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私が妹だ! 作者:結城 慎

新入生編

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山百合ざくろに千太郎

「はぁぁ、落ち着くなー」


 芝生の丘陵が広がる中に、いくつか点在するベンチに腰を掛け人心地。

 冬から騒々しい出来事が周囲で頻発してたし、たまには一人でノンビリするのもいいだろうと、近くの公園に来てみたのだが…… 実にイイ。

 中央公園というこの辺りで一番大きな公園には、休日となると親子連れが多く訪れ、芝生の上では小さな子供たちか歓声を上げながら走り回っている。

 暖かな晩春の風と相まって形成される和やかな空間。一人でぼーっとするには実にいい場所だ。 


 そんな満喫している俺の側に一つの影。 


「よう、九重」

「ん? 怪人ホークか」


 そう、その影は怪人ホークこと鷹尾だった。

 その美貌で子連れの奥様方の視線を無駄に集めている。 


「その名で呼ぶなよ」

「あははは、冗談だよ。

 で、どうしたんだ?」


 怪人名で呼ぶと嫌そうな顔をしたので、笑って誤魔化しこんな場所にいる理由を尋ねた。 


「趣味の古書収集」


 短く答えた鷹尾の手には、一冊の古びた濃紺の装丁の本。


「この近くに、いい古本屋があるんだ。

 今はその帰り。

 この公園を突っ切ったほうが駅まで近いんだ」

「へえぇ」


 質問しといてなんだけど、あまり興味がなかったので適当に相槌を打つ。


「そういう九重こそ、こんな公園に一人でどうしたんだ?」


 鷹尾は俺のそんな適当な相槌に気を悪くした様子もなく、逆に俺に聞いてきた。

 まぁそれこそ鷹尾の質問も、ただの挨拶みたいなもんだろ。

 俺への質問よりも、むしろ手に持つ古書の方が気になるらしく、さっきからチラチラと本に視線をやってる。


「ぼーっとしてるだけ。

 たまにはこういうのもいいだろ?」

「…… そうだな」


 それこそ適当な相槌、だがそれは別にいい。 

 むしろ――


「おい、隣にすわるなよ」


 そう、隣に座られると一人のノンビリ空間じゃ無くなる。

 いきなり隣に座って、俺の空間を侵害するなよ。

 人権侵害だ! 領空侵犯だ! 侵略行為だ!


 俺の心の抗議を知ってか知らずか「気にするな」とだけ呟いた鷹尾の意識は、既に本へと注がれていた。


「まったく」


 そこまで気になっていたら、おそらく読み始めた今、もう梃子(てこ)でも動かないだろう。

 仕方ないので鷹尾のことは諦めることにする。

 鷹尾はいない。鷹尾はいない。これは『本を読む人』のオブジェ。これは『本を読む人』のオブジェ。

 よし! 自己暗示完了。

 俺は『本を読む人』のオブジェの横で、子供たちを眺めたり、スマホを弄ったり再びぼーっとし始める。


 たまには良いよな、こういう時間も。




 しばらくして、ふと、腹が減っているのに気が付く。

 スマホの時間を見ると昼を回っていた。

 でもまぁ、ノンビリするための準備は万端だ。

 俺は鷹尾とは反対側に置いてある紙袋に手を伸ばした。

 『アルチザン』という名前と窯の絵が書かれた袋。この近くで一番と噂のパン屋の紙袋だ。

 つまり中身は――


「一つ貰ってもいいか?」


 取り出す前に、鷹尾が手を伸ばしてくる。

 …… オブジェが動くなよ。

 せっかくひとが思い込んでるのに。


「ひとつだけだぞ」


 俺は袋から卵サンドを二つ取り出し、その片方を鷹尾に渡すと、もう片方を頬張る。



 うん、しっとり滑らかな触感と舌触り。

 卵とパンの境目が無いかのような見事な一体感。

 パンの裏に塗られたバターの風味。

 たかが卵サンドと侮るなかれ、この見事な味わいを!

 んんんんんまい!



 俺が絶品の卵サンドに感激しながら、次々と平らげる。

 やっぱりここのパンは最高だ。



 食事も終わり、もう一度自己暗示。

 再びぼーっとし出した俺の元に、さらなる来客が現れた。


「あ、いたいた。

 (まなぶ)探したぞ。ってせんたろうではないか!」


 オーバーリアクションで俺の存在に驚く小さな悪の首領。

 スカーレットレディこと水藤ざくろだ。


「お、怪人ホーク、お迎えが来たぞ」

「その名前で呼ぶなと――」


 俺の呼称に不満の声を上げる鷹尾の言葉を遮り、水藤が強引に俺と鷹尾の間に体をねじ込み、座る場所を確保する。

 しかもなんか実に満足そうだ。

 むふーっと鼻を鳴らすその姿が何やら可愛らしかったので、取り敢えずガシガシと頭を撫でてやる。


「で、水藤。お前はこんなところで何をしてるんだ?」

(まなぶ)を探しに来たのだ。

 それとせんたろう。私のことは『ざくろ』と名前で呼ぶのだ」


 (まなぶ)。怪人ホークもとい、鷹尾のことだな。

 探されてる本人は非常に嫌そうな顔をしている。何か面倒事でも頼まれるんだろうか?


