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私が妹だ! 作者:結城 慎

体育祭編

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プロローグ

 突き抜けるような青空に、小さな雲がいくつか浮かんでいる。

 まぁ、快晴と言って差し支えのないような晴天。

 五月の大型連休も過ぎたとある週末の今日、我が校では体育祭が開催されている。

 新学期のこの時期に行うことには、クラスのまとまりの観点からも反対論が根強いらしいが、真面目にやるのならば、逆にクラスの結束に繋がる良いイベントだとは思う。


 パンッ!


 グラウンドを見れば、乾いた銃声を合図に体操服の男子生徒が数人一斉に駆け出す。

 必死な形相で走るやつ、それなりに頑張ってるやつ、あんまり力の入ってないやつ。まあ色々。

 真面目にやっているやつが混じっている分、傍から見ている限りは結構楽しい見世物だ。

 俺の出番はまだまだ先だから、当分はそんな傍観者を決め込んでいられるんだけど……


 ふと、隣に立つ影に気が付く。


 山村咲。

 クラス公認の俺の彼女。らしい。

 顎ほどまで伸びていたサイドの髪の毛を今日は後頭部で一つに纏め、クラスカラーのハチマキを巻き、体操服をそのスレンダーな体に纏った彼女は、まさに戦闘準備万端といった風である。

 あぁ、体操ズボンから伸びるスラリとした足が眩しい。

 ん? 男なんてそんなもんさ。


「千太――」

「三年女子100m走に参加される方は、入場門の前まで集合してください」


 俺に声をかけてきた山村さんの声を遮るかのように、場内アナウンスが流れる。

 そういえば、確か山村さんは――


「あ、よぉし、出番だ。頑張るぞ!」


 そう、彼女は100mに参加するんだった。


「山村さんこれも出るんだったね。頑張って」

「ありがとう千太郎君。

 それと、応援ついでに一つ賭けをしない?」

「賭け?」

「そう。私、今日4種出場するでしょ。

 その全てで一番になったら、私の事、ちゃんと名前で呼んでくれない?」


 賭け、というよりお願いだな。

 彼女は100m、障害物走、部対抗リレー(部に入ってないのに)、チーム対抗リレー。

 常人で考えれば、一日のこの短時間でこれだけ走る競技にエントリーして全てで一番なんて、余程足に自信がないと無理だろう。ま、彼女の秘策もある程度考え付くけど。


「ま、いいよ」

「ホント、やった! 私、目一杯頑張る――――」

「ただし、超能力は禁止だよ」

「え゛?」


 ん、図星だね。そうだろうと思った。


「学校行事、真面目にやってる人もいるから、ちゃんと対等に勝負しないとね」


 というのは勿論詭弁。流石に普通にやって全部一位は無理だろう。

 別に山村さんなら名前で呼ぶくらいはいいんだけど、今更なんか恥ずかしいし、回避できるならその手段を取らせてもらうよ。


「ぐぐぐ…… 分かったわよ。死ぬ気で頑張るから!」


 一瞬で余裕の消えた彼女は、苦渋の決断を強いられるような表情で了承し、決死の覚悟を表明する。

 いや、別にそこまで頑張らなくていいから。

 ま、取り敢えず賭けは賭けだから証人立てるか。


「(自称)百合香!」


 俺は周りを確認せずに(自称)妹の名前を呼んでみる。


「はいはーい、何? お兄ちゃん」


 あ、ホントに出た。

 面白半分に言ってみただけなんだけど。


「ゆ、百合香ちゃんどこから現れたの!」


 どこにも気配も無かったらしく、あの(・・)山村さんがマジでビックリしてる。


「私はお兄ちゃんが呼ぶならどこでも神出鬼没だよ」


 エッヘンと(自称)百合香。ある種ストーカーだな。


「で、今の聞いてた?」

「聞いてたよ」

「なら(自称)百合香、お前は証人――」

「私もやるー!」

「え゛?」


 お前も参加するのかよ。

 しかもたしか参加競技は障害物競争だけだったはず……


「私の商品はお兄ちゃんとのキスね」


 まったくコイツは。

 引く気無いだろうし、こいつの場合は……


「あー分かった分かった」

「やったー!」

「お前も超能力じゃないからって、普段鍛えてる体の力以外使うの禁止だぞ」

「え゛?」


 だろうと思った。自分の『チカラ』は超能力じゃないですよーとかなんとか屁理屈をこねるつもりだったんだろ。甘い甘い。

 お前の運動神経などは兄はお見通しだぞ。


「はい、じゃあ二人共がんば――」


 なんとなく悲壮感漂う二人を送り出そうとした俺の声を遮り、更なる乱入者が。


「私も参加するのだぁ!」


 キタ、三人目。

 ちんちくりんの真紅の髪のカツラの少女。


「はいはい、水藤さんも参加ね。それで?」

「うむ、私はこの前言ったとおり、名前で呼んで欲しいのだ」

「オッケー。それじゃー三人がんばれよー」


 あっさり水藤さんの申し出を了承すると、何か哀れな目でこちらを見ていた(自称)百合香がツカツカと詰め寄ってきた。


「ちょっと、お兄ちゃん。なんでこの子だけ制約なしなの?」

「制約つけなくても何もないだろ?」

「うむ。自慢ではないが、私自身特別な力はない!

 あるのは(カネ)の力だけなのだ!」


 だ、そうだ。

 まぁ、一応言っとくか。


「じゃあ金銭による買収は禁止ということで」

「うむ、問題ない。女は自らの魅力で勝負なのだ!」


 うん、チビッコなのによく言った。

 何か言いた気な(自称)百合香を自分の席に返すと、山村さんに目を移す。


「それじゃ、取り敢えず1種目目。頑張ってくるよ、千太郎君」

「うん、山村さん、頑張って」


 俺が激励すると、彼女は何か執念の炎のようなものを瞳に燃し立ち去っていった。
















 100m走の準備に向かう()の横に、百合香ちゃんが並んで歩く。

 数ヶ月前、嫉妬で焼き殺されそうになったのが嘘みたいに、私たちの関係は以前のようなモノに戻っている。表面上は。


「そういえばムラサキさん、なんで私みたいにキスとかにしなかったの?」


 恋敵である私に平然と聞いてくる。そんな彼女の瞳を私はじっと見つめる。


 純粋で曇りのない瞳。

 とても澄んで美しい。

 抉りとって飾っておきたい程に。ホント。

 でも、そんなことは彼が望まないからしないけれど。


 彼女にとって、兄の千太郎君は親愛の全てなんだろう。

 だからこそ、あの日、愛情表現ではなくとも、口づけをした私を許せず殺そうとした。

 そして今、彼女が千太郎君の唇を望むのも、自分以外の人間が愛する兄とした口づけを自分がしていない。という事実が許せないからなのではないのか? 無意識だったとしても。


 でも、百合香ちゃん。

 私は彼の心が欲しいの。

 たった一つの心の無いキスよりも、もっと重い言葉を。

 心のこもったたった一言を。

 名前を呼んでもらうのはそのための一歩。

 今の「山村さん」じゃあ、私たちの距離はまだ余りにも遠い。

 そう、まだまだ遠い。

 ただ、私が認めさせただけの公認じゃ、全然足りないの。

 だから、この賭けには絶対に勝たないといけない。

 そう、超能力が使えないなら、歯を食いしばっても自分の力で掴み取るまで!


「百合香ちゃんにもそのうちきっと分かるよ」


 そう彼女に私は答えると、決意とともに向かう。決戦の場所へと。

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