千太郎と神主
朝の通学路。今日もいつもと変わらず(自称)百合香と並んで歩く。
見上げれば曇天、手には午後からの雨の予報に備えてビニール傘。やっぱり普通に邪魔だ。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん、なんだ?」
ふと、声をかけてきた(自称)百合香に俺は素っ気なく返事する。
チラリと横目で見た(自称)百合香は、何故か心配するような目で俺を見ていた。
そういえば、最近ゴスロリファッションの(自称)百合香見てないな。
「昨日一体何だったの?
結局あの後お風呂に入って、ご飯も食べずに寝ちゃったけど」
あぁ、そういえば……
昨日は家に逃げ込み、(自称)百合香に沸かしてもらった風呂に入った後、部屋にこもってそのまま寝てしまったんだっけか。
心配……してくれたんだな。
「実は……」
ざっと昨日のあらましを話す。
雨の夜道で得体の知れないものに追いかけられた事。
占い師に振り向くなと忠告された事。
恐怖に駆られて慌てて家に逃げ帰った事。
……あれ? そういえば、俺は『ソレ』が何だったかのか未だに分かってない。
触ってもない見てもない、後ろから迫ってくる音を聞いて、振り向くなと忠告を受けただけ。
今思うと、いったい何が怖かったんだろう……
もしかして無意味に怖がり過ぎ?
うーん、いったい何だった――
「千太郎君、おっはよー!」
「ぐぅっ!
な、あ? 山……咲ちゃん?」
うんうん頭を捻っていた俺の背中の上に、いきなり咲ちゃんが降ってきた。
苗字を呼びそうになった瞬間、殺気を感じたのは気のせいだろう、うん。
今日も元気にニコニコと素敵な笑顔を向けてくる。
が――
「またまた変なものに気に入られたんだね、千太郎君」
なに、その物騒な発言。
思わず固まる俺の背中から降りると、咲ちゃんは「何なら私が」と俺の頬に手を這わせながら前置きし、
「私が力尽くで解決してあげようか?」
カッコイイ目付きで提案してくれる。
お、男前だ。
「むっ! 私がやるよ!」
対抗するかのように(自称)百合香も俺の腕をとってくる。
が、しかし、昨日の占い師の話もある。俺は今後の対応については考えていた。
「いや、こういうのは本職の方がいいんじゃないか?
取り敢えず放課後、神社にでも行ってみようかと思ってるんだけど」
餅は餅屋、やっぱり本職がいいだろうと思った俺の発言。
が、一緒について来るんだろうと思った咲きちゃんは、俺の言葉に眉をひそめると、珍しく辞退してきた。
「神社……? ごめん、私パスするね」
どうしたんだろう?
神社、嫌いなのかな?
ちなみに(自称)百合香は着いてくる宣言をしたのは、言わずもがな。
放課後 ――
近くの小さな神社で、無理を通して神主さんと面談する。
ラフな格好をした四十過ぎの神主さんには困ったような呆れたような顔で対応された。
「あ~、君たち漫画の読みすぎだよ。
それに、お祓いなんて形式的なものだから、もし仮に、そんな妖怪みたいなものがいたとしても私では対処できないよ」
いや、そんな身も蓋もない……
「それにほら、君の勘違いということもあるし……」
「そ、そんな事は――!」
「お兄ちゃんが嘘ついてるって言うの!?」
神主の言葉に(自称)百合香が激昂する。
腰を浮かせ、髪を逆立て、今にも飛びかかろうとする(自称)百合香を宥める俺と、慌てて取り繕う神主さん。
「あぁ、ごめんごめん。そういうつもりじゃないんだけど。
とにかく、他当たってくれないかな?」
結局、期待したお祓いを受けれないということで、俺たちは仕方なく神社を後にした。
神社の外に出ると(自称)百合香がポツリと呟く
「ダメだったね」
「あぁ、どうしよう……」
ここに来れば、今晩から安心できると思ったのに……
不安で沈む俺に、しかし(自称)百合香は、力強く宣言した。
「お兄ちゃん、心配しないで!
私が何とかするよ。任せて」
翌日から、連日の雨。
力強く宣言してくれた(自称)百合香と毎日一緒に帰宅するものの、一向に何かが起こる気配もない。
もしかしてあれはあの日だけの偶然だったのか?
そう思い始めたある日、たまたま一人で帰ることになった。
若干の不安も覚えながらも、最近、何も起こっていないことを言い訳に、自分を無理やり納得させる。
「今日も雨か……
でも、ここ最近ほど何もなかったし大丈夫だよな」
しかし――
ズズズズズズ……
聞こえる。
昨日まで聞こえなかったのに、今日に限って。
ズズズズズズ……
後方からは例の引き摺るような音。
そして、背筋を駆け上がる恐怖。
だめだ……やっぱり怖い。
ズズズズズズ……
オオォォォォ……
そして、今日に至っては、何か水の中から上げているような唸り声も響いてきた。
「なんで今日は出てくるんだよー!」
思わず叫び、逃げようとしたその時
いつの間にか佇む、目の前の人影に気付く。
雨の夜道に、ポツンと浮かぶようにシンプルな白いビニール傘。
そして傘から地面へ、まるで茎のようにスラリと伸びる肢体は、長身の女性のシルエットだった。
暗い中でもよく目立つ真っ赤なシャツ。そして女性らしいラインを出すタイトなデニム。簡素な服装だが、引き締まりながらも必要な部分が十分な丸みを持っているその身体は、大人の魅力を放っている。
女性は、こちらを見やすいように傘の先をゆっくり上げーー
「ありゃ、なんか変な気配がすると思ったら千太郎じゃないか」
「え……?」
突然、なんの前触れもなく現れた知り合いの顔に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。
いや、この流れだと、更にホラーな展開に発展するかと思って身構えた分、余計に。
彼女を一言で表すなら、美人。
単純でありふれた形容詞ながら、女性の美しさを表すその言葉が、確実に似合う女性。
美しく勝気な表情に悪戯っぽい笑みを浮かべ、こちらを親しげに見つめてくる彼女は、俺が分かっていないとでも思ったのか、自分を指差しながらーー
「アタシだよ、アタシ」
「千景オバさーー」
「誰がオバサンだぁ!」
「ぐはぁっ!」
渾身の一撃を放ってきた。
み、見事なボディーブロー……
特定の単語に反応した彼女の強烈な一撃で、俺は体をくの字に曲げて悶える。
しかも、いつの間に有効射程に踏み込まれたのかもわからなかった……
「ワタシは
いや、この一撃を貰うまでも無く、思い出してましたよ。
禁句を言ってしまったことも。
その手が先に出る性格も。
彼女は俺の知る限り、この世で逆らってはいけない女性の一人。
父の妹である彼女は、つまりは俺の叔母さんである。
いやはや、難産です。
何故か筆が進まない & ブラック企業何それ? 美味しいの? ってくらい仕事に時間を取られてしまって……
と言い訳はこのくらいにして
とりあえず、このペースだと、当初目標の年末完結が厳しいかも……
とりあえず頑張ります。