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私が妹だ! 作者:結城 慎

新入生編

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千太郎と紅月党

「えっと、ここどこだ?」


 目が覚めるとフカフカのベッドの上だった。

 見渡してみる。

 見たこともない部屋、それもかなり広い。

 ベッドの背後の壁は全面ガラス。壁と言うより窓か。

 窓の外はどんよりと暗い雲が空を覆い、下を見れば地面は遥か彼方で、ここがかなり高い建物の上だとわかる。

 ベッドの両脇にはスペースがあり、右手奥にはガラス張りのバスルーム、左手側にはバーカウンターのような場所があった。また、正面には円筒状の壁があり、その向こう側からは何やら楽しそうな笑い声が聞こえてきていた。 


 正直わけがわからない。

 頭を捻ってみるが、思い出せるのは学校で昼休みにトイレに行ったところまで。

 見れば服装もその時のまま普通のブレザー姿。つまり制服だ。

 いったいぜんたい……


 そんな俺に差し出されたのは、意外な人物からの救いの手だった。


「お、九重、目が覚めたか?」


 部屋の奥から現れたその男は、馴れ馴れしく俺の名前を呼んで近づいてきた。


「た、鷹尾?」


 現れた人物の名を、俺は素っ頓狂な声で呼んでしまう。

 鷹尾 学(たかお まなぶ)

 一年の時の級友にして、学校随一の美形と目される男子。

 アイドルのような端正な顔つきと人当たりのいい性格、無駄にキップのいい性格で人望を集めるカリスマ。

 そして、どこぞやの芸能人のように私生活は謎に包まれており、家族構成、住んでいる場所、その他諸々のプライベートな情報をしっている生徒はいないというのがもっぱらの噂。

 そんなヤツと見知らぬ場所で目覚めていきなり出会う。


「なんでお前が……」


 と面白みのない台詞を言ってしまうのも仕方がないだろう。


「ん? ああ、ここ、オレん家だから」


 コイツ、面白みのない俺の台詞に、テンプレートのような回答を返してきやがった。

 この登場の仕方にその回答は意外性がなさすぎるだろ!

 鷹尾は、俺のそんな心の声を気付こうともせず、部屋の奥に向かい声をかける。


「お嬢、九重が起きたぞ」


 ん? お嬢?

 ドタドタと慌ただしい音をたてて、一人の少女が走ってき―― あ、転けた。


 少女は起き上がって躓いた床段差に一頻(ひとしき)り八つ当たりをすると、何事もなかったようにこっちに歩いてくる。


「起きたか『せんたろう』

 ようこそ我が家へ」


 明らかにカツラと分かる、床まで届く程の長さの真紅の髪の毛。

 そのちびっ子のような体には不似合いなボンテージスーツ。

 部屋の中なのに何故かマント。


「あの、水藤さん、何そのコスプレ?」

「私は水藤ざくろではない!

 世界を股にかけるあくのそしき『紅月党』の首領。

 スカーレッドレディ二世なのだ!」


 自ら名前を白状し、ビシッとポーズを決める水藤ざくろ。

 なんか可愛らしい学芸会のヒーローショーを見てるみたいだ。

 ちなみに、隣の鷹尾は全くと言っていいほどの無反応。


「で、水藤さんここは?」

「す、か、あ、れ、っ、と、れ、でぃ、い!」


 華麗にスルーして苗字を呼ぶと、地団駄を踏んで訂正する『スカーレットレディ』

 この前はコイツのおかげでヒドイ目にあったけど、なんか今日の姿を見ていると、微笑ましくて和む。


「あーたーまーを撫でるな!」


 はっ! 無意識のうちに頭を撫でていた。

 恐るべき魔性の魅力だな『すかーれっとれでぃ』


「はいはい、お嬢落ち着いて、話が進まないから。

 九重、ここは俺たち紅月党のアジト兼住居だ。

 もちろん場所は秘密だぞ」

「そう、あくのそしきに秘密はつきものなのだ!」


 進まない話に助け舟を出してくれた鷹尾の台詞に、ふふんと鼻を鳴らして水藤がふんぞり返る。

 どうだ、凄いだろ。と言わんばかりだ。

 まぁ、別に興味がないからどうでもいいが。


「だーかーら!

 頭を撫でるなー!」 


 払い除けようとする水藤の手を抑えながらガシガシ頭を撫でる。

 うん、素晴らしい撫で心地だ。


「ああすまない。

 で、俺帰っていい?」

「ダメ、ゼッタイ!

 それに、撫でるの止めるつもりないだろ。

 謝ってるなら止めるのだ!」


 撫でられながらも両手でバツ印を作る水藤。

 そして言い切ると抵抗を再開する。

 ふふふ、無駄無駄無駄ァ。この前の迷惑料として存分に撫でさせてもらうぞ。


 戯れる俺たちに、鷹尾が遠慮がちに声をかける。


「あー、お楽しみのところすまないが、取り敢えず紅茶でも飲みながらお嬢の話を聞いてやってくれないか?

 聞くだけ聞いてくれれば、ちゃんと帰してやるからさ」


 ん? あぁ、ちゃんと帰れるなら別に聞くくら良いか。

 と、鷹尾の言葉に気を取られた瞬間、水藤はバッと俺の手を払い除け、肩で息をしながら俺から距離を取る。


「ホーク! 何を勝手に帰す約束してるのだ。

 私が首領だぞ!」


 ホーク?

 あぁ、鷹尾だからホークか。


「お嬢、学校の人間の前でその名前で呼ぶのヤメテ。

 恥ずかしいから」

「ムキー! 恥ずかしいとは何事だ!」


 地団駄を踏む水藤に辟易した表情の鷹尾。


「とにかく話を聞いてもらわないことには始まらないでしょ」

「いや、あくのそしきらしく無理やり洗脳するとか……」

「九重には『あの』百合香ちゃんがついてるんだから、ムリ。

 オレたちもできればあの娘とは事を構えたくないの」

「だって、私たちはあくのそしきなのだ……

 それに、私は首領で……」

「はいはい、首領が我が儘言わない!」

「だって、だって……

 うぅぅ……」

「だっても何も、出来ることと出来ないことがあるから」

「だって…… お前たちが何もしないから私が頑張ってるんじゃないか!

 (まなぶ)(こう)も、みんなみんなもっと真面目にやってよ!

 ちゃんとやってよ! 私だって! 私だって!

 う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 あ、泣き出した……


「ほら、九重のせいで泣き出しちゃったよ」


 いや、泣かしたのお前だろ、鷹尾。

 あぁでも、くそう。

 こんな状態でほったらかして帰ったら、なんか妙な罪悪感が残りそうじゃないか。


「まったく、セコイ泣き落しだなぁ」

「女子供の涙は強力な武器なんだぜ」


 呆れる俺に、何故か鷹尾はカッコつける。

 その横で、水藤はまだ一人泣き続けていた。


「うわぁぁぁぁん。

 私、私、子供じゃないもん、首領だもん!」

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