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2012年03月07日 15:26
「幸福の黄色いハンカチ」を思い出しました。
2012年03月07日 12:33
それから、2・3号基には、 非常用復水器(IC)より性能の良い Reactor Core Isolation Cooling (RCIC) system が付いていましたけれど、 これは非常用バッテリーが空になって停止しました。 私は、 IC が正しく操作されていても、 その他の非常用冷却装置が動き出すまでもたなっかたのではないかと思っています。
2012年03月07日 04:26
> 東電福島原発の水素爆発は、手順とタイミングが正しければ防げた。 私は、これは運転員に責任をかぶせようという見方だとおもいます。 駆動用の電源を喪失したベント弁を、 高放射能下の暗闇の中で手動で開くという操作は手順書にないはずです。 それから、ベントされた排気は、本来は原子炉建屋外に導かれ、 建屋内にこもらないはずです。 それから、 非常用冷却装置が機能喪失した最大の問題は配電盤が海水に浸かったことです。 新しい配電盤を福島の発電所に運び込んだ作業員が発電所に着いて、びっくりしたのは、水素素爆発後の無残な原子炉建屋であったという記事がありました。
2012年03月07日 04:01
> 想定したのは、せいぜい学者レベルでしょう。 「学者は世間知らずですから、 学者のいうことを聴く必要はありません。」
2012年03月07日 03:56
黒澤明監督の「隠し砦の3悪人」という映画では、 この三人はほんとうの悪人ではないです。 勧進帳の話に似ています。 弁慶が三船の六郎太で、 太平と又七は狂言回しです。 そして、雪姫が義経で、 田所兵衛は富樫です。 ジョージ・ルーカス監督の大ヒットした映画「スターウォーズ」は、 この映画を元にしています。
2012年03月07日 02:14
> 合理的なアメリカ人の非合理性を見た気がする。 心理学でいう無意識というのは、 科学でしょうか? 無意識に働きかけるというのは、非合理的でしょうか? ここに、 ひとつおもしろい科学的なデータがあります。 うつ病の心理療法のうち、 宗教による方法が他のどのような方法よる心理療法よりも効果があるということが、 いくつかの実験でたしかめられているとのことです。 四国八十八箇所をお遍路として巡ることも、 精神的な病には効果がある場合があるとおもいます。
2012年03月07日 02:00
日本では、 神社や寺院でお守りを買う人、 大安の日に結婚式を挙げる人、 仏滅の日に結婚式や葬儀を避ける人、 神社で試験合格の祈願をする人がいます。 これらの人たちは、 人口の10%より多いと思います。
2012年03月06日 18:13
> 圧力を逃がすベントや海水の原子炉注入も手違いから遅れてしまい 電源の喪失が原因でベント弁の駆動用モータも動かず、 高度の放射線下の暗闇の中での手動の作業が遅れたのを非難する事は、 私にはできません。 また、海水の注入も、 前もって想定されていた作業ではありませんから、 消防ポンプを流用したり、 どこから注入するかを考えなくてはならなかったとおもいます。 このあたりは、 運転員の責任でなくプラント設計者および運転指針の立案者の責任と考えます。
2012年03月06日 18:03
> 実は最初に爆発した1号機に備わっていた「最後の命綱」非常用復水器の使い方を、東電の運転チームが一度も実地で訓練したことがない「過失」さえなければ、冷却は維持され何も起きなかったと考えられる。 一号機の非常用復水器が正常に運転されたとしても、 2・3号基のメルトダウンは防げなかったはずです。
2012年03月06日 17:50
Wikipediaには、 次のように記述されています。 『日本人医師団は死因を「放射能症」と発表したが、米国は現在まで「放射線が直接の原因ではない」との見解を取り続けている[3]。 米公文書が放射能が直接の原因ではないとの見解を出している理由は、そもそも、久保山無線長の死因の直接原因は重度の急性肝機能障害であること、日本医師団が診断した放射能症(放射線障害)の主な症状は白血球や血小板と言った血球数の減少、小腸からの出血、脱毛等で、肝機能障害は放射線障害特有の特徴的症状ではない。』 急性の放射線障害が起きたことはたしかです。 その治療のための輸血が肝機能障害を起こした可能性も大きいということですが、 急性の放射線障害とは尋常ではないです。 池田信夫先生は、 メルトダウンは起きていないと何度も繰り返しておられました。
