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私が妹だ! 作者:結城 慎

電波編

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百合香と古賀由亜

 はぁ、この瞬間の開放感はなんとも言えない。

 放課後を告げるベルの音と共に、一日の苦行から開放される。

 が、最近に限って言えばその開放感もイマイチだ。

 なぜなら――――――


「山村さん、アレ……」

「だめだよ目を合わせちゃ、千太郎君」


 教室内の古賀由亜教のメンバーが増えていた。

 というか、クラスの大半が放課後になると古賀と一緒にクネクネしだすのだ。

 いつの間に俺はこんな電波な世界に迷い込んでしまったんだ。

 ついこの間までは普通の学校、普通の町だったのに。


「……千太郎君、帰ろ」

「ああ……」


 あまりの不気味さに居た堪れなくなり、俺たちは教室を出る。

 教室を出たところで(自称)百合香と合流し、俺たちは学校を後にした。


 帰り道、商店街へ向かう道中にもクネクネしている不審者達はいた。

 それも一人ではなく、一人の脇を通り過ぎればまたすぐに一人。

 何人も何人もそんな人物が立っているこの町の雰囲気は、上手く言えないが、なにか陰鬱な陽気さと言うような感じだった。


「なんか毎日どんどん増えてるね」


 最近は数が増えすぎてクネクネしている不審者の強制排除を辞めた(自称)百合香が呟く。


「そうだね、流石に別の町みたい。と言うか別の世界に迷い込んだみたいだね」


 いつもは明るい山村さんの顔も、どこか沈んだ様子だ。


「この町、どうなるんだろ。

 このまま、みんなおかしくなったりしないよね?」

「ああ……」


 同じくいつも明るい(自称)百合香の不安げな声。

 短く応えた俺に、縋る様な目を向けてくる。


「せめて原因が分かれば私が何とかするのに……」


 ……原因か。

 おそらくアイツが原因だよな。

 アイツが来てからおかしなヤツが増えだした。


 古賀 由亜


 まだ教室に残っているかもしれないし、ちょっと様子を探ってみるか。

 確証掴んでから(自称)百合香に頼んでも問題ないだろう。


「――――――兄ちゃん、お兄ちゃん。

 どうしたの?ボーッとして」

「ん?あぁ。

 ちょっと教室に忘れ物したの思い出した。

 悪いけど二人とも先に帰っといてくれ」

「え、ちょっと!」


 戸惑う声を上げる二人を残し、俺は踵を返して元来た道を駆けた、教室に向かって。





 校内は意外なほど静まり返っていた。

 奇声や怪しげな笑い声が響き渡っていると思っていたため、少し肩透かしを食らった気分だが、逆にこれはこれで不気味だ。

 これだけ静かだと古賀達はもう移動しているかもしれないが、一応教室を覗いてみるため、2階の端にある自分の教室に向かう。

 パタパタパタパタ。

 静まり返った廊下に、スリッパの音が響く。

 何故だろうか、歩けば歩くだけ不安が膨らんでいくのは……。


 教室に近付く頃、俺は今更ながら学校内の不審な点に気が付いた。

 俺は西日の射す廊下をずっと歩いてる。

 冬とはいえ未だ陽も落ちてないのだ。

 この時間に誰も教室に居ない。誰の声も聞こえない。教室どころかグランドからも声が聞こえない。

 普通は誰か居るだろ?

 もしかして、ちょっとヤバめな状況?


 しかし、時すでに遅し。


 視線を感じ、ハッとそっちに目を向けると、教室のドアから古賀がヌッと顔を覗かせていた。


「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。

 九重 千太郎(ここのえ せんたろう)君、ようこそいらっしゃい」


 不気味なほど口角の釣り上がった、およそ笑顔とは呼べないほどの不気味な笑顔が。


「お、おう古賀。こんな時間にどうしたんだ。もうみんな居ないんだろ?」


 その笑顔に気圧されて、思わず一歩後ずさる。


「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。

 私も貴方に用事があったから、みんなを帰らせて待ってたのよ。

 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずうぅぅぅぅぅぅっっと!」


 ヤバイ、ちょっとなんかヤバイって。

 本能が危険信号を懸命に発してる、急いでココを離れろと!

 とはいえ、もうなんか逃げられるとも思わない。


「うふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 嗤ってる、なんか物凄く楽しそうに嗤ってる。

 ついでに金縛りにあったように体が動かない。

 この状況はマジでマズイって。


「九重君、貴方の事をお姉さまが狙ってるの」

「――――――」


 声も出ない!ってかお姉さまって架空の人物だろ!


「でも、私は貴方にお姉さまを渡したくないの」


 そして古賀がスッと教室から体を出すと、その左手には一振りの包丁が握られていた。


 いやいやいやいや!

 この展開ってなんかのバッドエンドだろ!!

 どこでフラグ立てたんだよ!


「だから、貴方の持ってる大切なもの、貴方の腸を引き裂いて私がいただくわ!

 私のために死んで頂戴!!」

「ちょっと待ったぁぁ!!」


((自称)百合香ぁぁぁ!)

 俺は思わず絶叫していた。ただし声は出ていないが。

 さすがこの町の正義のヒーロー!まさに完璧なタイミングでの登場!!

 お兄ちゃんは感動した!!


 感動で咽び返しそうになっていた俺とは対照的に、俺の正面に立つ古賀は鬼の形相で(自称)百合香を睨み付けていた。


「誰だお前は!

 私の邪魔を、するなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「誰だと問われれば答えてあげましょう。

 私が――――――」

「ちょっと待ちなさい」


 絶叫する古賀に決め台詞を決めようとしていた(自称)百合香。

 その二人に割り込んできたのは、意外にも山村さんだった。


「アンタ何やろうとしてるの」


 たった一言。

 そう、山村がたった一言発しただけだった。

 その一言で目の前で鬼の形相をしていた古賀がガタガタと震えだす。まるで転入初日のあの時のように。つまり――――――


「お、お姉さま。

 あの、こ、これは、その、あの」

「いいのよ、由亜」


 真っ青な顔で震え狼狽える古賀に、しかし山村さんはニッコリ笑って赦しの言葉を投げかける。

 一瞬で頬に朱が刺し満面喜色の古賀。


 が、次の瞬間包丁を取り落とし、再びガタガタと震えだした。


「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 お姉さまお姉さまお姉さまお姉さま

 やめて、お願い、助けてください!!」

「いいの、いいのよ由亜。

 二度も私の邪魔をする子はいらないから」


 呆然と見つめるしかできなかった俺と(自称)百合香の目の前で、古賀は頭を抱えてうずくまり、のたうち回り、目や耳や鼻から血を垂れ流しながら絶叫していた。

 その古賀に手を翳しながら、いつもの笑顔で山村さんは語りかける。


「アナタが私を追ってくるのも構わない。

 アナタが変な宗教を創るのも構わない。

 別に好きにしていいのよ」


 そんな山村さんの表情が一瞬で変わる。

 さっきまでの古賀の鬼のような表情とはまるで比べ物にならない程の鬼気迫る表情。


「でも、私の千太郎君に手を出すのは赦さない!

 その罪、アナタの命で償いなさい!!」


 その瞬間、のたうち回り絶叫を上げていた古賀の体が一際大きく痙攣したかと思うと、倒れ伏し二度と声を上げることも動くこともなくなった。


「や、山村さ……ん…………?」

「なあに、千太郎君」


 あまりの状況に辛うじて声を絞り出した俺に、山村さんは普段とまったく変わらぬ様子で悪びれることもなく答えた。


「キミが古賀の――――――」

「そうよ、私がコレの『お姉さま』ってやつよ」

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