《東日本大震災から10年》「原発建屋の中で全面マスクをしながら昼寝する」 細野豪志が取材した“いちえふ”の日常
文春オンライン / 2021年2月24日 11時0分
細野豪志氏 ©️文藝春秋
東京電力福島第一原発の事故から、10年が経った。当時、原発事故収束担当大臣だった細野豪志氏が今あらためて、関係者を訪ね、事故を検証した。原発処理水の問題、放射線の健康への影響、隣接自治体の現在――。それらの事実を気鋭の社会学者・開沼博氏と共に読み解いたのが、『 東電福島原発事故 自己調査報告 深層証言&復興提言:2011+10 』(徳間書店)だ。同書より、細野豪志氏と、マンガ『 いちえふ 』(講談社)の作者で、原発作業員でもあった竜田一人氏の対談を抜粋してお伝えする。(全3回の1回目。 2回目 、 3回目 を読む)
◆◆◆
原発内の作業は、東京電力、東芝などの原子炉メーカー、そして何重もの下請け構造によって成り立っている。原発作業員として下請け企業で働いてきた竜田一人氏の言葉は、我々の先入観を打ち破るリアルさを持ち、「いちえふ」の中にある日常と廃炉作業の困難さを我々に静かに、しかし鋭く伝えてくれる。『モーニング』に連載された漫画『いちえふ』の読者であった私にとって竜田氏の話は実に興味深いものだったが、対談の後半で竜田氏から厳しい問いを突きつけられることになった。この対談がきっかけとなり、『東電福島原発事故 自己調査報告』という本書のタイトルが固まった。
*
細野 竜田さんの本業は漫画家ですが、原発作業員として、福島第一原発での復旧作業に携われました。その模様はルポ漫画『いちえふ』として漫画誌『モーニング』に連載され、話題を呼びました。そのご経験も含め、お話を伺いたいと思います。顔出しNGということでマスク姿ですね。と言っても、プロレスラーのマスクですけれど(笑)。やっぱり、働きながらこういう作品を描くっていうのは難しいんですか。
竜田 ちょっとね。まあ、でも働いているときには全然周りにも知られていなかったので。ただの作業員のおっさんとして、描くときは誰にも見られないように工夫はしました。
細野 他にも描き手の方が入っているケースに遭遇されたことありますか。
竜田 ないですね。
潜入レポには「潜入先への仁義」ってものがある
細野 現場に入り込んでのルポとしては、例えば、新型コロナで乗客にクラスターが発生したダイヤモンド・プリンセス号に医師の岩田健太郎さんが入ったルポが出たじゃないですか。あれを見て思ったのが、竜田さんのルポとは全然違うなと。竜田さんは相当長く原発の中にいたから、具体的に見てきたものを経験として一般化する価値があるけど、岩田さんの場合は、わずか数時間で得た断片的な視点を一般化しているでしょう。
竜田 岩田さんのYouTubeを見たときに感じたんですよ。潜入レポには潜入レポのやり方っていうか、「潜入先への仁義」ってものがありますよね。仲介してくれた人とかもいるわけですから。それを考えたらあれはないだろうと。
細野 仁義ですか、なるほど。確かに相手への敬意というか、そこに立場は関係ないんですよね。竜田さんの仁義は、東電のためというよりも、現場の皆さんの誇りのために守るべきものを守っているという感じでしょうか。
竜田 まず第一に、今働いている人たちに迷惑がかからないようにっていうことを考えました。特に下請けとかその辺ですよね。個人や会社があまりにも特定されることは言えないっていう。
細野 なるほど。そういう意味で、実は描けなかったことなどもあるわけですね。
竜田 多少はね。
現実に忠実にしたのは、ウソは描きたくなかったから
細野 竜田さんというペンネームは、これは常磐線の駅の名前ですよね。
竜田 はい。駅から名前を取らせていただいて。
細野 『モーニング』に連載されていた時から読んではいたんですが、改めて全巻振り返って読ませていただくと実にリアル。私も「いちえふ」内に何度も入りましたので様子は分かるんですけど、作業員の方から見た姿が実に具体的で興味深い。漫画ってオーバーアクションで描くやり方もあるわけじゃないですか。それをあえて、なぜリアルに、現実に忠実な形にしたのかをお伺いしたいんですが。
竜田 あんまりウソは描きたくなかったんです。それに第一、こういうのでウソを描いちゃうとまずいので。ただ、実際に行って働いてみたら、「普通」と言っちゃうと言い過ぎかもしれませんけれども、よくある工事現場の一つとして捉えたほうが自然ではないかなと感じたんですよ。劇的に盛り上げるっていう要素があるわけでもない。なので、自分が体験したことをそのまま描こうと思ったら、そういう形にしかならなかったんですよね。
細野 作業員の方が喫煙所探しにものすごく苦労しているとかですね。あとは空き時間に温泉入ったり、ギャンブルしたり、そういう日常なんていうのはまさに「普通」なんですよね。
竜田 そうですね。働いている人は普通のおっさんなので。中には技術的にすごいものを持っている人とかはいるんですけど、でも、やっぱりそういう人たちも普通に生活している人なので。「普通に働く普通の職場」っていうふうに捉えていただいたほうがいいんじゃないかと。
世の中のイメージは「流刑地」か「戦場」か
細野 竜田さんが働いておられた頃は、外から見ると現場の皆さんは恐怖と戦いながら命がけで働いていると思われていたでしょう。
