百合香と洋館
「はぁぁぁっ」
思わず大きなため息が漏れる。
バスを降りて三十分。
森の中の道を歩き、これぞまさにという吊り橋を渡った先に
森林の中にあるために広大な敷地は無いものの、洋館の前には小さな広場があり、その中心には噴水が優雅に水を吹上げている。その噴水の周りを、薔薇の花を中心とした色とりどりの花を植えられた植栽が飾り殺風景な森の景色に一つの彩を与えている。
洋館の方は木造に白の塗装を施したベーシックな外観で、見たところ二階建てのその躯体には、正面の扉を中心に左右対称に各階二つずつ窓が配されている。
そして、ベーシックなこの洋館に味を与えているのが「傷み」
所々に目立つ汚れや傷や塗装の剥がれ。窓枠や格子の錆なども加わり、非常に良い年代感を出している。
「どうしたの、千太郎君? ため息なんてついて」
「ムラサキさんが勝手についてきたから、お兄ちゃんがストレス感じてため息ついてるんだよ。
この押し掛け妻!」
白い地に、背中に大きな青いクマが可愛らしくプリントされたジャージを着た女の子。
そう、山村さんーー
たしかに彼女が着いてきたのは想定外だ。しかも実費だし。ついでに何でジャージなんだ?
しかし俺のため息の原因は別にある。
そう、目の前の洋館だ。あからさまに雰囲気が「如何にも」過ぎる。
こんなところに(自称)百合香と居たら、明らかに何か、というか火サス的展開に巻き込まれる。
断言できる。今、俺たちの目の前を歩いているこのミステリーツアーの同行者の誰かが死ぬ。
しかも複数名。
メンバーは俺たち三人を除き、ツアーガイド1名、参加者五名。
ガイドの『高橋さん』
ガイドらしく小ざっぱりした格好をしている、若い女性のガイドさんだ。
何故かペアじゃなく一人で参加してる『轟さん』
苗字が大層だけど特徴のない平凡な男性。中肉中背で地味な淡色系のシャツを着ている。本当に特徴がない。ただし、出会った時から何か雰囲気がおかしい。上手くは言えないが。
ペアの『鈴木さん』夫婦。
仲の良さそうな平凡な夫婦。もはや背景なほど存在感がない二人。
そしてペア二組目の『遊佐さん』と『大木さん』
男性二人組。ガチホモか?やたら体格のイイ二人。二人ともピチピチの白いTシャツを着ている体育会系。声がうるさい。
死にそうなのは……
雰囲気の怪しい轟さんが第一候補に、あとは、遊佐さんか大木さんのどちらかか?
不謹慎な予測を立てている俺の後ろで、ジャージとゴスロリはくだらない喧嘩を続けていた。
ともかく、変な予想はしたものの、何も起こらなければいいけどな。
そう思い、俺はもう一つため息をついた。
「ほら、お兄ちゃんがまたため息をついたじゃない!」
「それは百合香ちゃんが原因じゃないのかなー?」
……はあぁぁ。
洋館の中は入口の大きめな玄関ホールとその奥の食堂を中心に、左右対称に部屋が配されていた。外から見た通りだ。
到着後まず俺たちは、それぞれ振り分けられた部屋に通される。が、それは割愛しよう。部屋は関係ない。
その後、軽いオリエンテーションをした後、夕食となる。
「まぁあなた、なんて見事なそれっぽい食堂なんでしょう」
食堂に入った鈴木夫妻の奥さんが感嘆の声をあげる。
背景が喋るなよ。っと、口が悪かったな。
が、しかし、鈴木さんの言うとおり、確かにそれっぽい食堂だった。
広い部屋の両脇には絵画と棚に飾られた調度品が並び、部屋の中央には大きな長方形のテーブルがおかれている。
その上には様々な料理と共に燭台が置かれ、雰囲気を高めていた。
勿論、明かりは天井に付けられている蛍光灯だけれども。
席は奥から鈴木夫妻、その横に山村さん、俺、(自称)百合香。
鈴木夫妻の向いに遊佐さんと大木さん。その横に轟さんとガイドの高橋さん。
まぁ、席次もどうでもいいが。
そして、夕食時にソレは起こる。
「えぇっと、九重君だったかな?
彼女を二人も連れて羨ましいね」
「えへへへ、彼女だって」
「百合香ちゃんは『ただの』妹だけどね」
デヘヘっと笑っていたゴスロリはジャージの挑発にあっさり乗り、喧嘩を始める。
うん、とりあえず放っておこう。
「でも、僕も故郷に残してきた許嫁がいるんだ」
轟さんも二人を無視して話を続ける。
しかし、なんで今このタイミングで許嫁の話なんだ?
「実は今、故郷は戦争の真っ只中なんだけど――――」
轟さん日本人じゃないの?
と言うか、なんか話の筋が見えない。
「普段の働きを褒められて休暇を貰えたんだ。
それに、実は秘密だけど、この前宝くじで一等が当たったんだ。
それでチョット旅行を、なんてね」
オイ。
「まぁ、ちょっと使うだけだけどね。
え? なんでって?
この戦争が終わったら彼女と結婚するから、その資金として残しておかないとね」
オイオイ、ちょっと。
「そういえば知ってるかい? この洋館に伝わる財宝の伝説を。
実は僕、この前その秘密を知ってしまって……」
オイオイオイオイ。
轟さんは話し続ける。
その話に僕たちが戦慄していることを知ってか知らずか、テーブルに並べられた料理を食べながら延々と一人で。
やがてテーブルの料理がなくなる頃、轟さんは一人立ち上がると
「それでは申し訳ありませんが、僕は先に寝させていただきます」
と宣言し踵を返すと――――
「あぁそう言えば、僕は寝相が悪いので少々物音がしても気にしないでくださいね」
と一言付け加え、部屋へ帰っていった。
その背中にガイドの高橋さんが「明日の朝食は七時からですよ」と投げかけると、手のひらをヒラヒラさせて応えた。
「(自称)百合香……」
俺は戦々恐々しながら(自称)百合香に声を掛ける
「うん、たぶん六十五回だと思う」
「いや、最後の『一人で先に寝る』と『物音がしても起こさない』の二つを合わせて六十七回だよ」
答えた(自称)百合香の言葉を鈴木夫妻の旦那さんが訂正する。
「しかし、とんでもないな」
「そうですね、先輩」
遊佐さん、大木さんも愕然としながら轟さんを見送った。
「あの、皆さん、一体何を……」
「そうだよ千太郎君、何をそんなに驚いてるの?」
どうやらガイドの高橋さんと山村さんは状況が分かっていないようだ。
この状況で、なんと嘆かわしい。
「ムラサキさん、何を言ってるの!
あれが分からなかったの?」
「そうだぞ、嬢ちゃんたち。こんな重大なこと……」
皆が口々にソレに気付いていないことを批判する。
「え、え? 一体何の事なの?
せ、千太郎君……」
縋るような瞳で見つめてくる山村さんに、俺は彼女の瞳をしっかりと見つめ返し真実を告げた。
「よく聞いてくれ山村さん。
彼は、轟さんは食事中の話の中で、強弱合わせて六十七回も死亡フラグを立てていったんだ。
そう、既にこの状況、彼は死んだも同然なんだ」
皆が重々しく頷いた。
「そ、そんなバカバカしい」
少し狼狽えながら訴えた山村さんの言葉は、翌朝見事に裏切られることになる。
洋館の静寂を切り裂くようなガイドの高橋さんの悲鳴とともに。
投稿した後見直したら、今回は特に展開が乱暴ですね。
いずれ告知後改稿いたします。