プロローグ
「助けて、お兄ちゃーん!」
ざわめく朝の校門前で、先に家を出た(自称)百合香と遭遇する。
紺のブレザーに、首元には学年を表す赤いリボン。彼女の太腿をチラチラと覗かせるスカートは赤いチェック柄。と、いつもと変わらぬオーソドックスな我が校の制服を着ている我が(自称)妹は、何故か少年少女の集団に追われてこちらへ逃げてきていた。
追われる(自称)百合香の表情に焦りは無く非常に困った顔で逃げており、また、追う側の少年少女の見覚えのない顔に浮かぶ表情から、おそらく(自称)百合香は憧憬の的となり追いかけられているのだろうという事が想像できた。
まぁ、新年度になって今日で三度目の光景だから、容易く想像もできるというものだが。
「はっはっはっ、相変わらずモテモテだな(自称)百合香」
「笑ってないで助けてよー」
ケタケタと笑って一向に助ける素振りのない俺に、少しだけ恨みがましい視線を送る(自称)百合香だが、文句を言っている間に追いつかれてもかなわないと思ったのか、そのまま俺の横を走り抜けていった。
ちなみに、少年少女のうちの一人は、俺の横を通り抜ける際に「お兄さん、おはようございます」としっかり挨拶してくる。礼儀正しいのか、そつがないのか。
そう、関心しながら俺も彼らに続いて校門をくぐる。
三日前に新年度、新学期が始まり、俺たちも勿論クラス替えなるものがあった。
ただ、この学校も三年目になり、クラスが変わってもそこまで目新しさもなく、また、俺たちは今年は受験が控えているため、あまり皆に浮かれた様子はなかった。約一名を除いて。
「やっほー、千太郎君。おっはよー」
約一名に早速捕捉される。
にこやかに近寄ってくる彼女と、これで小学校から何年連続で同じクラスなんだろうか?
「あー、朝から元気だね、山村さん」
何か作為的なものを感じないでもないのだが、別に気にするほどでもないそんな事象に晒されてもう数年。最近では勝手に公認カップルにさせられてしまっている山村さんに、俺は気のない返事をする。
「もう、千太郎君ってば、いい加減『咲』って呼んでよね」
「お断りします『山村さん』」
俺のセリフにわざとらしく「ガーン」とリアクションをする山村さん。
周囲も周囲で「朝からやるの? 夫婦漫才」といった認識で、たいして気にもしていない様子だ。
山村さん自身も、特にこの件で話を引っ張るつもりもないようで、側に寄ってきた彼女との話題は、朝校門付近で見た、新入生に追いかけられる(自称)百合香の話題になっていた。
しかし、受験か……
新学期になり、クラス替えをして、なんとなく改めて気付かされるが、来年の今頃はここにはいないもんな。なんとなく気が早いが、春から感傷的な気分になる。
果たして今年、俺はどう過ごして、どんな未来に至るんだろうか。
うん、でもまぁ現時点では思い悩みすぎてもしょうがないし、勉強だけは忘れずにやるようにしよう。
放課後、校門前で相変わらず(自称)百合香が新入生に追われていた。
「千太郎君、百合香ちゃんあの様子じゃ、まだ暫くかかりそうだし、先に二人だけで帰ろ?」
「んー、そうだね、仕方ないか――――」
何故か嬉しそうな山村さんのセリフに、(自称)百合香の方を確認しながら答えた俺の目に、一人の少女の姿が映った。
その少女も俺に気づいたらしく、何か慌てるようにチョコチョコと走りながら近づいてくる。
あっ、転けた。おっ、起き上がった。
その少女は、今にも泣き出しそうな顔で俺の前までたどり着く。
小さい。
第一印象はその身長。
平均身長の俺の胸までしかない彼女の背丈は、その制服に着られているような体つきも合わさり、大きなお友達が喜びそうな風体だった。
特徴的な長い髪の毛も、腰の辺りで可愛らしいリボンでまとめているため一層なんかそれっぽい。
彼女は、その瞳に溜まった涙を袖で拭い、小さな体を目一杯曲げてお辞儀をする。
「あの、九重千太郎先輩ですよね。
私、
うん、初めて聞く名前だ。
心の中で「なんだろうか」と興味を持っている俺とは対照的に、隣の山村さんは俺の方にさりげなく近付き、スっと手を握ってくる。
「あの、先輩」
「なんだい?」
酷く緊張している様子の水藤さん。もしかしてこのシチュエーションは……
「これから私と一緒にホテルに行ってください!」
「……え?」
ピシッと隣の空気が割れるような音がした気がした。
えっとー。
ホテル? いや、ちょっと待て。
山村さんに握られた手が非常に痛いのだが、それより何より取り敢えず一言言わせてくれ。
「な、何ですとぉー!」
ん、この台詞は違うか?