2012年03月06日 17:17
他人を簡単に「ただのヤクザかタカリかスパイの類」ときめつける人も普通の日本人には見えないです。
2012年03月06日 17:07
なお、すべての事故の原因を正しく想定するということは、 人間にはできないことです。
2012年03月06日 17:04
> 原子力利用でも世界の最先端を行っている 福島第一原子力発電所が建設された1960年台の後半から1970年代の前半は、 日本独自の技術といえばソニーのトランジスタ・ラジオとか造船のようなもので、 大型の火力発電所でも米国の技術に頼っていました。 まして、 原子力発電所となると全面的にGEもしくはWH(Westinghouse)に依存していました。 したがいまして、冷静・客観的な分析を行う能力はありませんでした。 半導体などの技術力が世界の先端に達したのは1980年代です。 そして、原子力発電について経験も積み技術力も向上したはずですが、 鉄とコンクリートのかたまりである原子力発電 施設に大規模な改善を加えることは難しいです。 しかし、福島第一原子力発電所の事故の最大の原因は、やはり「想定外」の津波です。 津波の程度が正しく想定されていれば、 これによる事故を防ぐのは、 技術的には難しくありませんでした。 まず、 原子炉建屋を水密構造にし(多少の浸水はバルジ・ポンプで対処する)、 RHRのポンプなどは水中ポンプにし、 燃料タンクは流されないように頑丈な構造にすればすむはずでした。
2012年03月06日 16:28
私は、 原子力発電プラントについて一番よく知っているのは、 設計、 試運転、および保守をやってきた企業の技術者であると思っています。 例えば、大前研一氏の解説は技術的には一番しっかりしていたようですが、彼の経験は40年も前のほんの数年です。 もちろん、 企業の技術者には(無言の)かん口令が敷かれていたとおもいますが、 報道関係者にはそこをなんとか突破してほしかったと思います。
2012年03月06日 06:05
> サル山のサルたちを見るたび、やっぱり祖先は同じかなーと感じます。 いや、 サルのほうがましですよ。 「科学」によって大量殺戮兵器なんか造りませんから。 しかし、 緑の革命によって多くの発展途上国の人々を飢餓から救ったのも科学です。
2012年03月06日 05:47
私は、次のように理解しています。 まず、科学は価値観を提供しません。 価値観とは何が正しく、何が望ましいかです。 例えば、経済学で効用(これはしばしばお金)を判断基準とすることも価値観です。 現実は無限に複雑であり、何を持って正しい価値観とするかは人間には知ることもできません。 とすれば、 きわめて不安定な状態です。 そこで、一神教的な神が全ての正しいこと、 望ましいことを集約しているとすれば、それがひとつの安定した判断基準になります。 仏教では、神の代わりに、「真如」というものが存在することを前提とします。 しかし、禅宗では「不立文字」といい、 歎異抄では「不義をもって義とす」とあり、その真髄を言葉で伝えることはできないとしています。 そんなの、インチキだといえば、 そのとおりです。 しかし、心理学の教えるところのによれば、 人間は現実における無限に複雑な情報を全部理解して行動しているわけではなく、現実の理解(イメージ)にもとづいて行動しているのです。 この理解は限られており、さらに誤まっていることも往々にあります。 仏教の唯心論も同様の議論です。 宗教の安定した教義は、 この現実の理解のための簡便なフィルターとなり、 それにもとずく行動の指針ともなります。 以上の議論は宗教のもつ哲学的な面についてですが、 救済思想も考える必要があります。
2012年03月04日 01:43
それから、 わたしの人生、 運のいいことがたくさんおきました。 何かが、うまくいかなければ、 また運がいいこともあるさと、 あきらめません。 何かがうまくいかなければ、2回、3回と別のやり方をこころみます。 それでもだめなら、 次の機会まで保留します。 とにかく、 あきらめません。 自分は運がよいからです。 私は、運動神経がダメです。 小学生のときの運動会のボウシ取りでは、 ボウシをすぐにとられました。 戦国時代なら真っ先に首を取られたでしょう。 字は下手くそです。 江戸時代の勘定奉行にはなれません。 過去帳をきれいにかけないから、お坊さんにもなれません。 体力がないから、 りっぱな百姓にもなれません。 しかし、運がよいことに、 この40年ほどの間には技術者の仕事がふえました。 特に、 ソフトウエア技術者の就職先が増えました。 人生すべて運です、 「人生は努力」と考えるよりずっと気楽になります。 そして、 運の悪かった人達に対して寛容になれます。 戦国時代なら、 あの人達のだれかが私の首を取っていたでしょう。 あの人達は、 ただ運が悪かっただけです。
