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私が妹だ! 作者:結城 慎

新入生編

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千太郎とあくのそしき

「うぅぅぅ、ひっく」


 まだ泣いている水藤を尻目に、俺たちはテレビの前に対面で並ぶ、人間を堕落させそうな感触のソファーに座って話を始める。

 ちなみに周囲には、鷹尾の他にも何人かの紅月党の構成員と思わしき人物がいるが、皆フレンドリーで、悪の組織というよりは何かの同好会だかなんだかという雰囲気だ。


「それで、と言うよりまず、どうやってここまで連れて来んだ?」


 俺は、ソファーの前にあるテーブルに並べられたケーキを、フォークで口に運びながら根本的な質問をする。

 それに対し、正面の水藤の横に座る鷹尾が「ああ、そんなことか」と紅茶を啜りながら答える。


「学校でトイレから出てきたお前を、お嬢が特殊なガスで眠らせて連れてきたぞ」


 だからトイレまでしか記憶が無いのか。


「うむ。

 お兄ちゃんが寝ちゃって大変なの。って言ったら、タクシーも簡単にここまで送ってくれたのだ」


 目尻の涙を拭いながら、水藤が鷹尾の言葉に補足を入れる。

 しかし、そもそもタクシーを拾える場所まで、どうやって俺を連れて行ったんだ?

 と聞きたかったが、えっへんと胸を張る水藤の説明は長くなりそうなので、無理やり気にしないようにして話を進める。


「そうか……

 それで、そもそもなんで俺を拉致ったんだ?」


 俺の質問に、変わらずえっへんと胸を張った水藤が小脇から何かを取り出した。


「それはこれなのだ」


 見たことのある塊。

 手のひらサイズよりも少し大きい透明な球体。


「これは…… あの時の水晶?」


 俺が覚えていた事に気をよくしたのか、水藤は「そうなのだ」と満足げに頷くと、水晶をスっと掲げた。


「これは可能性の水晶と言ってな。

 うちの働きもしない科学者が発明した、唯一役に立つアイテムなのだ」


 水藤が目線を一人の男に向ける。おそらくその科学者なのだろうが、彼は特に気にする様子もなく口を開く。


「それは本人の知りたい可能性や確率を映し出す水晶だ。

 その的中率は90%を超える、まさに現代科学の結晶だ」


 いや、科学というよりは占い、完全にオカルトの域だろ。

 俺の心のツッコミも知らず、その科学者は誇らしそうな笑みで水晶を見つめる。

 まぁ、発明者本人が納得してるなら、別に科学だろうがオカルトだろうがどっちでもいいか。


「で、その水晶が俺を映したのか?」

「そのとおりなのだ。

 まぁ話を分かりやすくするために、まずは我らが紅月党の歴史と現状を説明するのだ」


 一人立ち上がる水藤。

 胸を張り、誇らしげに組織について語りだした。

 が、話が長かったので割愛。

 要約するとこんな感じだ。


 先代、水藤ざくろの母親、水藤 紅(すいとう くれない)。って簡単に部外者に本名教えていいのかよ!

 彼女は世界征服を目論見、親友の谷本 月子(たにもと つきこ)と一つの組織を立ち上げる。

 二人の名前を冠したその組織、紅月党は、生来類希(たぐいまれ)な才能を有していた二人の力で、あっという間に勢力を拡大していった。

 しかし、やはり所詮はただの一組織、やがて警察や公安に目をつけられ、あえなく組織は壊滅の憂き目に遭い、彼女は親友の月子を失う事になる。

 親友と見た夢を捨てきれない紅は、一人で背負う紅月党を立て直すためにまず金策に走った。

 が、それがまずかった。

 紅は武闘派であろう自らの才能を理解していなかった。

 彼女には商売の才能が……

 あり過ぎた。

 あれよあれよと増える金。集まる人材、膨らむ組織。

 これで世界征服に乗り出せる!

 しかし、世界経済を飲み込むほどに財力が膨張したとき、彼女は気付いてしまった。

 自分が満足してしまっていることに。

 部下が満足しきってしまっていることに。

 武闘派で、武力で世界を支配し恐怖を振りまこうとした、自分の野心が薄れていることに。

 いや、消えかかっていることに。

 そして、彼女は絶望と病をその身に宿す。

 そんな彼女の瞳に映ったのは、自らに憧憬の眼差しを向ける幼い我が子、ざくろだった。

 幼い娘の眼差しに応えるために彼女は再び立ち上がった。いや、立ち上がろうとした。

 しかし、病は彼女を既に武闘派として戦えない体にしていた。

 そんな彼女を見て、幼い娘は言った。

「それなら、私がお母さんに『せかいせいふく』をプレゼントするよ」

 そうして、娘は組織の首領となった。

 使い切れない莫大な財産と、現状に満足しただらけきった部下を抱えて。


「と、いう事なのだ、せんたろう」

「いや、でもお嬢。

 子々孫々遊んで暮らせる金があるのに、なにも危険を冒す必要なんてないだろ?

