WEINグループのウェブサイトより
  • スタートは、ビジネスの“スター軍団”集まる組織だった
  • ファンドは溝口氏を除いて脱退、LPからも解散請求の非常事態
  • 昨年12月に起こった経営陣から溝口氏への「退任要求」
  • 構造上、元から失敗していた「クーデター」

ネスレ日本代表取締役社長兼CEOの高岡浩三氏、プロサッカー選手であり事業家・投資家としても活躍する本田圭佑氏、FiNC Technologies創業者の溝口勇児氏──ベテラン経営者、ビジネスにも明るい著名人、スタートアップ起業家がタッグを組み、鳴り物入りでスタートしたはずだったベンチャー支援・ファンド運営のWEINグループが大きく揺れている。

昨年末から溝口氏とその他の経営陣の対立が続いた結果、グループ会社では(詳細は後述するが、WEINグループは実質的なホールディングス会社、その傘下で事業を行うグループ会社2社、溝口氏の資産管理会社、ベンチャー投資ファンドからなる)は、1月末までにほぼすべての社員が退職。2月19日には、グループ会社の代表退任、ファンドのGP(無限責任組合員:ファンドの責任者となる出資者)の退任などが相次いだ。冒頭に挙げた高岡氏、本田氏の2人もファンドを離れており、溝口氏だけが残った状態だ。

外からの風当たりも厳しい。グループ会社2社に投資するベンチャーキャピタル(VC)や事業会社はWEINグループのガバナンスの不備を非難。投資資金の回収を求めて手続きを進めている。またファンドのLP(有限責任組合員:有限責任の出資者)は、全員一致でファンドの解散を要求している。

WEINグループは2020年5月に設立を発表し、同年11月に資金調達やグループ会社の設立を発表したばかり。2月に入ってからはSNS上で、同社グループへインターン入社や、グループで運営するコワーキングスペースへの入居に関する報告も散見されるが、実態としては組織崩壊のまっただ中と言っても過言ではない。本稼働して半年も満たない組織に何が起こっているのか。

スタートは、ビジネスの“スター軍団”集まる組織だった

その組織の実態について触れる前に、WEINグループの少し複雑な構造を説明する。

2020年11月の発表のとおり、WEINグループには、実質的な持ち株会社である「株式会社WEIN(WEIN)」、その子会社でありベンチャーの事業を支援する「WEIN Incubation Group(WEIN IG)」、同じくWEIN子会社でベンチャーのファイナンス面で支援する「WEIN Financial Group(WEIN FG)」が存在する。発表時点ではWEINの代表には溝口氏が、WEIN IGの代表は西本博嗣氏(元・ノーリツ鋼機代表取締役)、WEIN FGの代表には岡本彰彦氏(元・リクルートホールディングス R&D 担当執行役員および元・MUFGイノベーションパートナーズ取締役副社⻑兼戦略投資部⻑)および武内洸太氏(Blockchain Technologies創業者)がそれぞれ就任するかたちでスタートしている。

2020年11月時点のWEINグループの組織図
2020年11月時点のWEINグループの組織図 (拡大画像)

これに加えて、持ち株会社のWEINの親会社として、溝口氏が代表を務める個人資産会社「株式会社WEiN(資産管理会社WEiN)」と、ベンチャー投資ファンドである「WEIN挑戦者0号投資事業有限責任組合(0号ファンド)」を組成した「WEIN有限責任事業組合(WEIN LLP)」で構成されている。またWEIN FGは株式投資型クラウドファンディングを展開するAngel Funding(旧:ユニバーサルバンク)、エンジェル投資家のマッチングプラットフォームを提供するAngel Portをいずれも買収して傘下に収めている。

なおWEIN LLPは、厳密には株式会社としてのWEINグループではない。高岡氏、本田氏、西本氏、溝口氏、の4人(厳密には4人の資産管理会社)を組合員とした有限責任事業組合だ。いずれにしても、グループ会社、ファンドともに、経験豊富なビジネスマンが集まる、スター軍団と言っても過言ではない体制でスタートした。この組織と溝口氏がうたう「21世紀の課題を解決する挑戦者を支援し、自らも挑戦する」という熱意あるビジョンが評価され、「0号」と銘打つ試験的なファンドでありながら著名経営者を中心に8億円強の資金を集めるに至っていた。

