プロローグ
「よし、やったぞ!」
男は路地裏を走りながら小さくガッツポーズをする。
薄汚れた青色のダウンジャケット、顔はフルフェイスのヘルメットで覆われ、小脇には小さなカバンが抱えられている。
事を行う前は緊張でどうにかなりそうだったが、やってみると意外とどうということもない。
後は近くに止めてある原付までたどり着き、裏道を利用し追ってくる警察を撒いてオサラバだ。
そんな感じに、半ば逃走成功という勝利を確信して彼は油断しきっていた。
故に気付かない。追って来ている警察の表情に焦りが無いことに。
そして知らない。この小さな町でヒーローと持て囃されている特異な格好の少女がいることを。
やがて自らの原動機付自転車を見つけた彼は、その横に仁王立ちする一人の少女を見つける。
「誰だテメェ! 邪魔だからそこを退きやがれ!」
ゴシック・アンド・ロリータ。
一般的にゴスロリという言葉で認識されるであろう服装の少女に、彼は凄んだ。
本来のゴシック・アンド・ロリータからはかけ離れた鮮やかなピンクで構成されるその服は、はっきりと言って完全に場違いである。
恐らく何かの間違いでこの場所にいるのだろう。こうして少し怒鳴れば、怖がってすぐいなくなる。
そう想像していた彼の思考は、見事に裏切られる。
怒鳴り声に気がついた少女は、その服装に似つかわしくない仁王立ちのまま彼の方に向き直り、若干不機嫌そうな視線を向けてきた。
「私のことを知らないの? 物を知らないドロボーさんね。
では、答えてあげましょう」
刹那。風が路地裏を吹き抜ける。
少女は風になびく栗色の縦巻きロールの髪の毛を気にする様子もなく、ビシッと男を指差した。
「そう、私が妹だ!」
「お前みたいな妹はいねぇ!」
パトカーは犯人を乗せて走り去っていった。
私の活躍も完全に浸透して、最近では事件もだいぶ減っているらしい。
なのに、まだこの町に私の事を知らない悪い人が居るなんて驚きだった。
もしかして、別の町から来たのかな?
「あらー百合香ちゃん、いつもありがとうね」
私に声をかけてきたのは二丁目の沢田さん家のおばちゃんだった。
銀行から出たところをひったくりに襲われたらしい。
「いえいえ、私は正義の味方ですから」
「カッコイイわねー。
そうそう、百合香ちゃん。お礼にこれをあげるわ」
そう言って沢田さんが差し出したのは、一枚の紙切れだった。
表を見てみると「洋館ミステリーツアー」と書いてある。
「せっかくの春休みなんだから、彼氏と二人で行ってきちゃいなさいよ」
沢田さんはニマニマといやらしい笑みを浮かべる。
「えぇー、彼氏なんていないですよ。
でも、ありがとうございます。お兄ちゃんと行ってきます」
これは最近お兄ちゃんの彼氏面しているムラサキさんを引き離す絶好のチャンスだ。
私は喜び勇んで沢田さんからチケットを受け取った。
目指すは春の洋館だ!
「イヤだ!行かない」
夕食後、お兄ちゃんを誘うとすげなく断られた。
「何でよ、お兄ちゃん。
洋館だよ、ミステリーだよ、姉さん事件です!だよ」
「それはホ○ルだ、○テル」
必死にまくし立てる私に、冷静にツッこむお兄ちゃん。
でも、さすがお兄ちゃん、よく知ってる。と言うか、何で知ってるの?
「だいたい(自称)百合香。お前と洋館なんか行くと、事件に巻き込まれる未来しか想像できないんだよ」
「大丈夫だよ。その時は私がバッチリ解決してあげるから」
そう、事件なんてあっても、この名探偵・百合香にお任せなの。
「いや、お前はきっと迷探偵だから」
表情に出ていたのだろうか、お兄ちゃんがボソリと呟いた。
お兄ちゃんとはいえ失礼な。
「とーにーかーくー、行くの。一緒に行くの!」
テレビの方を向いて、私を見ようともしないお兄ちゃんの袖を、裾を、腕を引っ張り私は必死に訴えかける。
すると、思わぬところから助け舟が出た。
今まで一文字しか台詞のないパパ・十蔵だ。
「千太郎、百合香が可哀想じゃないか。
お兄ちゃんなんだから、百合香を引率して行ってやりなさい」
パパは初めての長文台詞を噛まずに言うと、お兄ちゃんに厳しい視線を投げかける。
でも、パパ。そんな目で見ても、パパが私に激甘なのは我が家では周知の事実だから、全然説得力ないよ。
お兄ちゃんも別に何ともなさそうにパパの方を振り返っただけだった。が――――
「……はぁ、仕方がないなぁ。
二泊だったか? 予定もないから父さんの顔に免じて付き合ってやるよ」
意外や意外、お兄ちゃんはパパの言葉を受けて了承してくれた。
もしや初めてのパパの長文台詞を無碍に断れなかったのかな?
何はともあれ、こうして私はお兄ちゃんと二泊三日のラブラブミステリーツアーin洋館へ向かうのだった。
今回は百合香視点でした。
ちょっと場面転換が多くてすいません