(前回からお読みになりたい方はこちら)
山中浩之(以下、編集Y):分子ウイルス学、免疫学の研究者で、米国の医療・医学研究機関に在籍されている、峰宗太郎さんに「専門家として、今、確実に言えること」をお聞きしています。さて、治療薬についての現状はどうでしょうか。
峰:現在、特異的な抗ウイルス薬は、これは言い切りますが、「ありません」。
編集Y:5月7日に厚生労働省が、レムデシビルを治療薬として承認していますね。
峰:承認された今となっても言いますけど、ありません。レムデシビルは、あれは劇的には効いていません。現時点ではワクチンもない。
編集Y:えーと……。
峰:ワクチンと治療薬を分けてお話ししましょう。ワクチンには何種類かあって、まず、いわゆる「生ワクチン」。これはウイルスの活性を弱めて病気が起こらないようにして体内に入れるものです。強い免疫反応を誘導するので、ちゃんとした抗体ができることが多いですが、失敗すると感染者を人為的に増やすことになってしまいます。そして「不活化ワクチン」、殺したウイルスを打つものです。インフルエンザワクチンがこれです。
次に「成分ワクチン」。SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2、いわゆる「新型コロナウイルス」)は、人の細胞の「ACE2」という部位に「スパイクプロテイン(Sプロテイン)」を使ってくっついて、細胞の中に入っていくんです。入ったら、人の細胞が持っているいろいろな機能を乗っ取って、自分たちのタンパク質を増やします。
編集Y:「自分たちのタンパク質を増やす」、イコール、感染した人の体内で新型コロナウイルスの増殖が始まる、ってことですよね。それが病気(COVID-19)や、他の人への感染につながる。
峰:はい。ということは、このSプロテインの活動を邪魔してしまえばウイルスは増殖できない。そこで、Sプロテインに対する抗体を作らせるために、新型コロナウイルスの、Sプロテインの成分を体に打つ。ヒューマン(ヒト)パピローマウイルス(HPV)の感染を防ぐための、子宮頸(けい)がんワクチンなどでも使われる手法です。
編集Y:へえー!
峰:もっとすごいのは「DNA/mRNAワクチン」。SプロテインのmRNAや、そこから情報を移したDNAを人間の体に打ち込んで、人間の体にSプロテインを作らせて、そこから免疫も得ようという新技術です。
ちょうど今、米国のモデルナという企業がつくったmRNAワクチンがフェーズ1に入って、人間で効果があった(抗体ができた)、という報道がありました。前回も申し上げましたが、これまた人間に試すのはこれが初めてのことで、まさしくワープスピードで開発が進んでいます。ということで……
編集Y:すばらしい!
峰:……ワクチン自体は順調に開発が進んでいるところも多いようです。なので、期待はできるんですが、懸念点はやはり安全性ですね。スピードの裏側には倫理観・安全性のステップを飛ばしていることがあるわけで、もし、接種が始まってから問題が起これば、医療不信にもつながりかねないと心配しています。
編集Y:そうか、そうなったら、ワクチンなんて絶対打たないぞ、という人がどどっと増えますね、きっと。
峰:そういうことですね。この話は機会があればぜひまた。
さて次に治療薬です。さて、ワクチンはSタンパクが主なターゲットになるのですけれども、抗ウイルス薬のターゲットは、メインプロテアーゼ、ORF1abなどの酵素です。
「効いた」という言葉の意味が違うのか?