WEINグループとしては、子会社であるWEIN IGおよびWEIN FG両社の上場を目指しており、IGには千葉道場ファンドやイーストベンチャーズなどのVCから約6000万円、FGには同じく千葉道場ファンドやイーストベンチャーズのほか、STRIVE、サイバーエージェント・キャピタルといったVCや事業会社などから、約4億円の資金を昨年内に調達していた。

ファンドは溝口氏を除いて脱退、LPからも解散請求の非常事態

華々しくスタートしたWEINグループであったが、現在は苦しい状況にあるようだ。そのきっかけになったのが、「2月19日」という日付だ。

記事冒頭にあるように、この日には、0号ファンドからGPであった高岡氏、本田氏、西本氏が退任し、溝口氏だけが残るかたちになった。またWEIN FGからは代表だった岡本氏、武内氏が退任。代表には溝口氏が就任した。実質的に、WEIN IGをを除くすべてのグループを溝口氏が管掌することになったのだ。

一方では、冒頭にあるとおりファンドのLP10人全員の連名で、ファンドの解散を求める書面が提出されるという事態にまで発展している。ファンドの解散はGP全員、もしくはLP全員の同意をもって行われるため、GPである溝口氏がこの請求を受理して手続きを取ればファンドは解散となる。とはいえLP各人には、ファンドの投資実行に対して影響を行使するような権限はない。解散を求められても、現時点でファンド運営に制限がかかる状態ではない。しかしそういった「いわく付き」のスタートアップになってしまうと、次のラウンドでの資金調達に影響が出る可能性もある。

0号ファンドはすでに複数のスタートアップへの投資を実行している。本田圭佑氏が代表取締役を務める、動画・音声配信サービス運営のNowDoなども投資先だが、同社などはファンドからの株式買い戻し(株を買い戻し、出資された資金を返金する)を進めているという。

2021年2月19日時点のWEINグループの組織図
2021年2月19日時点のWEINグループの組織図

昨年12月に起こった経営陣から溝口氏への「退任要求」

これらの動きは、何も降って湧いたものではない。実は昨年11月の会見直後からWEINグループ内では溝口氏と、高岡氏や本田氏、西本氏ら経営陣(編集注:ファンドのGPと子会社経営陣を含むが、兼任している西本氏などもいるため、便宜上「経営陣」で統一する。なお、経営陣は2月19日をもって全員が退任している)の間で確執があったのだという。

その確執が決定的になったのが、2020年12月1日。この日は溝口氏、経営陣を初めとするWEINグループのほぼ全スタッフがとあるホールに集められ、2時間半にわたるミーティングが行われた。海外にいる本田圭佑氏らはZoomでの参加となったが、本田氏を含む経営陣らは、2時間半に渡って溝口氏に対して、WEINグループの事業から離脱することを求めた。

経営陣らが溝口氏に退任を要求した際、根拠としたのは(1)溝口氏がグループの代表や意志決定者であることで、大手金融機関(具体的にはみずほ銀行および三井住友銀行)からの資金調達が困難になっていること、(2)溝口氏によるパワハラやモラハラで休職・退職者が出ていること、(3)他のGPへの相談なしでの投資実行や個人宅の家賃負担を含めた放漫経営──の3点。ミーティング終了後には、経営陣は情報漏えい防止のためとして、溝口氏らのGoogle Workspace(旧称G Suite)とSlackのアカウントを停止するまでに至った。

このミーティング後、溝口氏サイドは(1)金融機関の判断が不適切であること、(2)ハラスメントの事実はなかったこと、(3)不正な支出はなかったこと──をあらためて主張。本件を「クーデターである」として経営陣と対立するに至ったという。特に(3)の支出に関しては、ミーティングから2週間もたたずに会計士・税理士による調査報告書も経営陣に提出し、自らの正当性を訴えた。