2012年03月04日 01:42
> 格差は努力の結果であると思う。 私は、 人生は運だとおもっています。 そして、 自分はついていると。 中学一年生のとき、 級友が猫をくれると約束しました。 そこで、 級友が猫を学校に持ってくる日には、 家族に猫をもらってくるといって、よろこんで家をでました。 ところが、 この級友は2匹の猫を15人以上にあげるといっていたのです。 そして、 だれがもらうかは、 じゃんけんできめろといいました。 そのとき、 私はもうだめだとおもったのですが、 なんと7-8人を勝ち抜きして、 猫がもらえることになったのです。 これが、 自分は運がよいとおもった最初です。 私のおじさんの一人は、 太平洋戦争の際、 南方の島で蛇や蛙をたべて生き残りました。 そこで、 自分は運が悪いといっていた人達はみんな死んでいったといっていました。 これと同じ様なことを書いている記事を読んだこともあります。 戦艦が撃沈され、 南方の海を自分には運がついているとおもって漂流していたら救助されたと。 運がないといっていた戦友の多くはおぼれて死んでいったと。
2012年03月04日 01:37
遺産分割協議書を作るという方法もあります。 母の遺産の相続の際、 私はこの協議書で私の相続分を母の面倒をみた姉に譲渡しました。 私は、Webで文例をみて、 自分で書きました。 遺産の移転登記の書類も全部、 私が書きました。 法務局では、 すこしの修正を指示されただけで。 受け取ってもらえました。 なお、 この協議書を作るには相続人全員の合意が必要です。
2012年03月03日 18:58
出向というのは既得権の保持ですね。
2012年03月03日 18:49
> 「日本の社会が、導入にまつわる性格から、常に観念性を指摘されながらも、実は絶えず一定の歴史的背景のなかで課題を受けと」 こういう文章はなんとかならないでしょうか? 英語なら、 完全にアウトですが。 導入されたのは、何ですか? 日本の社会? 社会学? 観念性を指摘されたのは、何ですか? 「一定の」とはどういうこと? 課題を受けたのは、 何?
2012年03月03日 17:26
実は、 私は30歳になっても、 日本語の文章の良し悪しを具体的に判定することはできませんでした。 ところが、 英語で書く必要がおきまして、 米国人のチューターに毎週30分ほど会い、 2年間にわたり書いたものを添削してもらいました。 そして、 直された理由をきいていくうちに、 文章はどのように構成すべきなのかが、すこしずつわかってきました。 そこで、 同じような規則を用いて、 日本語の文も書き直すようになりました。 日本語より英語の方が、 文章の構成規則ははっきりしていますから、 英語の方が文章の構成法は教えやすいかもしれません。
2012年03月03日 16:47
> 1. スバル 2. マツダ 3. トヨタ 4. ホンダ 5. ニッサン 私は、クラッチの取替えぐらいまでの修理は自分でしますので、 大掛かりな修理をしたことがある車種については、 設計・部品の良し悪し、 修理のしやすさ知っています。 20年ほど前は、 マツダの車は外見はトヨタ・ ホンダの車並みでしたが、 設計は全然だめでした。 それが、 トヨタ・ ホンダの車よりよくなりましたか。 これも、栄枯盛衰ですか。
2012年03月03日 16:22
> 旧字体を復活させろ。 次の記事では、 「辺」の旧字体が8個もあげてあります。 どれを、使ったらよいのでしょうか? http://www.oops.co.jp/hanko/itaijiichiran.htm 遺産相続協議書に戸籍簿と同じ漢字を用いよと言われて、 困ったことがあります。
2012年03月03日 16:12
この議論は現在の米国の共和党にもあてはまります。
2012年03月03日 15:48
Ryuichiro Munechika さん うむっ、 おたくもやるね。 私は、 右でも左でも、 冗談がわかる人が一番好きです。
2012年03月03日 15:41
訂正: 赤衛兵 => 紅衛兵
2012年03月03日 15:40
