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私が妹だ! 作者:結城 慎

洋館編

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百合香と解決編

一部ショッキングな表現があります。

ご注意を。

「高橋さん遅いですね」


 誰ともなしに呟いた言葉が聞こえる。

 時刻は午前七時二十八分。

 ツアーどころでなくなった洋館ミステリーも今日で三日目、生憎外は嵐だった。


「お兄ちゃん、お腹すいた」


 最近見せ場の少ない(自称)百合香が、上目遣いに俺を見上げながら服の袖を引っ張る。そんな(自称)百合香の頭をガシガシと撫でてやる。

 昨日の朝は一人眠そうにしていたガイドの高橋さん。

 朝が弱くて寝坊してるんじゃないか?と言う冗談と共に、少し待つという選択をしたのだが、流石に遅すぎる。


「部屋に呼びに行った方が……」

「そうだな」


 大木さんの台詞に立ち上がろうとした遊佐さんを山村さんが制した。


「朝から女性の部屋に押しかけるってのは、あんまりスマートじゃないですよ。

 とりあえず、私が呼びに行くので皆さんはここで待っていてください」


 山村さんの台詞に納得したのだろうか、遊佐さんは浮かしかけた腰を、再び椅子に落ち着かせ目を閉じる。


 なんか段々仰々しくなってくな、この人。


「山村さん」

「なぁに、千太郎君?」


 とりあえず一言声を掛けようと名前を呼ぶと、無駄に素敵な笑顔で振り向く彼女。

 そういえばどうでもいいが、全部違う色だけど山村さん三日間ジャージだよな。今回はそういうコンセプトなのか?


「心配ないとは思うけど、気を付けて。

 何かあったら大きな声で知らせるんだよ」

「きゃーっ、千太郎君優しい。

 でも、私のコトはよく知ってるでしょ? だ・か・ら心配しないで待っててね」


 そう言って山村さんは俺の頬に不意打ちでキスをすると、瞬間湯沸かし器のようになっている(自称)百合香に、ドヤ顔でニカッと笑いかけ、一人食堂を出て行った。

 ……あれ? これって。

 でもまぁ、山村さんなら大丈夫か。


「お兄ちゃんデレデレしすぎ」


 机の下で(自称)百合香が、俺の足をゲシゲシと蹴ってきていたが、とりあえず無視しておこう。




 しばらくすると山村さんは、何気なく自分で立てていた死亡フラグをへし折り、何事もなかったように『一人』で帰ってきた。


「おかえり、山村さん。高橋さんは?」

「ただいま、千太郎君。

 高橋さんなんだけど、ちょっと部屋が凄い事になってて……」


 部屋が凄い事?本の雪崩でも起こって埋まってるのか?

 イマイチよく分からないが、取り敢えず皆で連れ立って高橋さんの部屋を確認に行く。

 食堂を出、玄関ホールを経由して高橋さんの部屋のある洋館の西側の廊下扉を開けると、風が吹き抜けた。


「うわっ、なんだこの匂い!」


 吹き抜ける風に乗った匂いに、思わず顔を(しか)め、鼻を押さえて声を上げる鈴木夫妻の旦那さん。

 だから、背景が喚くなよ。っと言いたいが、確かにこの匂いは酷い。

 生臭い、鉄の錆びたような匂いが、不穏な雰囲気を乗せて漂っている。

 つまり、恐らく血の匂い。しかもここまで充満するくらいの大量の。

 さっきここを通っている山村さんは涼しい顔をしているが、それ以外、普段事件に遭遇しまくっている(自称)百合香でさえ、流石にこの匂いには顔を(しか)めている。

 しかし、こんな状況で超然としている山村さん。なんか流石というかなんと言うか……


「ちょっと待て、さっきまではこんな匂いはしてなかったぞ!」


 あぁ、そういえば、遊佐さんと大木さんはこっち側に部屋があるから、食堂に来る前にこの廊下を通ってるはずなんだよな。


「あー、それなら、高橋さんの部屋の匂いが余りにも酷んで、換気のために窓も扉も全開にしているからですよ」


 遊佐さんの言葉にケロッと答える山村さん。

 しかし、高橋さんの部屋か。

 皆が強烈な血の匂いに耐えながら高橋さんの部屋を覗くと、そこは予想通り、と言うよりも予想を超える惨状が広がっていた。


 この部屋は元から赤かったのではないか。と思える程の赤、赤、赤!

 床と言わず壁、天井、窓、テーブル、ベッド。

 いたる所に飛び散っている大量の血液は、人体にこれほどの血が流れているのかと驚かされる程だった。

 その光景を目にした鈴木夫妻の奥さんは、背景その二らしからぬ、状況の悲惨さを演出する見事な演技? で口を押さえてトイレの方に走っていった。

 うん、もう鈴木夫妻は背景返上かな?

