ラッパーとしてのソロ活動はもちろん、U-zhaan、坂本龍一、矢野顕子、蓮沼執太、サカナクションなどともコラボレーションを行ってきた環ROY。そんな彼が、昨年末に全14曲収録の初セルフ・プロデュース作品『Anyways』を発表した。躍動するビートに浮遊感漂うシンセや環境音、ノイズなどが絡み合う斬新なアレンジを施した本作。その制作環境や経緯などについて、彼のスタジオで話を聞いた。
Text:Susumu Nakagawa Photo:Yusuke Kitamura
音楽教育を受けていない人でも
工夫次第で音楽が作れる時代に
ラップとの出会い
ヒップホップに出会ったのは中学3年生のとき。ラジオから流れてきたBUDDHA BRAND『人間発電所』に衝撃を受けました。ラップを始めたのは20歳くらいから。中学の同級生がサンプラーのAKAI PROFESSIONAL MPC2000を購入し、“ラップしてよ!”と誘ってくれたのがきっかけです。活動初期は、即興ラップを競い合うMCバトルに頻繁に出場し、認知度を得ようと奮闘していました。
ビート・メイキングを始めたきっかけ
2004年に6曲入りのミニ・アルバム『DEMO HIPHOP』を自主制作し、CD-Rに焼いて限定的に発表したことがあります。そのときに、ネット・オークションでMPC2000を手に入れ、ビート・メイキングを初めて行いました。と言っても、僕は音楽に対して義務教育以上の知識が無く、音楽理論もほとんど分からなかったので、サンプルをループさせてドラムを足すくらいしかできなかったんです。以降、何か新しい音を足したいと思ってもやり方が分からない……それでだんだん物足りなくなって挫折する、というのを繰り返していました。DAWを使い始めたのは、2010年のアルバム『BREAK BOY』のとき。1曲目「晴」はインストゥルメンタルなのですが、覚え立てのABLETON Liveで作っています。このときもサンプルのループとドラムの打ち込みだけでした。もっといろいろやりたくても、自分の技術が足りないというのは変わらずでしたね。
初めての劇伴
Liveとしっかり向き合ったのは2015年ごろ。知人で映画監督の松居大悟君から依頼を受けて、映画『アズミ・ハルコは行方不明』の劇伴を作ることになったんです。恐らく松居君としては、“ラッパーでミュージシャンだから、きっと音楽を作れるだろう”と思って僕に依頼してくれたのだと思います(笑)。そのころはYouTubeなどでチュートリアル動画が増え始めていた時期なので、Liveの詳しい操作方法や音楽理論をオンラインで学びながら何とか制作を進めました。2カ月間くらい、寝る以外はずっとコンピューターの前に居たと思います。かなり必死でしたね。それでも今振り返ると、音楽的な間違いが幾つもあるような気がしますが、この劇伴がきっかけでLiveのスキルが上達し、現在につながっています。
音楽制作ツールの発展について
僕にとって最も重要なプラグインは、ANTARES Auto-KeyとLive付属のSpectrumです。Auto-Keyは鳴っている音声のキーやスケールを自動検出してくれますし、スペクトラム・アナライザーのSpectrumは、音の基音を視覚的に確認することができます。どちらもメロディやベースを打ち込む際には欠かせません。サンプル音源のサブスクリプション型WebサービスSpliceも便利ですね。ドラム単音からループ、パーカッション、コード系の楽器など、膨大な音の中から好きな音を探すのが単純に楽しいです。ツールが進歩したことによって、音楽教育を受けていない人でも、工夫次第で音楽が作れる時代になってきていると思います。
マルチプラグインのプリセットは格好良いので
どんどん使った方がいいと思う
モニター環境
ヘッドフォンは耳が疲れるので、音楽を作る際は基本的にモニター・スピーカーのYAMAHA MSP5 Studioを使っています。しかし、低域の判断が難しいという課題が見え始めたので、最近KS DIGITAL C5を注文したところです。
セルフ・プロデュースの醍醐味