植木等さんについてのWikipediaの記述を引用します。 自他共に認める真面目な性格で、中尾ミエが「毎日同じおかずでも不満を言わないくらい」と例えるほどであったという。『植木等デラックス』ではゲストのさだまさしが、『無責任男』を「植木さんが無理矢理お作りになったキャラクター」と述べたところ、植木は「そうなんだよ、世間はあれが地だと思っているんだよ」と語っている。 父親は、若い頃はキリスト教徒であった。後に浄土真宗の一つである真宗大谷派常念寺の住職となる。 被差別部落出身ではないが、水平社運動に参加した。治安維持法違反の罪にとわれて投獄をされても、積極的に反差別と反戦を貫いて運動をした。少年時代の等は、投獄された父に代わって僧衣を纏い檀家を回るという生活を送っている。 僧侶としての修行をするべく、 東京・駒込の真浄寺へ小僧になるため上京。 「スーダラ節」の楽譜を渡された時には、「この曲を歌うと自分の人生が変わってしまうのでは」と悩んだ。 父親に相談すると「人類が生きているかぎり、このわかっちゃいるけどやめられないという生活はなくならない。 これは親鸞上人の教えに通じている。 そういうものを真理というんだ。 上出来だ。がんばってこい」と諭され、彼は歌うことを決意した。 また、「貧乏人の倅」を自称し、「どん底でも平気だ」と語り、成功前の貧乏時代から非常に明るい。 これが、「スーダラ節」の背景です。
2012年03月03日 15:14
> 市民の前で人民裁判されたら良い 文化大革命です! 紅衛兵に負けないように!
2012年03月03日 15:10
> はるかに多くの労働者が中小企業で汗水たらして働いていたわけで。 この時代でこうした雰囲気のあるものをあげてみます。 あゝ上野駅、井沢八郎 --1964年 喜びも悲しみも幾歳月、 映画の主題歌--1957年 キューポラのある街、映画 -- 1962年 にあんちゃん (安本末子の日記)、ラヂオ放送の映画化 --1959年 忍ぶ川 (三浦哲夫)、小説 -- 1961年 裸の島、映画 -- 1960年 「喜びも悲しみも幾歳月」と「あゝ上野駅」は今でも、 Youtubeで聴いています。
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2012年03月07日 15:26
「幸福の黄色いハンカチ」を思い出しました。
2012年03月07日 12:33
それから、2・3号基には、 非常用復水器(IC)より性能の良い Reactor Core Isolation Cooling (RCIC) system が付いていましたけれど、 これは非常用バッテリーが空になって停止しました。 私は、 IC が正しく操作されていても、 その他の非常用冷却装置が動き出すまでもたなっかたのではないかと思っています。
2012年03月07日 04:26
> 東電福島原発の水素爆発は、手順とタイミングが正しければ防げた。 私は、これは運転員に責任をかぶせようという見方だとおもいます。 駆動用の電源を喪失したベント弁を、 高放射能下の暗闇の中で手動で開くという操作は手順書にないはずです。 それから、ベントされた排気は、本来は原子炉建屋外に導かれ、 建屋内にこもらないはずです。 それから、 非常用冷却装置が機能喪失した最大の問題は配電盤が海水に浸かったことです。 新しい配電盤を福島の発電所に運び込んだ作業員が発電所に着いて、びっくりしたのは、水素素爆発後の無残な原子炉建屋であったという記事がありました。
2012年03月07日 04:01
> 想定したのは、せいぜい学者レベルでしょう。 「学者は世間知らずですから、 学者のいうことを聴く必要はありません。」
2012年03月07日 03:56
黒澤明監督の「隠し砦の3悪人」という映画では、 この三人はほんとうの悪人ではないです。 勧進帳の話に似ています。 弁慶が三船の六郎太で、 太平と又七は狂言回しです。 そして、雪姫が義経で、 田所兵衛は富樫です。 ジョージ・ルーカス監督の大ヒットした映画「スターウォーズ」は、 この映画を元にしています。
2012年03月07日 02:14
> 合理的なアメリカ人の非合理性を見た気がする。 心理学でいう無意識というのは、 科学でしょうか? 無意識に働きかけるというのは、非合理的でしょうか? ここに、 ひとつおもしろい科学的なデータがあります。 うつ病の心理療法のうち、 宗教による方法が他のどのような方法よる心理療法よりも効果があるということが、 いくつかの実験でたしかめられているとのことです。 四国八十八箇所をお遍路として巡ることも、 精神的な病には効果がある場合があるとおもいます。
