百合香と白衣の男達
両親は共働きで、朝起きて二人ともいないこともよくあったので、最初は特に気にしなかった。
しかし、両親がいない日が続く。
流石に警察に相談しようと思った四日目の朝、ポストに一通の手紙が届いた。
『君達の両親は預かった。
無事に返して欲しければ、今日の夜八時、千太郎君一人で町外れの廃工場まで来ること。
百合香君は決して連れてこない様に。
もし、約束を違えた場合は、両親の命は無いものと思うように。
なお、この手紙は開封された十分後、自動的に処分される。
訳はないが、警察には見せないようにすること』
ふざけてるような気もしないでもない手紙だが、流石に無視するわけにもいかない内容だ。
何故俺が呼ばれているかはこの際置いといて、両親の命がかかっている可能性がある。
警察には知らせられないし、(自称)百合香も連れて行けない。
俺、一人で行くしかない。
俺は覚悟を決めると、夜七時、もう一度場所を確認した後、手紙をテーブルに伏せ、一人家を出た。
廃工場まではどんなにゆっくり歩いても一時間はかからない。
冬の足音の聞こえそうな風が頬をなでるが、その一方で鈴虫達の宴の声はまだ旺盛に響き渡る。
眩しい月明かりが辺りを照らし、闇夜の中で伸びる影は、夜の恐怖よりも、なにか幻想的な雰囲気を漂わせていた。
「まったく、どこの世界に子供を残して親を誘拐する誘拐犯がいるんだっての」
思わず愚痴が口を衝く。
これから向かう先に犯罪者がたむろしているとしても、俺に悲壮感は無かった。
まったく、世の中不条理ばっかりだ。
鈴虫達の歌を聞きながら歩くこと四十分、遂に廃工場に到着する。
長年の風雨に晒されて、工場は暗闇の中、おどろおどろしい雰囲気を漂わせていた。
と言っても、ここまで来て戸惑う理由もない。
俺は「よしっ」と気合いを入れると、一人、廃工場に足を踏み入れた。
外観に似合わず中は意外と明るい。
屋根や壁、至る所に空いた穴から月明かりが漏れていたからだろう。
そして、その月明かりに照らされるように、工場内には一組の夫婦と五人の白衣の男達が認められた。
「千――――」
「ようこそ千太郎君、約束通り一人で来たみたいだね。いい子だ」
俺の姿を見て思わず叫ぼうとした両親を、白衣の男達は抑え込み、その中の一人が一歩前に進み出て、俺に声をかけて来た。
「約束通り一人で来たんだから、父と母を解放してくれないか?」
「くっくっく、千太郎君はせっかちだね。
時間もたっぷりあることだし、先ずは世間話でもしようじゃないか」
うん、この状況で人質を解放しないのはバカでも分かる。
しかし、こいつら
「さて、千太郎君。
君の妹の百合香君は、最近素晴らしい活躍らしいじゃないか」
「ああ、そうだな。
だから(自称)妹は呼ばなかったんだろう?」
「くっくっく、その通り。
彼女の力は危険だからな。
しかし、不思議に思わないか?
彼女が活躍するための舞台、つまり事件が、彼女の周りで起きすぎやしていないか、と」
ああ、それは確かに思う。
推理漫画の主人公並みの事件の誘引力だ。
「だが実はあれは――――」
「ちょっと待ったあぁぁ!」
あ、もう来た。
居間のテーブルに伏せておいた手紙を読んだ(自称)百合香が。
「な、何者だ!」
あ、そのセリフを言ったら……。
「そこにいるのがお兄ちゃん。
そして、
私が妹だぁぁ!」
翌日、我が家にいつもの平和な日常が戻って来た。
事件に巻き込まれたとはいえ、四日分の仕事が恐らく溜まっているだろうから、しばらくは残業で遅くなるだろうと書き置きを残し、両親は既に出勤していた。
そして俺たちは――――
「今回も私は大活躍。
お兄ちゃん、褒めて褒めてぇ」
「何が褒めてだ!
登場でいきなり決めゼリフを放って、事件の真相も感動の再会もすっ飛ばす奴があるか!」
「ええー、いいじゃんいいじゃん」
「何でだよ」
「だって『私が妹だ』もん」
『あっ』
〜 Fin 〜
即興作品お読みいただきありがとうございます。
拙い作品でしたが楽しんでいただけたでしょうか?
作品の原案は
「親戚の小学生の算数の文章問題がおかしい」で有名な未だ考え中先生です。
先生、良いネタありがとうございます。
流石に32万文字は無理ぽですが、基盤と設定は作りましたので、もう少し連載は可能です。
なお、設定したジャンルについて一言。
本来はコメディとしたかったんですが、自分の技量の無さに断念。
そして、なぜファンタジーとしかと言うと……。
っと言うとネタバレしすぎなので、ここまでにしときますが、私としてはちゃんと理由があってこのジャンルにしました故。
さて、ちょっと言い訳がましいことをかきましたが、最後にもう一度感謝をば。
読了頂いた読者様、
原案提供頂いた未だ考え中先生、
誠にありがとうございました。