、千太郎君」


 彼女の気合に、もはや下手な気遣いなど無用だろう。

 俺は小さく、しかししっかりと頷くと、彼女のに手を差し伸べ椅子から立ち上がらせ、一緒に最後の競技に向かった。











 トラックの中央でチーム別、走者順に並び座る俺たちは、体育委員から最後の説明を聞いている。

 勿論ただのリレーなので特に難しい内容はない。ただ単に最終確認なだけだ。

 寧ろ俺たちにとって重要なのは、勝つことで得られるポイント。

 実は俺たち赤チームは、現在5ポイント差で暫定二位。

 この最終となる学年混合チーム対抗リレーで優勝すれば、文句なしの総合優勝である。

 たかが体育祭。

 されど体育祭である。

 優勝に手が届くなら、たとえ体育祭でも勝ちたいものだ。

 同チームの一年女子から走るとはいえ、結局は優勝できるかどうかは、アンカーである俺にかかっている。若干プレッシャーだ。

 やがて第一走者がそれぞれ準備をする。

 響き渡る歓声がやや遠く聞こえることで、自分自身が緊張している事を自覚できる。

 緊張したときは深呼吸、深呼吸。

 緊張しすぎたら力が出ないもの。

 大きく二・三度深呼吸をしてみたものの、どうにも硬さが抜けない。

 ……俺って、こんなにプレッシャーに弱かったっけ?


 ふと、気付くと、山村さんが微笑みながらこちらを見ていた。


「緊張しなくても大丈夫だよ。

 私が、絶対に一番でバトンを千太郎君まで持って行くから」


 緊張が顔に出ていたのか。

 なんとなく恥ずかしくなり思わず赤くなってしまう。


「うん、待ってるよ」


 誤魔化すように山村さんの宣言を笑顔で受け止める。


「へへへ、待っててね。すぐに行くから」


 山村さんもそれに笑顔で返してくる。


「第五走者、準備してください」


 え、もう?

 いや、ホント舞い上がってるみたいだ。

 情けないコトに周りが全然見えてない。


「行ってくるね」


 俺に笑顔で声をかける山村さんを見送ると、もう一度深呼吸して現状を確認する。

 我らが赤チームは現在三位。

 第四走者もどうも頑張ってはいるが、現状維持で精一杯のようだ。

 それでも何とかトップから離されないように頑張り、トップと約一秒差、山村さんにバトンを繋ぐ。


「すいません!」


 二年男子の謝る声と共にバトンを受け取った山村さんは、今日四度目の全力疾走とは思えない程の勢いで駆け出した。

 その姿は、獲物を追うチーターのように、しなやかに、力強く、そして何より速く駆け抜ける。


 第一コーナーに入る時には既に二位の走者に並び、アンカーの準備を促されちょっと目を離した隙に向こう正面でトップに並んでいた。


 速い!


 今日四度目になる彼女の走りに、観客は改めてその速さを目の当たりにする。

 しかし、彼女に逆転劇を期待するには余りにもその表情は苦しげに歪んでいた。

 そして、その表情が示すように、彼女の足は伸びなかった。

 追いついたものの抜けない。

 いや、むしろ離されないように食らいつく事しかできない山村さん。


 必死に


 徐々に軽やかさも、力強さも失いながら


 懸命に


 彼女は走る


 その美しい顔を歪ませ、大きく口を開けながら


 それでも一生懸命に


 そんな彼女の姿に、観客の心が動いた!


「頑張れー!」


 不意にあがったその一言は、まるで呼び水のように


「頑張れ山村さん!」

「負けるなー、あと少し」

「頑張れ! ファイト」

「山村さん頑張ってー!」


 次々に声援を呼び起こす。


 その声は山村さんの背中に羽を与えるように

 彼女の背中を強く押す。

 徐々に引き離されかけていた彼女を踏みとどまらせ――

 否!

 再び彼女をトップに並ばせる。


 最終コーナーに入り二人の最後のデッドヒート!