峰:現在有望な主なターゲットは、ウイルスの自己複製機能をつかさどる「RNA-dependent RNA polymerase」という酵素、これはRdRPと訳すんですけど、このRdRPの機能を阻害して、自己複製をさせない=増殖を抑える、という作戦です。
そのひとつが「ファビピラビル」。これは商品名「アビガン」ですね。それから、「ロピナビル・リトナビル」というものがありますけれども、これは「カレトラ」という商品名のHIVの薬です。2月にすごく話題になり、いつの間にか消えていった。それから、先ほどのレムデシビル。それぞれが攻撃するウイルス(たとえばアビガンはインフルエンザウイルス)のRdRPを狙って開発され、新型コロナウイルスにも効くのではないか、とされたものです。
カレトラは3月18日に治療効果は特にないという論文が出まして、話題も尻すぼみになりました。次がアビガン。これは効果がありそうという論文が一度出たんですけど、撤回されたりもしました。その後に中国や日本などで治験が継続中です(5月20日、臨床研究の中間解析結果で「有効性を示せなかった」と報道され、日本では5月中の承認が見送られた)。
マラリアなどの治療薬で「クロロキン」と、似た性質の「ヒドロキシクロロキン」。これは、トランプ大統領が飲んでいるとツイッターで言っちゃったやつですけれども、効果がない、むしろ死亡率が上がるという論文が出ました。
そしてレムデシビル。レムデシビルの論文は出ましたけれども、実は効果はわずかで治療期間が短縮されるというものでした。まあ、インフルエンザのタミフルと同じで、熱の出ている期間がちょっと短くなるというのに近い。つまり、重症化を防いだり、重症化の人の死亡率を下げたりする効果はなかったということが分かっています。症状をちょっと抑えているぐらい。それでも緊急承認がなされました。
「シクレソニド(商品名オルベスコ)」は治験も継続中でして、これは喘息の患者さんが吸入するお薬ですね。一時メディアで非常に話題になりました。あとは「フサン(ナファモスタット)」というお薬ですとか。「イベルメクチン」はまだまだ仮説で、これから試験という段階です。非常にメディアに取り上げられてはいるんですけど、動物でも効果が確かめられてない段階なので、騒ぐものではないと考えています。
編集Y:救世主登場! みたいに騒がれてはあっという間に尻すぼみになっていく……なんだか、「効く」という言葉の意味が、専門家とそれ以外では違うような気がしてきましたよ。「アビガンという薬をもらって、劇的に効いた」という患者さんの声がネットに流れたりしましたよね。そういうのを見ると自分なんかは「おっ!」と思うけれど、専門家の方はどう考えるのでしょう。教えていただけませんか。
峰:まず普通に医療研究者として一言で言うと、患者が治ったというだけでは、その薬が効いたか、効いてないかは分からないんですよね。
編集Y:それはなぜでしょうか。
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コメント29件
SomeoneSomewhere
ひどいなこの記事。Yさんこんな記事書いて恥ずかしくないのかな?
偽陰性を説明するところでは都民1000万人のうち感染者5%で50万人のうち15万人が陽性なのに陰性と判断され大変と書いておいて、偽陽性の
話になると1万人が感染って急に感染率0.1%で計算して偽陽性10万人で「本当に治療が必要な陽性の人は、たったの6.5%」って。同じ前提だと1000万人のうち感染率5%とした場合、PCR検査で陽性判定されるのが35万人、偽陽性が10万人で「本当に治療が必要な陽性の人は、77.7%」。そもそもPCR検査増やせって言ってる大半の人は医師が必要と判断したのに、してない事を問題にしているでしょう。都民全員検査しろなんてだれも言ってないっでしょう。...続きを読む石田修治
定年退職
たとえ精度が70%であっても、PCR検査数は基準を変更して増やすべきだと思う。本人が『検査したい』を基準にするよりは、先ずは居住市区町村外に通勤・通学する『移動の多い人』を全員対象とすべきだと思う。無
症状の「かくれ感染者」を割り出して一定期間隔離する事が根本的な根絶方法だと思う。同一市区町村内での感染なら濃厚接触者も割り出しやすいが、首都圏の通勤電車に乗ったりしたら触者割り出しはほぼ不可能だ。だから居住市区町村外への通勤通学者から優先的に検査して、一人でも多くの感染者を隔離治療すれば収束も見えてくると思う。特に感染者ゼロが殆どない北海道、東京、福岡は徹底的に検査数を増やして新規感染者数を抑え込んで欲しいと思う。そうでないと、何時まで経っても東京方面に出かける気になれない。今の状況を続けると日本全体が活気のない社会に変貌してしまいそうだ!...続きを読むM78