2012年03月07日 02:00
日本では、 神社や寺院でお守りを買う人、 大安の日に結婚式を挙げる人、 仏滅の日に結婚式や葬儀を避ける人、 神社で試験合格の祈願をする人がいます。 これらの人たちは、 人口の10%より多いと思います。
2012年03月06日 18:13
> 圧力を逃がすベントや海水の原子炉注入も手違いから遅れてしまい 電源の喪失が原因でベント弁の駆動用モータも動かず、 高度の放射線下の暗闇の中での手動の作業が遅れたのを非難する事は、 私にはできません。 また、海水の注入も、 前もって想定されていた作業ではありませんから、 消防ポンプを流用したり、 どこから注入するかを考えなくてはならなかったとおもいます。 このあたりは、 運転員の責任でなくプラント設計者および運転指針の立案者の責任と考えます。
2012年03月06日 18:03
> 実は最初に爆発した1号機に備わっていた「最後の命綱」非常用復水器の使い方を、東電の運転チームが一度も実地で訓練したことがない「過失」さえなければ、冷却は維持され何も起きなかったと考えられる。 一号機の非常用復水器が正常に運転されたとしても、 2・3号基のメルトダウンは防げなかったはずです。
2012年03月06日 17:50
Wikipediaには、 次のように記述されています。 『日本人医師団は死因を「放射能症」と発表したが、米国は現在まで「放射線が直接の原因ではない」との見解を取り続けている[3]。 米公文書が放射能が直接の原因ではないとの見解を出している理由は、そもそも、久保山無線長の死因の直接原因は重度の急性肝機能障害であること、日本医師団が診断した放射能症(放射線障害)の主な症状は白血球や血小板と言った血球数の減少、小腸からの出血、脱毛等で、肝機能障害は放射線障害特有の特徴的症状ではない。』 急性の放射線障害が起きたことはたしかです。 その治療のための輸血が肝機能障害を起こした可能性も大きいということですが、 急性の放射線障害とは尋常ではないです。 池田信夫先生は、 メルトダウンは起きていないと何度も繰り返しておられました。
2012年03月06日 17:17
他人を簡単に「ただのヤクザかタカリかスパイの類」ときめつける人も普通の日本人には見えないです。
2012年03月06日 17:07
なお、すべての事故の原因を正しく想定するということは、 人間にはできないことです。
2012年03月06日 17:04
> 原子力利用でも世界の最先端を行っている 福島第一原子力発電所が建設された1960年台の後半から1970年代の前半は、 日本独自の技術といえばソニーのトランジスタ・ラジオとか造船のようなもので、 大型の火力発電所でも米国の技術に頼っていました。 まして、 原子力発電所となると全面的にGEもしくはWH(Westinghouse)に依存していました。 したがいまして、冷静・客観的な分析を行う能力はありませんでした。 半導体などの技術力が世界の先端に達したのは1980年代です。 そして、原子力発電について経験も積み技術力も向上したはずですが、 鉄とコンクリートのかたまりである原子力発電 施設に大規模な改善を加えることは難しいです。 しかし、福島第一原子力発電所の事故の最大の原因は、やはり「想定外」の津波です。 津波の程度が正しく想定されていれば、 これによる事故を防ぐのは、 技術的には難しくありませんでした。 まず、 原子炉建屋を水密構造にし(多少の浸水はバルジ・ポンプで対処する)、 RHRのポンプなどは水中ポンプにし、 燃料タンクは流されないように頑丈な構造にすればすむはずでした。
2012年03月06日 16:28
私は、 原子力発電プラントについて一番よく知っているのは、 設計、 試運転、および保守をやってきた企業の技術者であると思っています。 例えば、大前研一氏の解説は技術的には一番しっかりしていたようですが、彼の経験は40年も前のほんの数年です。 もちろん、 企業の技術者には(無言の)かん口令が敷かれていたとおもいますが、 報道関係者にはそこをなんとか突破してほしかったと思います。
2012年03月06日 06:05
> サル山のサルたちを見るたび、やっぱり祖先は同じかなーと感じます。 いや、 サルのほうがましですよ。 「科学」によって大量殺戮兵器なんか造りませんから。 しかし、 緑の革命によって多くの発展途上国の人々を飢餓から救ったのも科学です。
2012年03月06日 05:47