 目立たず、のんびり悠々自適に毎日暮らせればそれでいいじゃないか」


 おお、確かに現状に満足しきってる。

 っても、無理もないだろうけど。


「ほらな、せんたろう。

 で、働きもしないコイツらを更生させるために、お前の力を貸して欲しいのだ」


 は?


「いや、俺にそんな他人を更正させるような素養はないと思うぞ」

「そんなことない!

 可能性の水晶が、組織改善の可能性がある人物として写したのがせんたろうなんだから」

「いやいや、無理だから」

「つべこべ言わず、一緒にあくのそしきやろうよ、せんたろう」


 地団駄を踏み、子供のようにダダをこねる水藤。


 その時、水藤の後ろの窓が、なんの前触れもなく突然派手に砕け散った!


「いったい何だ!」


 突然のことに狼狽える紅月党のみなさんの前に、一人の少女が降り立つ。


「な! 何者だ!」


 侵入者に対するお約束の台詞。

 少女はその対応に満足し、ふふんと鼻を鳴らす。

 その少女、つまり(自称)百合香は、いつもとは違い半身でこちらを向く。

 そして、無防備にも瞳を閉じ、やや顔を下げたままにゆっくりと口を開いた。囁くように、しかし、力強く。


「この世に悪がある限り

 助けを呼ぶ声ある限り

 どこでも私は現れよう

 風のように颯爽と

 星のように輝いて

 可憐なこの手で悪を討つ」


 カッと見開く(自称)百合香の瞳。

 ビシッと伸ばしたその指は、まっすぐ水藤を差す。

 そして放たれる決め台詞!


「そう

 私が妹だ!」
















「お兄ちゃん大丈夫だった?」


 啖呵が決まって満足そうな表情の(自称)百合香は、お決まりの捨て台詞を吐きながら逃げていく水藤たちに目もくれず、とてとてと俺のほうへ駆け寄ってきた。


「ああ、誘拐はされたけど特になにもされてないから。

 むしろお茶とケーキをご馳走になった。かな?」


 俺の台詞にぱあっと(自称)百合香の表情が煌めく。


「え、ケーキ?

 どこ? もらって行っていいかな?」

「オイオイ、もぬけの殻の敵のアジトから盗みを働くなよ、正義の味方」


 いきなり近くの冷蔵庫を漁りだす(自称)百合香にツッコむと「もー、いいじゃん別に」と言って、ぷうっと頬を膨らます。



 結局説得に小一時間かかり、さらには帰り道でケーキを買わされるハメになった。

 まったく、困った正義の味方だ。














 某所――


「くそう、九重百合香め!」


 スカーレットレディはボロボロになった衣装を気にすることもなく、悔しそうに吐き捨てた。


「お嬢、やっぱりあいつ強すぎ。

 この際きっぱり世界征服諦めたら?」


 怪人ホークは(すす)けた顔で苦笑いしながら、ダメ元で首領に提案した。


「何を言ってるのだ。

 適わないなら味方に引き込めば良いのだ」


 しかし勿論スカーレットレディは折れない。

 そう、要は敵でなくなれば良いのだ。


「あの娘、正義の味方自称してるくらいだし、悪の組織に加担してくれるとは考えづらいって」

「いいや、何かきっかけが…… あっ!」


 否定的な怪人ホークの台詞を打ち消すスカーレットレディの脳裏に、流星のように名案が閃いた。


「ん? どうした?」

「せんたろう、そのための『せんたろう』だったのだ!」


 そう、可能性の水晶に映し出された彼。

 組織改善の鍵と目されていた彼の役目は、部下の更生ではなく戦力の増強だったのだ。

 スカーレットレディにはそう思えてならない。

 つまり、彼の役目とは――


「せんたろうを私の婿にしてしまえば、九重百合香は身内。

 きっと力を貸してくれるようになるはず」


 そう、彼を手に入れれば、あの強力な娘もきっと手に入るはず!


「いやいや、それはお嬢、暴論だろ」


 自らのヒラメキを信じて疑わないスカーレットレディに、もはや部下の声は届かない。

 彼女はその大草原のような胸を反らし、高らかに夜空に宣言するのだった。


「はっはっはっはっ、我ながら名案なのだ!

 せんたろう、今日から私が嫁だ!」

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