状況を見かねた投資家はこの時点で12月中に両者に関係を修復するよう求めていたが、その溝が埋まらないまま2021年を迎えたことで、資金回収に動くことになる。その頃からはスタートアップのコミュニティでも同社の内紛について語られることが増えてきた。筆者がメディア関係者に聞いたところでは、同社の広報担当者も「経営陣によるクーデターが起こった」といった旨の発言をしていたという。

筆者は取材を通じて溝口氏側の報告書も入手している。ただ本件には、たとえ法的観点では問題なくとも、スタートアップの倫理的な観点では、疑義を感じざるを得ない内容も含まれている。例えば資産管理会社WEiNは、その後WEIN FGで買収することになる会社の代表個人に1000万円の貸し付けを行っている。報告書ではその理由を「買収前に資金がショートする可能性があったため」としているが、資金ショート直前だったその会社を、後に1億円以上の金額で買収している。これは果たして適切なデューデリジェンス(企業価値・リスクの調査)を行ったと言えるのだろうか。

また別の例を挙げると、溝口氏の社宅として月額72万円の家賃をWEINから支払うことになっていた。これは報告書では「税務上のメリットおよび、WEINのコミュニティ活性化向けYouTube配信スタジオの設立」という説明がある。税務上のメリットがあるために起業家が自宅を社宅扱いにするケースはあるが、累計4億円強のシード資金を調達したばかりの起業家が、スタジオを兼ねるとしても、家賃70万円超の社宅を持つことは果たして適切だったのか。

構造上、元から失敗していた「クーデター」

昨年12月時点で経営陣が退任を求めたものの、結果として2月19日には溝口氏だけがWEINグループに残るかたちになっている。いわゆる企業内での「クーデター」であれば、株主の過半数を味方に付け、株主総会で代表取締役退任を迫るというのが常だろう。だが今回の騒動では、結果として溝口氏と対立した経営陣らが退任するに至っている。はたしてこれはどういうことなのか。

実はその理由こそが、冒頭のWEINグループの組織の説明につながる。溝口氏の立場は、実質的なホールディングス会社であるWEINの代表だ。だがそのWEINは、溝口氏の資産管理会社WEiNの100%子会社であり、実質的にはWEINグループの全権を溝口氏個人が握っている状態なのだ。また、経営陣はあくまで子会社(資産管理会社WEiNからすると孫会社)の取締役に過ぎない。親会社であるWEINの代表である溝口氏に退任要求できる立場にない。

加えて、WEIN IGとWEIN FGは「J-KISS」と呼ぶスタートアップ向けの契約書を用いて資金調達をしている。J-KISSは平たく言うと「次回の資金調達のタイミングで株式に転換することができる新株予約権」による投資契約だ。これはデューデリジェンスなど、投資契約に関わる期間を大幅に短縮させることができるため、シード期のスタートアップにとっては非常に有効な契約書だ。だが今回のようなケースでは投資家が極端に弱い立場となり、株主としての物言いもできず非常に弱い立場になっている。資金回収は、実質的にWEINの全権を持つ溝口氏の一存で行うことになるからだ。

経営陣と投資家が投資資金の回収を最優先に動いた結果、最終的には経営陣が退任し、溝口氏がWEIN FGの代表に就任することが決まった。そしてそれに当たって溝口氏側から出た要望が自身以外のファンドGPの退任だったというわけだ。経営陣のクーデターと考えるのであれば、本件はもともと失敗していたことになる。ただし経営陣からはクーデター自体が目的ではなく、溝口氏の姿勢を変えることこそが趣旨だったという声も聞こえる。

経営陣は3人の連名で溝口氏の行動について「今後のスタートアップのガバナンスに一石を投じる問題である」いう旨の説明を関係者に行っているという。一方の溝口氏も「現在伝わっている情報には誤解があり、本件は根深い問題がある」と反論している状況だ。本稿では人事や組織変更といった騒動の概要のみを報じたが、今後は関係各者の主張や、ガバナンスの実態などについても報じていく予定だ。