私は、次のように理解しています。 まず、科学は価値観を提供しません。 価値観とは何が正しく、何が望ましいかです。 例えば、経済学で効用(これはしばしばお金)を判断基準とすることも価値観です。 現実は無限に複雑であり、何を持って正しい価値観とするかは人間には知ることもできません。 とすれば、 きわめて不安定な状態です。 そこで、一神教的な神が全ての正しいこと、 望ましいことを集約しているとすれば、それがひとつの安定した判断基準になります。 仏教では、神の代わりに、「真如」というものが存在することを前提とします。 しかし、禅宗では「不立文字」といい、 歎異抄では「不義をもって義とす」とあり、その真髄を言葉で伝えることはできないとしています。 そんなの、インチキだといえば、 そのとおりです。 しかし、心理学の教えるところのによれば、 人間は現実における無限に複雑な情報を全部理解して行動しているわけではなく、現実の理解(イメージ)にもとづいて行動しているのです。 この理解は限られており、さらに誤まっていることも往々にあります。 仏教の唯心論も同様の議論です。 宗教の安定した教義は、 この現実の理解のための簡便なフィルターとなり、 それにもとずく行動の指針ともなります。 以上の議論は宗教のもつ哲学的な面についてですが、 救済思想も考える必要があります。
2012年03月04日 01:43
それから、 わたしの人生、 運のいいことがたくさんおきました。 何かが、うまくいかなければ、 また運がいいこともあるさと、 あきらめません。 何かがうまくいかなければ、2回、3回と別のやり方をこころみます。 それでもだめなら、 次の機会まで保留します。 とにかく、 あきらめません。 自分は運がよいからです。 私は、運動神経がダメです。 小学生のときの運動会のボウシ取りでは、 ボウシをすぐにとられました。 戦国時代なら真っ先に首を取られたでしょう。 字は下手くそです。 江戸時代の勘定奉行にはなれません。 過去帳をきれいにかけないから、お坊さんにもなれません。 体力がないから、 りっぱな百姓にもなれません。 しかし、運がよいことに、 この40年ほどの間には技術者の仕事がふえました。 特に、 ソフトウエア技術者の就職先が増えました。 人生すべて運です、 「人生は努力」と考えるよりずっと気楽になります。 そして、 運の悪かった人達に対して寛容になれます。 戦国時代なら、 あの人達のだれかが私の首を取っていたでしょう。 あの人達は、 ただ運が悪かっただけです。
2012年03月04日 01:42
> 格差は努力の結果であると思う。 私は、 人生は運だとおもっています。 そして、 自分はついていると。 中学一年生のとき、 級友が猫をくれると約束しました。 そこで、 級友が猫を学校に持ってくる日には、 家族に猫をもらってくるといって、よろこんで家をでました。 ところが、 この級友は2匹の猫を15人以上にあげるといっていたのです。 そして、 だれがもらうかは、 じゃんけんできめろといいました。 そのとき、 私はもうだめだとおもったのですが、 なんと7-8人を勝ち抜きして、 猫がもらえることになったのです。 これが、 自分は運がよいとおもった最初です。 私のおじさんの一人は、 太平洋戦争の際、 南方の島で蛇や蛙をたべて生き残りました。 そこで、 自分は運が悪いといっていた人達はみんな死んでいったといっていました。 これと同じ様なことを書いている記事を読んだこともあります。 戦艦が撃沈され、 南方の海を自分には運がついているとおもって漂流していたら救助されたと。 運がないといっていた戦友の多くはおぼれて死んでいったと。
2012年03月04日 01:37
遺産分割協議書を作るという方法もあります。 母の遺産の相続の際、 私はこの協議書で私の相続分を母の面倒をみた姉に譲渡しました。 私は、Webで文例をみて、 自分で書きました。 遺産の移転登記の書類も全部、 私が書きました。 法務局では、 すこしの修正を指示されただけで。 受け取ってもらえました。 なお、 この協議書を作るには相続人全員の合意が必要です。
2012年03月03日 18:58
出向というのは既得権の保持ですね。
2012年03月03日 18:49
> 「日本の社会が、導入にまつわる性格から、常に観念性を指摘されながらも、実は絶えず一定の歴史的背景のなかで課題を受けと」 こういう文章はなんとかならないでしょうか? 英語なら、 完全にアウトですが。 導入されたのは、何ですか? 日本の社会? 社会学? 観念性を指摘されたのは、何ですか? 「一定の」とはどういうこと? 課題を受けたのは、 何?
