エピローグ
海から吹き上げる風は、まだ若干の冷たさを残し、俺の頬を撫でて吹き抜けて行く。その風に誘われるように後ろを振り向くと、深い森からポツンと頭を出す洋館が見えた。
三件の殺人事件。
警察に連れられパトカーに向かう彼は、あの洋館で何を思いあんな凄惨な事件を起こしたのだろうか。
まだ、多くの謎はあの深い森の奥に眠っている。まぁ、容疑者として彼が捕まった以上、ここからは警察の仕事なのだが。
ふと視線を感じた方へ目を遣ると、山村さんと(自称)百合香が、やや離れた場所に停めてあるバスの横で手を振っているのが見えた。
俺たちは今日、警察の用意してくれたあのバスで自分たちの町へ帰る。
そう、いつもの日常に。
轟さん。
高橋さん。
遊佐さん。
殺された彼らと違い、俺たちはこれからも続く日常がある。
彼らの夢、希望、未来、それらを背負って生きることはできない。しかし、せめてこれからの毎日を少しだけでも大切に生きる、それこそが明日を生きれない彼らのためにできる供養なのではないか。そう、俺たちには明日があるのだから。
バスへ向かう俺の後ろで、波音が、まるで三人の死を悼む鎮魂歌のように、いつまでも鳴り響いていた。
「お兄ちゃん!なにカッコつけて余韻を残した終わり方しようとしてるのよ」
「だぁぁぁ、邪魔するなよ(自称)百合香、せっかく綺麗に終わりかけてたのに」
俺のクレームも意に介さない(自称)百合香は、俺の正面に立つその位置から、さらにズイッと前に進み、身体が密着しそうな位置から「それよりも」と、言葉を続ける。
「お兄ちゃん、昨日ドサクサに紛れてムラサキさんとキスしてたでしょ!」
キス? あぁ、山村さんが高橋さんの部屋に行った時か。でも、あれは――――
「キスをしたと言うよりされた方だろ。
だいたい、ほっぺにチュッぐらいじゃないか」
「まぁ、なんて破廉恥な!
昼間から堂々と人前でキスををしておいて、キスくらい…… なんて。
あぁ、昔の純情なお兄ちゃんはどこに行ってしまったの?」
一人で三文芝居を始め、勝手にオヨヨヨ、っと泣き真似をする(自称)百合香。うん、付き合ってられん。
俺は(自称)百合香を引き剥がすために両方を掴んだが、逆にその行為が(自称)百合香に変な誤解を生んだらしい。
「お兄ちゃん! やっとその気になってくれたの?」
などと言って、祈るように両手を胸の前で組み、輝かせたその目を閉じて唇を突き出してくる。
……まったく。「んーー」じゃないっての。取り敢えず、その無防備な額にチョップでもしておくか。
「んーーっぷぎゃ!」
あ、ちょっと強く行き過ぎた。
「お兄ちゃんヒドイ! オニ! アクマ!
家庭内暴力だ! EDだ!」
「EDじゃねぇ! DBだろ、DB!」
額をさすりながら涙目で訴える(自称)百合香のとんでもない間違いを慌てて否定する俺。
いや、断じてEDじゃないそ。ホントだって……
「そうだよ、千太郎君はEDじゃないよ。
それに、EDだとしても私が治してあげるけどね」
「ムラサキさん!
またお兄ちゃんに破廉恥な事をするつもり?」
山村さんも寄ってきて、あぁ、もう煩い。
もう先にバス乗ってよう。
「え? お兄ちゃんどこ行くの?」
「バスに乗るんだよ。
あんまりそこで騒いでると、置いていくぞ」
「ちょっと待ってよ、千太郎君」
「置いてかないでよ、お兄ちゃん」
ギャーギャー喚きながらバスに乗り込む俺たち。
俺の日常なんてこんなもんだよな。
勿論、不満なんであんまり無いよ。適度に刺激もあるしね。だから帰ろうか、俺たちの日常に。
これにて洋館編は完結です。
ちょっと最後駆け足になってしまいました。
いつも読んでいただいている皆様には感謝感謝です。
推敲の足りない拙い作品ですが
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
来週月曜日からは「新入生編」が始まります。
それでは、また来週。