 しかし、鈴木妻の見事な演技? よりも気になったのが、部屋を見渡してもどこにも高橋さんの遺体が見当たらない事。想像したくはないが、バラバラになって飛び散っているのか? とも思ったが、そういう訳でもなさそうだ。


「お嬢ちゃん、ガイドさんの遺体は知らないか?」

「はい、私は窓と扉以外触ってませんので」


 遊佐さんの質問に山村さんはそう答える。

 彼は暗に山村さんが犯人で、高橋さんの遺体をどこかに隠したのではないか。と言いたかったのだろう。

 だが、もし仮に山村さんが普通の女の子だった場合、この状況を作るのも、食堂から出て行った短時間で遺体を隠すのも、正直難しいと思う。

 遊佐さんも質問した後に同じように思い至ったのか「この惨状はとても人間業とは思えない。別にキミを疑っているわけではないんだよ」とフォローを入れていた。 

 まぁもっとも、山村さんは普通の女の子じゃないから、出来なくもないような気がするけど。

 ただ、前回黒幕の山村さんが、今回も犯人という展開は考えづらい。故に山村さんは白だろう。


 結局、この後、遊佐さん達の現場の調査と保存が行われた後、外の天候もあり、俺たちはやる事もない無為な時間を過ごすこととなった。


 そして翌日、嵐で足止めを食らっていた近くの警察の応援がこの洋館に到着する前に、一つのフラグの回収が行われた。

 第三の殺人。

 被害者は――――

 遊佐さんだった。

 急にリーダーシップとったりする奴は、イイところで退場するものだしな。



 毎朝の如く食堂に揃わないメンバー。

 七時になっても遊佐さんと大木さんが現れないため、俺たちは急いで彼らの部屋に向かう。

 そして、部屋の中で見つけたのは、胸をナイフで刺された遊佐さんの遺体。

 部屋には大木さんの姿は見当たらず、開け放たれた窓の外には裏の森の方へ向かい足跡が続いていた。


「裏の森の先といえば……」


 鈴木夫妻の旦那さんの言葉に、皆がパンフレットに書かれていた周辺地図を思い浮かべる。


「あっ、そうか!」

「なるほど!」


 山村さんと(自称)百合香がそれぞれ声を上げる。

 そう、大木さんの行き先など素人でも思い浮かぶ。

 森の先、すなわち――――


 崖だ!




 洋館の裏手の森を小一時間進んだその先。反り立った崖の上で俺たちな何故か容易に大木さんに追いついた。


「大木さん、観念してください」


 シチュエーションに燃えたのだろうか、ここまであまり存在感を出していなかった(自称)百合香が、二時間ドラマの帝王の如く、ズイっと大木さんに近づく。


「お嬢さん、決着をつける前に私の方から大木さんに一言あるんだが」


 そう言って(自称)百合香に並んだのは鈴木夫妻の旦那さんだった。


「大木さん、私はあなたに感謝を述べたい」


 ん? ここで感動エピソードでも挟むのか?


「こんなシチュエーションで崖の上に立てるなど、夢にも思わなかった。

 これも(ひとえ)に貴方が連続殺人を起こしてくれたおかげだ。

 ありがとう、大木さん」


 オイ、ただのミーハーかよ!


「まあまあ、あなた、話の腰を折ってはいけませんよ。

 さ、お二方、気にせず続きをしてください」


 奥さんもどことなく満足気な表情でフォローを入れる。

 ったく、夫婦揃ってか。


「いや、ちょっと待ってくれ!

 まだ、俺が犯人って決まったわけじゃないだろ!」


 ここでお前のセリフは「どうしてここが分かった」とか「何で俺が犯人だと分かった」とかじゃないのか?

 空気を読め、空気を。


「ふん、大木さん。もう既に状況は詰んでるのよ。

 逃げる男、崖、追い詰める主人公たち。

 この状況で逃げている貴方以外に犯人は考えられないのよ!」

「いや、ちょっと待て!

 せめて事件を推理して犯人と断定してくれよ!」

「問答無用!」


 もっとな大木さんの主張をまるで意に介さず、仁王立ちをした(自称)百合香は片手を腰に当て、右手でビシッと大木さんを指さした。

 お、決めるつもりか。


「ホント待ってくれよ。

 だいたい君は何なんだ。

 警察官でもない、ただの普通の女の子なんじゃないのか?」

「ふふん、今や一部で有名人なこの私を知らぬとは、何たる愚か。

 だが、知らぬなら教えてあげましょう。

 そう!

 私が妹だ!」


(自称)百合香の決め台詞と共に、波が打ち上げたような気がした。

コンセプトに基づき、これにて洋館編本編は完結です。

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