百合香と電波な人々
「ちょっと、お兄ちゃんどういうこと!?
前の話、私出番なかったじゃない!!」
2月になったある日の放課後、闖入者はいきなり訳の分からない事をがなりたててきた。もちろん(自称)百合香だ。
すっかり町の人気者になっている(自称)妹は、最近では休み時間は専らウチのクラスに入り浸っている。
自分のクラスに居ると、視線や知らない人に話しかけられたりするのに耐えられないそうだ。
学校ではもちろんいつものゴスロリではなく、普通に制服を着てウイッグもその他装飾や濃いメイクもしないシンプルスタイルだが、こんな小さな町であれだけ有名になれば嫌でも注目されるのは仕方のない事だろう。
やっぱり、普段はあんなに自分がテレビ映っているのを自慢げにしているのに、人間中身はそうそう変わらないという事だな。昔から(自称)百合香は他人が苦手だから。
「ありゃ、百合香ちゃん、やほ」
「あ、ムラサキさん、こんにちは」
山村さんの事は大丈夫らしいんだがな。
「お兄ちゃん、早く変えろっ」
「ん?どうした、今日は随分急ぐんだな」
山村さんと軽く挨拶をした後、慌てて俺の袖を引っ張る(自称)百合香。
ホントに何を急いでるんだか。
「だって……」
(自称)百合香の視線は教室の後ろのほうに
あぁ、なるほど。
教室の後方では、一ヶ月前に転入してきた古賀由亜を中心に数名の女子がグループを作り、興味深そうにこちらを伺っていたのだ。
古賀は相変わらずのくねくねした動きで伏し目がち、周りの女子たちは何か古賀を崇拝しているかのような振る舞いをしており、怪しげな宗教のようにも見えなくもない。
最初はあれだけ全員にドン引きされていたのに、まだたったの一ヶ月。クラスに溶け込む、というよりはクラスメイトを篭絡するのが早い。何か得たいの知れない恐怖のようなものを感じなくもない。
たしかにそんなものに興味深そうに見られるのは気持ちのいいものじゃないもんな。
「ん、そうだな、帰るか。
山村さんは?」
「それじゃ、一緒に帰ろうかな」
三人で教室を後にした。
校門を抜け、商店街へ差し掛かる。
八百屋、魚屋、惣菜屋、小さな個人商店が立ち並ぶこの商店街は、この町の中心だ。
小さな町の商店街とはいえ、夕方この時間帯にはやはりそれなりに人がいる。
商店で買い物をする人、駅へ向かう人、住宅街へ向かう人、様々だ。
「はぁ~、なんかああいうのやだな」
(自称)百合香が盛大にため息をついた。
「まったく、正義のヒーローが何言ってんだよ」
「だって、あんな視線で見られると気持ち悪いのよ。
だからと言って、何か悪いことしてる訳じゃない学校の人をぶっ飛ばすわけにもいかないし……」
いや、俺は別にぶっ飛ばせとは言ってないんだが……
「そう言えば正義のヒーローさん」
「なあに、ムラサキさん」
「最近この辺りに変な人が増えてるらしいの、ほら、ちょうどあんな感じの……」
そういって山村さんが指差した先には、どこぞやの誰かさんのようにクネクネしながら奇声を上げる男が一人。
うわっ、キモチ悪い。なんか霧深い丘の町にでもいそうな感じだ。
「うわぁ、ムラサキさん、なにアレ。
かなり気持ち悪いんだけど……」
「でしょ?最近増えてるんだけど、正義のヒーロー百合香ちゃん、退治してもらえない?」
いや、確かに気持ち悪いけど、それだけで退治って、山村さん酷くない?
「了ー解しましたぁ!!」
「ってお前も了解するんかい!」
ビシッと(自称)百合香の頭頂部へめがけて手刀でツッコミを入れる俺。
「いったーい。
お兄ちゃん何するのよ!」
「さっきお前、何か悪いことしてる訳じゃない人をぶっ飛ばせないって言ってただろ。
それなら、アノ気持ち悪いのもぶっ飛ばしたら駄目だろ、道理としたら」
「アレは気持ち悪くて精神衛生上、公害なの!
だからアレを問答無用で排除するのはいいの!
と言う事で百合香行ってきまーす。じゃあね、お兄ちゃん」
「あ、おい――――――」
って暴走して行っちまいやがった。
まったく。
遠くから(自称)百合香の声が聞こえた。
「私が妹だ!」
次話は明日更新予定です。