「せんたろうは、鷹尾と一緒に遊んでいるのか?」


 今日は何故か満足げに撫でられるままにしている水藤が、上目遣いで俺に見当違いの事を聞いてくる。


「別に一緒に遊んでるわけじゃないって。

 鷹尾(コイツ)が単に横で本を読んでいるだけ。

 ついでに俺は、ぼーっとしてるだけだ」


 俺の回答に水藤はバッと飛び退き、オーバーリアクションで「なんと勿体無い」と嘆くと、演技がかった動きで片手を俺に差し伸べると


「なら私と今から遊ぶのだ」


 と言って、俺の手を取り無理やり引き起こそうとする。

 勿論、俺は今日はそんな気分じゃない。

 パッと水藤の手を払い断ろうとしたその時――


「あれ? 千太郎君じゃない。

 こんな所にいたの?」


 最近少し出番の少ない山村さんが登場した。


「おお、山村咲ではないか。

 そうそう、お前も私の組織に入らないか?」


 声を掛けようとした俺に先んじ、水藤がいきなり彼女を勧誘する。

 って、知ってるのか? 山村さんのこと。


「先輩に『お前』はないんじゃなぁい?

 紅月党の首領さん」


 水藤の勧誘に少し目つきを変えたものの、軽く受け流しながら、さりげなく俺の横に座る山村さん。


「な、何故それを!

 ってそこは私の席なのだ」


 なんか小競り合いしてるし。

 自分がさっきまで座っていた場所に座られたのがよっぽど悔しいのか、地団駄を踏んで怒る水藤。


「ふふふふふ。まだまだね」

「うぬぬぬぬぬぬ」


 余裕の表情の山村さん。

 これは格が違うかな? と思っていると、何か閃いたのだろう。一瞬ハッとした後にやりと微笑(わら)い、ひらりと水藤が宙を舞った。


「ならば、私はここに座るのだ!」


 そう宣言して着地したのは、俺の膝の上。

 背中を俺に向けて、見事に座ってみせたのだ。


「なっ!」

「ふっふっふっ」


 形勢逆転。今度は山村さんが歯噛みする方だった。


「羨ましかろう。

 しかし、せんたろうは私の婿なのだ。

 嫁の私ならば膝に座っても全然問題ないのだ」


 は?

 突然の水藤の宣言。

 目が点になる。

 そして、隣に立ち込めるのはいつぞやのように強烈な殺気。


「嫁ぇ?」

「いや、ちょっと待て! いつお前を嫁にした!」


 怒りの炎で燃え上がる山村さんと、水藤にツッコむ俺。

 しかし、俺のツッコミに水藤は


「ふっ、この私が決めたのだ。せんたろうも文句はあるまいなのだ」


 いやいやいや。

 文句もなにも、他人を勝手に婿にされては困る!

 特にこの場合は撤回してもらわないと俺の命の危機が!


「千太郎君は私と公認カップルなの。

 勝手に嫁宣言されても困るんだけどぉ」


 そう、この方が怖いから俺も困る。


「ふん、そんな甘っちょろい色恋沙汰と一緒にされても困るのだ。

 こっちは組織の存亡がかかっているから譲れないのだ!」


 いや、紅月党の存亡より自分の存亡だから。


「へえぇぇ、私に喧嘩売ってるの?

 この世から排除しちゃうよ、おチビちゃん!」


 そうそう、山村さんはホントにやっちゃう人だから、大人しく手を引いて――


「ふん、望むところなのだ。

 私をそう簡単に倒せるとは思わないことなのだ、この年増魔人」


 って望むな! 挑発するな!

 この前も後が大変だったんだぞ!


 いがみ合う二人の一触即発の緊張感の中、周囲に更に別の声が響き渡った。


「ちょっと待ったぁ!

 私を放っておいて勝手にお兄ちゃんの取り合いなんて認めない

 百合香、参、上!」


 いつの間に現れてスタンバッてたんだろうか。

 (自称)百合香が近くの木の上でポーズを決めていた。

 この期に及んで、お前が出てくると更にややこしい! 参、上! せずにそのまま帰って。


「げ、九重百合香なのだ」

「百合香ちゃん相手だとしても、千太郎君を譲るつもりはなわよ」


 それぞれのリアクションを取る二人の前に「とぅ!」と木から飛び降りた(自称)百合香が降り立つ。

 そして、勝手に俺を賭け、対立を深める三人。

 その背後には、まるで爆発するかの如き激しいエフェクトが見える―― ような気がした。


 あぁそして、すでに俺のノンビリした休日は遥か過去のものとなってしまったのだった。

 山村さん。いや、むしろ水藤が出てきた時点でもう平和な休日は、望めるものではなかったのかもしれないが……


「はぁ、せっかく今日はのんびり過ごそうと思ってたのに」


 諦観と共に見上げた空は、見事なほどに晴れ渡っていた。


「はぁ、ホント、いい天気だよ」


 自嘲気味に呟く俺の横で、鷹尾だけが一人、我関せずと本に没頭していた。

新入生編これにて完結。


テンポの悪い会話になって申し訳ないです。


来週月曜日からは体育祭編が始まります。


どうぞお楽しみに。

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