竜田 世の中のイメージは大きく2つあって、流刑地か戦場かみたいな感じでしょうか。
まず一つは「ものすごく危険な流刑地で、嫌がっている奴隷や罪人が強制的にこき使われている」感じで、もう1つは「ものすごく危険な戦場で、それでも命をかけて日本のために一生懸命戦っているヒーロー」みたいな。そういう両極端な見方しかなかった。でも、実際にはどっちでもなく、それらのイメージの真ん中で普通に働いてる人たちだっていうことを割と言いたかったっていうのはあります。
細野 最初の部分で、「いちえふ」に行く動機を「高給と好奇心、そして少しの義侠心」と書いてあって、このバランスが面白いなと思いました。
竜田 基本的には、お金のためなんですよ。みんなね。
細野 生活のためですね。
竜田 だけどやっぱり、あそこを片付けることで世の中の役に立ちたいところもちょっとはあった。まあ、それは普通のどんな仕事でもそうじゃないですか。やっぱり、この仕事をやってても、例えば「おいしい料理を作って人に喜んでもらう」とかと同じで、「自分の仕事で世の中が少しでも明るくなればいい」くらいの気持ちの延長だと思いますけどね。
待遇を良くして、入りやすくする以外にない
細野 それがまさに人の気持ちっていうものかもしれませんね。その中ですごく印象に残ったシーンがいくつかありましてね。一つははじめのほうに出てくるんですけど、「この職場を福島の大地から消し去るその日まで」頑張るんだと。これって、なかなか普通の職場ではない感覚だと思います。サビ止めの塗装をすごく上手にやる人とか、溶接の技術がすごいという人がいるんだけど、それらの技術と成果は一時的には利用されても、やがてなくなる。
竜田 世の中には解体作業を専門にやっている会社だってあるし、どんな職人さんが作ったものでもいつかは壊れますよね。それと変わりありませんよ。
細野 解体作業って、できるだけ単純化して、バタバタってやるじゃないですか。解体そのものは安全にやんなきゃならないけれど、スピード重視でやるわけでしょう。「いちえふ」では、途中で精緻な配管を作ってうまく水が回るようにとか、精密に溶接したり、技術の粋を尽くすわけですね。しかし、最後は解体するという。
竜田 いずれ壊すことを目的にやっているというのは、内心、複雑なところがある人もいるかもしれませんけれども、でもそれも含めて仕事ですから。
細野 そこにいる人は会社も違えば、三次下請けの人もいれば、四次下請け、五次下請けの人もいたりとか。
竜田 だから、全然違う下請けの人が一緒になってチームでやっていたりするので、その辺も面白いっちゃ面白いですよね。
細野 ああいう混沌とした職場で人も相当入れ替わっている中で、確実に廃炉に向かって技術を伝えていくのはかなり難しくないですか。
竜田 どうしろって言われても、この場ですぐ答えが出る話でもないですけどね。まあ、他の仕事と同じように、働く人の待遇を良くして、人がいっぱい入ってきやすいようにする以外にはないんじゃないかなと。どんな仕事でもそうじゃないですか。
細野 やはり待遇は考えたいですよね。例えば、働く気はあっても、現場に投入されるまでに何日も何日も待たされて、その間は寮費を自腹で払わされるという話ですよね。その結果、実際に働く前にあきらめて帰っちゃう人もいたとか。
竜田 まあ、そういうケースもありましたね。
細野 職場環境は格段に良くなっていて、今は「いちえふ」の食堂で温かい食事が食べられるし、結構おいしいんですよ。あと、ローソンもあるので、スイーツなんかも買えたりする。竜田さんがいた頃はそこまではいってないですよね。
竜田 そこまではなかったですね。でっかい体育館みたいなところにマットが敷いてあって、みんなそこで昼寝しているって感じでしたかね。
原発建屋の中で昼寝ができる
細野 当時、ここは大変だったというエピソードをご紹介いただけますか。
竜田 中の運用がしょっちゅう変わることですね。そのたびに混乱があって、移動するのに使うバスが来るまで1時間待つなんて事態が起こったこともありました。それも少しは改善されてはいるんですけど、「試しにこれやってみよう」っていって大混乱するケースが、今でもあるみたいなので、その辺は、もっと良く考えてからやってほしいというのはありますね。
細野 待つ時間が非常に長いんですよね。作業できない時間は被曝線量を下げるためにできるだけ外で待つ、入ってからも線量の低い場所で待つ、小さな事故でも起こるとまた待つ。待つ時間って、皆さんにとって大変な時間ですよね。
竜田 中で待ってる間の暇潰しをどうするかみたいなね、そういうところはありましたから。今は食堂もできたんで、その辺は結構良くなったんじゃないかな。
細野 でも、あの、何号機でしたっけ。待ってる間、みんなで昼寝してたっていう。
竜田 1号機の原子炉建屋の中ですね。
細野 あのエピソードには衝撃を受けました。原発建屋の中で昼寝、しかも全面マスクをしながら寝てしまう。
竜田 慣れると、あの中でも寝られるようになりますよ。( 第2回 に続く)
「処理水問題の風説を放置したことの反省はある」 原発事故収束担当大臣だった細野豪志氏が語る“責任” へ続く
(細野 豪志,竜田 一人)
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