中道保守
「そうはいっても若い人は重症化しないんだろう? 外にどんどん出していいよ」という政策を野放図に取れるかというと、実はそうではない可能性があるということなんですね。実際、これを喜々として言っていたニュー
ヨーク市では若者が次々と死んでいます(医療従事者なども多い)」若者といっても、10代、20代、30代、40代、50代と徐々に重症化リスクは増える。若者は大丈夫というには、25歳以下だろう。つまり、若者ではないのに、そう思い込んでいるものが多いのだ。年齢で政策を変えないほうが、非合理的。全員が感染対策をある程度とる。それは自粛ではなく、生活態度の変更でよい。若者、中年、高齢者で、活動レベルを変える。若年者(30歳未満)はマスクを着用して、高齢者との交流をなくし、経済活動をする。中年(30才〜65才)はある程度の規制をする。高齢者(65才以上)はできる限り隔離し、保護する。若年者でも重症化するが、特に日本は少ない。重症化を早めに見つけ出して、治療するシステム作りをすべきだ。...続きを読むM78
中道保守
抗体検査の闇について、そろそろ書いてほしい。
厚労省は、2社のキットで両方陽性のみを、陽性として、抗体陽性率を低く出るよう操作している。
基本的な検討についての報告がないから、抗体検査の有効性判定がで
きない。まず、PCR陽性者に抗体検査をして、発症何日後にIgM,IgG抗体が出るのか?IgG抗体が出ると、PCRで陰性になるのか?そして、治った後どのくらいの期間、IgG抗体が残っているのか?そして、PCR再陽性になった人では、IgG抗体は消えているのか、いないのか?これらは、終生免疫ができるのかできないのか?、中和抗体があるのかないのか?という大事なことを明らかにする研究である。そして、中和抗体がないとか、中和抗体が短期間で消えるとなれば、集団免疫策が無効ということになり、新型コロナの対策はより困難になる。...続きを読む昔の日経が好き
もう一点あるんだな、多分、世間の勘違いは。
「偽陰性、擬陽性の話はもういい。。取り除く数がちょっとでも増えるんだから収束が早まるだろ!」と思ってる。
ところがこういうのは、絶対値では効果ないんだな。あ
くまで%でやらないと。それが区別できないからなあ。これ以外に検査率(=検査数/対象数)と拡大率(=明日何人増えるか)を考えないとわからない。ちなみに拡大率は大体感染率の約半分あたり(登り時は>、下り時は<)。面倒なので感度/特異度ともに100%として、1000万人の場合、・感染率1%の場合、拡大率0.5%。検査率0.1%として感染者10万、検査数1万、検出数100、明日の新規感染者=99900*1.005=10万400人・感染率1%の場合、拡大率0.5%。検査率1.0%ならば感染者10万、検査数10万、検出数1000、明日の新規感染者=99000*1.005=9万9495人・感染率1%の場合、拡大率0.5%。検査率0.5%ならば感染者10万、検査数5万、検出数500、明日の新規感染者=99500*1.005=9万9998人ですわ。つまり、検査”率”>拡大率とならない限り、検査で抑え込みはできないのですねえ。ちなみに、今日の日本の数字は、陽性率3.4%、拡大率0.8%、検査率16605件の0.013%(全て7日漸近値)。あと96万件検査しないと、本体は減りません。今、減ってきたのは、検査能力がアップしたからではないのは言うまでもなく、各首長がギャーギャー騒いだからでも自粛したからでもなく、単に飽和したから。感染確率の高い人がほぼかかってしまったから。そうやすやすと感染しない。「検査数を増やせ!」と言っている人は中等数学からやり直し要。「検査率を増やせ!」ならば正解だけどこれは現実的に空想を超えて、妄想。このように、検査”数”の論議は全く無意味で、現実論ならば”質”を問うべき。だから、以下は正しい。>そうなんです。欧米各国に比べて日本の検査が緩いということはまったくなくて。...おかげで日本では検査については、結果としては適正水準で行われていたと言ってもいいんじゃないの、と評価できるぐらいなんですね。...続きを読むコメント機能はリゾーム登録いただいた日経ビジネス電子版会員の方のみお使いいただけます詳細
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