今後も活動を続けて行くためには、創作の領域をラップだけではなく音楽全体に展開していく必要があると思うようになり、『Anyways』ではラップもビートも全曲自分で制作しました。そのくらいの挑戦が無いと、制作する気持ちになれなかったんです。“アルバム一枚まるごと”というのは初の試みで、音楽理論を勉強しながら何とか完成まで到達した感じですね。中でも“SoundQuest”というWebサイトが一番分かりやすかったです。Googleでは、“ベースライン 動かし方”と何回も検索しました(笑)。今作は、100%自分の好きな音だけで作られていると思うので、他者からビートを提供してもらうよりも自分らしい表現ができた気がします。
使用音源とサンプル加工術
基本的にはサンプリングのオーディオ素材を編集してテーマを決めた後、ドラム、ベース、メロディ、ノイズの順番で足していくことが多いです。Live内蔵のソフト・サンプラーDrum RackやSimplerはかなりの頻度で使います。サブベースはLive付属のAnalogかOperatorがほとんどでした。ソフト・シンセのUVI Falconでコードから組むこともありました。Liveのオーディオのタイム・ストレッチ機能=Warpを使って、サンプルの質感を極端に変化させるのも好きです。これがアイディアの源になったりもします。ほかにはAPPLE iPhoneでフィールド録音した環境音などを曲中に差し込んだり、リバース処理を施したりするのも好きです。『Anyways』の制作後にNATIVE INSTRUMENTS Komplete 13を購入したので、次の作品で使おうと考えています。
使用プラグイン・エフェクト
『Anyways』の2曲目「Song」で登場する赤ん坊の声には、ボーカル・エフェクト・プラグインIZOTOPE VocalSynth 2を使用しています。やっぱり市販のプラグイン・エフェクトを用いると幅が広がるし、プリセットのサウンドが“いい感じ”なので格好良い音に至るまでが速い。僕にとって、Liveに付属するプラグインだけを組み合わせて複雑な効果を演出するのは難しかったので、もし同じような人が居たら、すぐにそのようなマルチプラグインを購入して使った方がいいと思います。いつも僕は“最初から買っておけば良かった”と思うんです(笑)。
レコーディング
本作のレコーディング/ミックスは、POTATO STUDIOの中村督さんにお願いしました。マイクに関しては全く詳しくないのでお任せだったのですが、恐らく定番のNEUMANN U87AIやSONY C-38Bを使っていたと思います。ボーカルのダブルだけは自分のスタジオで録りました。Liveを使って自分でオペレーションしながら、納得のいくテイクを一つ一つ採用するという感じです。そのときは、中村さんから借りたSONY C-37Aを使用しています。
今後の展望
早速、次のアルバム制作を進めようと考えています。今後も自分のビート・メイキング・スキルを発展させていきたいです。直近では、九州大学芸術工学部で城一裕准教授と無響室の非工学的な活用を目指した、“無響室における音を使ったパフォーマンス”という研究を進めています。無響室で録音した“ラップらしきもの”の音源も発表できたらうれしいです。
環ROYを形成する3枚
「カニエ・ウェストの7作目のソロ・アルバム。脱構築的な楽曲の展開に終始ドキッとさせられ、またその違和感が楽しいです。前作の『イーザス』や次作の『ye』も好きです」
「言葉にすることが難しいくらい、とても独創的な作品。音色やフレーズ、メロディなどの細かいチョイスが、ほかのアーティストと全然違うんだろうなって思います」
「このアルバムは、全体的に硬質でクール。だけど、やっぱりなんだかウェットな質感もあり、そこが大好きなんです。絶妙な温度感を持つ一枚ですね」
環ROYのNo.1プロデューサー
DJプレミア
アメリカのヒップホップ・デュオ、ギャング・スターのDJ/ビート・メイカーで、ニューヨークを代表する音楽プロデューサーの一人でもあるDJプレミア。マウント・キンビー、カニエ・ウェスト、ジェームズ・ブレイクなど、ほかにもさまざまなプロデューサーが思い浮かびましたが、さかのぼってみると僕のビート・メイキングの原点は彼に行き着くでしょう。サンプリングを多用する彼の制作スタイルが、自然と自分の楽曲にも深く影響を与えていると感じます。
環ROY
【Profile】宮城県出身、東京都在住のラッパー/ビート・メイカー。国内外のさまざまな音楽祭への出演のほか、インスタレーションや映画などの音楽を制作している。また、子供向けの絵本の執筆も行っており、2020年12月には『ようようしょうてんがい』(福音館書店)を発表した。
【Release】
関連記事