 声援を背に、必死に抜き去ろうとする山村さん。

 負けじ抜かせじとトップの女子も必死の形相で走る。

 片方が半歩出れば、もう片方は半歩追いつく。

 並走したままコーナーの出口まで差しかかる二人。

 その二人、いや、山村さんと目が合う。


 一瞬の時。

 刹那のアイコンタクト。

 ふと彼女が笑ったような気がした、その瞬間。


「千太郎君、お待たせ」


 幻聴かも知れない。

 だけど、確実に耳に届いたその声とともに、俺の手に半歩先にバトンが渡った。


 もちろん振り返らない。

 半歩で、彼女の作ってくれた半歩のリードで十分だった。

 その半歩で一気に後ろを引き離す!


 体二つ分。

 十分なリードを得る。

 そのリードをさらに広げるかのように俺は全力で駆けた。


 正直、後ろの走者で怖いのは、二位より三位の走者。

 陸上部のエースにして去年の短距離での総体出場者。

 はっきり言ってリードはあって無いようなもの。

 俺みたいなちょっと足が早い程度のやつなんて、とにかく必死で逃げるしかない。


 歓声を背に

 走る

 走る

 ひたすら走る


 最初の直線を走り、コーナーを抜け、次の直線から最後のコーナーへ差し掛かった時。

 気配を感じた。

 そう、明らかにこれは気配というやつだ。

 いる。

 いつの間にか追いつかれている。


 マズイ!

 まだ最終コーナーと最後の直線が残ってる。

 はっきり言って逃げ切れない。

 このままだと、コーナーでは上手くコースは防げても、最後の直線で躱される。


 緊張なのか集中なのか、周囲の音がだんだんと遠くなる。

 と共に、何故か後ろの走者の動きがわかるような気がした。

 ピタッと後ろに着かれている。

 コーナーでは無理に抜かない。

 最後の直線で一気に抜くつもりなんだ。

 くそぅ、嘗められてるのか?

 直線で簡単に抜けると思われている自分に悔しさが沸く一方、逆に少し冷静になり、コーナーを曲がりながら周囲が、観客席が目に入る。


 目に入ったのは俺の席で応援する(自称)百合香、水藤さん。


「おにーちゃんーん!

 ガンバレー!」

「せんたろう頑張るのだぁー」


 そう、声が聞こえてきそうなほど必死で何かを叫んでいる二人。

 あぁ、ココまできたら頑張るよ。優勝まで後一歩なんだから。

 だけど、最後の直線で俺はこいつを抑えてゴールできるのか?

 勝てるのか?

 コーナーを曲がりながらもそんな不安が心を占める。

 そんな心理状態のまま差し掛かるコーナーの出口。

 後ろの気配がスッと外側へ逃げるのを感じる。

 そう、抜きにかかったのだ。

 だけど、もう後ろを気にしていられない。

 向かう先はゴールだけだ!

 まっすぐ直線を見据えた俺の視界に、いや、視界の端に映った一人の姿。

 息も絶え絶えで、祈るような瞳で俺を見つめる山村さんの姿。


 その姿を見た瞬間、一気に俺の世界に音が戻る。


「頑張って、千太郎君!!」


 そうだよ、彼女が必死でつないだバトンだ。

 勝てない勝てないと思ってる場合じゃない。


 勝つんだ!


 直線へ一歩先に踏み出した俺の背中を


「千太郎君」


 彼女の声が


「お兄ちゃん」


 彼女の声が


「せんたろう」


 彼女の声が、力強く押す!


『いけーーー!』

「うおぉぉぉぉぉ!」


 そして鳴り響く体育祭の終わりを告げる空砲。

 俺の、学校生活最後の体育祭が終わった。


遅くなりまして誠に申し訳ないです。

もちろんエタる気はないので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く際の禁止事項をご確認ください。

※誤字脱字の報告は誤字報告機能をご利用ください。
誤字報告機能は、本文、または後書き下にございます。
詳しくはマニュアルをご確認ください。

名前:


▼良い点
▼気になる点
▼一言
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。