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私が妹だ! 作者:結城 慎

黎明編

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百合香とスイーツ

「あははは、場面転換したよ。

 お兄ちゃん、私の勝ちだね!」

「いきなりなんだよ(自称)百合香」

「って、巧妙にセリフの中に(自称)なんて入れるのヤメテッ」



 翌日、商店街を(自称)百合香と歩いていると、何故かイキナリ騒ぎ出したので軽くいなしてやった。

 からかうと実に楽しそうに反応を返してくる(自称)百合香。

 ホントにまるで前とは別人のようだ。

 でも、周りの反応や、本人の記憶、筆跡、端々に見せる仕草などは本人そのもの。

 多分間違いなく本人なのだろうけど、からかっている分には楽しい。しばらく俺のスタンスはこの調子で行こう。


 たまに変な事を言うちょっとバカっぽい所はあるものの、明るくなるのはいいことだし、社交性が出てくれることは兄としても嬉しいと思っているのは内緒だ。




(自称)百合香は、昨日と同じくどピンクのゴスロリファッション。

 当然の如く人目を集めながら商店街をブラつく。

 しばらく歩いていると某メガバンクの周りに人集(ひとだか)りができているのが見えた。



「(自称)百合香、なんだろアレ」

「もうお兄ちゃん、いいかげん(自称)はやめてよ。

 って何だろ、凄い人。新作のスイーツかな?」

「はいはい、銀行でスイーツは無いから……」


(自称)妹のくだらない冗談を軽く流しながら、ヒョイっと人混みの後ろから覗き込む。


「本日、新規で口座を開いていただきますと、焼き菓子の名店【TOROROKONBU】の新作スイーツ『Baked Sweet Potato』を差し上げます」

「……」

「…… お兄ちゃん、銀行でスイーツだって」

「……」

「はい、お兄ちゃん、謝って」

「…… (自称)妹よ」

「なあに?」

「お兄ちゃんは一体どこからツッコめばいいんだ?」

「え、何が?」

「何がって!

 なんで口座開設でスイーツがもらえるんだ!

 焼き菓子の名店なのになんで屋号が【とろろこんぶ】なんだ!

 そもそも『焼き芋』はスイーツなのか!

 何より、『焼き芋』は焼き菓子じゃないだろうが!!」

「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない」


 焼き芋如きで口座開設する気満々の(自称)妹に手を引かれて、某メガバンクの中に連れ込まれる俺。

 世の中不条理ばっかりだ。


 店内(銀行も店内なのか?)は『あの』宣伝カーの声が聞こえてきそうな程に焼き芋の匂いで充満していた。

 そんな店内で番号札を取って待つこと約十分。

 不意に胸に込み上げてくる熱いもの。

…… 焼き芋が貰えることに感動しているのか、俺は?

 いや、むしろこの匂いにヤられれて催してくる『もう少し酸っぱいもの』のような気がする。

 いい加減気を紛らわせないと、この『もう少し酸っぱいもの』がまるで青春の如く熱く迸ってしまう。

 そんな俺の耳に届いたのは、これぞまさに天の采配か!志を共にする同志の声だった!


「なんだこの銀行!焼き芋クセエぞ!!」

「そうだそうだ!!」


 思わず我を忘れて同調してしまった……。

 一瞬の後、ハッと気付きお互い見つめ合う同志と俺。

 そして同志は、あろう事か手を差し伸べるのではなく、その手に持った『(ライフル)』を俺に突き付けてきた。

 お前もか、ブルータス!

 じゃなかった、ええと……


「…… 銀行強盗さん?」

「ああそうだぜ、よく分かったな兄ちゃん」

「アニキ、ってうわ!焼き芋くせぇ」


 同志の後に続いて入ってきたもう一人の同志の言葉には、流石に賛同する気にはなれなかった。

 俺に(ライフル)を突きつけた同志、いやもはや同志とは呼ぶまい。

 銀行強盗は、俺を窓口まで引っ張っていくとお決まりのセリフを吐いた。


「オラ、さっさと金庫の中身全部出しやがれ!

 早くしねえとこのガキぶっ殺すぞ!!」

「ちょっとまったぁぁ!!」


 ボキャブラリーの乏しい銀行強盗の言葉に静止を掛けたのは、窓口カウンターの上に堂々と仁王立ちした、ゴスロリファッションの我が妹(自称)だった。


「誰だ貴様!」

「そういう貴方こそ、誰に向かって銃を向けているの!」

『え!?』


 視線が合う俺と銀行強盗。

 いや、そんな怪訝な顔で見ないで。

 俺、普通の一般人だから、元同士よ。


「こ、こいつが一体誰だってんだよ」


 もちろん俺のことなど知る由も無く、銀行強盗は訳が分からないといった表情で言葉を搾り出した。


「その方が、誰かと問われれば答えてあげましょう。

 その方は私の兄、名前を千太郎」

「そんなやつ知るか!!」


 うん、もっともだ。


「そして私の名前は百合香」

「お前の事も知るか!ってか騒いでないで大人しくしといてくれ、嬢ちゃん」


 更にもっともだ。

 しかし、我が愚妹(自称)は止まらなかった。


「その方が兄、そして……

 私が妹だ!!」

『人の話を聞けー!』


 カウンターの上で、左手を腰に当て右腕を突き出し、銀行強盗を指差して仰け反る(自称)妹に対して、俺と元同志の言葉がハモった。


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