2012年03月03日 17:26
実は、 私は30歳になっても、 日本語の文章の良し悪しを具体的に判定することはできませんでした。 ところが、 英語で書く必要がおきまして、 米国人のチューターに毎週30分ほど会い、 2年間にわたり書いたものを添削してもらいました。 そして、 直された理由をきいていくうちに、 文章はどのように構成すべきなのかが、すこしずつわかってきました。 そこで、 同じような規則を用いて、 日本語の文も書き直すようになりました。 日本語より英語の方が、 文章の構成規則ははっきりしていますから、 英語の方が文章の構成法は教えやすいかもしれません。
2012年03月03日 16:47
> 1. スバル 2. マツダ 3. トヨタ 4. ホンダ 5. ニッサン 私は、クラッチの取替えぐらいまでの修理は自分でしますので、 大掛かりな修理をしたことがある車種については、 設計・部品の良し悪し、 修理のしやすさ知っています。 20年ほど前は、 マツダの車は外見はトヨタ・ ホンダの車並みでしたが、 設計は全然だめでした。 それが、 トヨタ・ ホンダの車よりよくなりましたか。 これも、栄枯盛衰ですか。
2012年03月03日 16:22
> 旧字体を復活させろ。 次の記事では、 「辺」の旧字体が8個もあげてあります。 どれを、使ったらよいのでしょうか? http://www.oops.co.jp/hanko/itaijiichiran.htm 遺産相続協議書に戸籍簿と同じ漢字を用いよと言われて、 困ったことがあります。
2012年03月03日 16:12
この議論は現在の米国の共和党にもあてはまります。
2012年03月03日 15:48
Ryuichiro Munechika さん うむっ、 おたくもやるね。 私は、 右でも左でも、 冗談がわかる人が一番好きです。
2012年03月03日 15:41
訂正: 赤衛兵 => 紅衛兵
2012年03月03日 15:40
植木等さんについてのWikipediaの記述を引用します。 自他共に認める真面目な性格で、中尾ミエが「毎日同じおかずでも不満を言わないくらい」と例えるほどであったという。『植木等デラックス』ではゲストのさだまさしが、『無責任男』を「植木さんが無理矢理お作りになったキャラクター」と述べたところ、植木は「そうなんだよ、世間はあれが地だと思っているんだよ」と語っている。 父親は、若い頃はキリスト教徒であった。後に浄土真宗の一つである真宗大谷派常念寺の住職となる。 被差別部落出身ではないが、水平社運動に参加した。治安維持法違反の罪にとわれて投獄をされても、積極的に反差別と反戦を貫いて運動をした。少年時代の等は、投獄された父に代わって僧衣を纏い檀家を回るという生活を送っている。 僧侶としての修行をするべく、 東京・駒込の真浄寺へ小僧になるため上京。 「スーダラ節」の楽譜を渡された時には、「この曲を歌うと自分の人生が変わってしまうのでは」と悩んだ。 父親に相談すると「人類が生きているかぎり、このわかっちゃいるけどやめられないという生活はなくならない。 これは親鸞上人の教えに通じている。 そういうものを真理というんだ。 上出来だ。がんばってこい」と諭され、彼は歌うことを決意した。 また、「貧乏人の倅」を自称し、「どん底でも平気だ」と語り、成功前の貧乏時代から非常に明るい。 これが、「スーダラ節」の背景です。
2012年03月03日 15:14
> 市民の前で人民裁判されたら良い 文化大革命です! 紅衛兵に負けないように!
2012年03月03日 15:10
> はるかに多くの労働者が中小企業で汗水たらして働いていたわけで。 この時代でこうした雰囲気のあるものをあげてみます。 あゝ上野駅、井沢八郎 --1964年 喜びも悲しみも幾歳月、 映画の主題歌--1957年 キューポラのある街、映画 -- 1962年 にあんちゃん (安本末子の日記)、ラヂオ放送の映画化 --1959年 忍ぶ川 (三浦哲夫)、小説 -- 1961年 裸の島、映画 -- 1960年 「喜びも悲しみも幾歳月」と「あゝ上野駅」は今でも、 Youtubeで聴いています。