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全感覚投入型バーチャルリアリティーは死の匂い

作者:唯乃なない

 ある日のこと、学校の後、いつもと違う道を通って帰ることにした。

 すると、すれちがった電柱に奇妙な張り紙が張ってあることに気がついた。


『全感覚投入型バーチャルリアリティー装置プロトタイプ完成! 被験者募集中! 連絡先:発明家 町田』


「……なんだこれは」


 町田さんはこの町の有名人だ。

 何度かテレビに出たこともあるし、実際に特許もたくさん持っているらしい。


「へぇ、全感覚投入か……」


 よくお話にあるように、変なヘルメットとかかぶると仮想世界に入れるということなのだろう。

 そういう研究がされているだろうと思っていたが、まさか町の発明家が実用化してしまうなんて。


「全感覚投入……」


 その瞬間、仮想現実の世界に入って冒険やハーレムといった妄想が頭のなかで花咲いた。


「よし、行くぞ!」


 カバンを持ったまま町田さんの家に向かった。



 お屋敷と言ってもいい大きな家が町田さんの家だった。

 お手伝いさんに案内されて地下室に入ると、発明家の町田さんがそこにいた。

 ボサボサの白い髪と汚れた白衣。

 いかにも怪しげな発明家な格好だった。


「はじめまして」


「おお! 早速来たか! 君こそが記念すべき実験第一号だ!」


 いきなりテンションが高かった。

 かなりの歳だろうに、立ち振舞がとてもそんな年とは思えない。

 が、そんなことよりなにより気になったのは、


「え、博士はまだ体験していないんですか?」


 ということだった。


「何を言っているのかね。私が実験の準備をしなければ誰がするというのかね。君が人間としては初体験だ! さぁ、こちらのベッドに寝たまえ」


「に、人間としてはって?」


「マウスや犬や猫で実験はしたが、人間は始めてなのさ。なに大丈夫。きちんと全感覚投入できるはずだ。さぁさぁ、ベッドに寝たまえ」


「は、はぁ、そうですか……」


 ちょっと不安だが、目の前の医務室にあるような白いベッドに横たわる。


「さて、まずは接続準備だ。私のマシンからの信号を君の脳に流し込むと同時に、君の脳から筋肉への信号も遮断しなければならない」


「は、はぁ」


「そのためには、全身の神経切断か神経麻痺をさせなければならないが、どちらがお望みかね? 私としては切断のほうが確実だと思うのだがね」


「せ、切断……?」


 いきなり、とてつもなく危険な匂いがしてくる。


「も、もちろんあとで戻せるんですよね?」


「そんなことは知らないよ。物理的に切ってしまうのだから、少なくとも私には戻せないよ」


「はぁ!?」


 やばい、なんだこの人。

 間違いなくマッドサイエンティストだ。

 あわててベッドから起き上がる。

 このまま寝ていたら大変なことをされかねない。


「そ、それはちょっと……せ、せめて麻痺で」


 逃げ出したほうがいい気がしてきたが、まだちょっと仮想現実に興味がある。

 もう少し様子を見てみよう。


「そうか、麻痺か。ちょっと待ち給え」


 博士は部屋の隅の戸棚をごそごそとあさって、注射器を取り出してきた。


「いやぁ、この薬品の入手にはなかなか骨が折れたよ。医療関係者じゃないと本来手に入らないものだからね」


 ニタニタと笑いながら、注射器に謎の液体を充填していく。

 あ、あれ、なんか大丈夫?

 この人違法なことしてない?


「ちょ、ちょっと待ってください! も、もうちょっと話を聞いてからにしたいんですけど!!」


 液体を充填した注射器を持った博士がこちらに向いて、満面の笑みを浮かべたところでその言葉を投げかかる。

 博士から一瞬笑みが消えて、注射器を机の上に起き、そしてまた別の種類のニタニタ笑いを浮かべた。

 怖!


「なにかね? 私はなんでも説明するよ」


 幸い問答無用ではないようだ。

 全部の情報を引き出したところで、安全なようなら挑戦してみよう。


「あ、あの……麻痺の場合は人体に副作用とかないんですか?」


「いやいや、これは普通の麻酔薬だよ。適切に使えばなにも問題はないはずだ」


 このマッドサイエンティストはどうみても医者じゃないので、適切に使えないんじゃないかという気がする。

 が、少し安心する。

 普通の麻酔だからそこまで危なくはないだろう。


「そ、そうですか……あ、あの、それでどうやって仮想現実に入るんですか?」


 そう聞くと、博士は隣の部屋から針の山を抱えて持ってきた。

 10cmぐらいある長い針の先に色分けした配線がついているようだが、その針がぱっと見数百本はある。


「な、なんですか、それは!?」


「なにって、愚問だね。全感覚投入するには、全感覚の神経とマシンを接続するのだから、そのための電極だよ」


「え……それを体に刺すんですか!?」


 俺が思っていたのとだいぶ違う!

 もっとこう……メガネかけるだけとか、せめてヘルメット被って横になればいいとか、そういうことだと思ったたのに。


「当然だよ。人間というのは桁外れの感覚器を持っているからね。本来は電極が数千から数万は必要なはずなんだが、まだまだプロトタイプでね。とりあえずこれぐらいの接続で試してみようと思うんだ。ああ、神経を狙って突き刺すつもりだけど、ひょっとしたら神経を傷つけてしまうかもしれないから、そのときは許しておくれ」


 今なにげにすごいこと言ってないか?


「神経を傷つけるって……それはどうなるんです?」


「悪くすると全身麻痺かなぁ」


 脳天気な口調でとんでもないことを言う。

 やばい、これは確実に逃げなければならない。


「まぁ、そんなに恐れることはない。全身麻酔をかけるから、刺す痛みはほとんどないよ」


 そういう問題ではない。


「しかし、麻酔がかかっている状態で神経から信号を送り込まないといけないから、ちょっと高めの電圧をかけなければならないんだ。神経がボロボロになるかもしれないが、そのときはそのときと諦めてくれたまえ」


 やばい……この人……やばいよ!


「とりあえず、最初の調整作業の間で5・6回は失神すると思うけど、ちょっとだけ我慢してくれたまえ」


 駄目だ! 絶対に駄目だ! 今すぐここを逃げ出さないと!


「そ、その、参考までに聞きますが、どんな仮想現実に入れるんです? あ、僕はもう絶対にやりませんからね!」


 入りはしないが、純粋に興味があった。

 冒険ができるのだろうか、それとも女の子とにゃんにゃんできるのだろうか。

 自分が体験することはないだろうが、なんとなくドキドキしながら博士の言葉を待つ。


「ふふん。聞いて驚き給え。全身感覚を使ったリアルな体験ができるのだよ。まずはデモンストレーションから始まる。最初に襲ってくるのは全身の痛み」


「……は?」


「仮想現実でこれだけの痛みを感じることが出来るというデモンストレーションだ。その次が猛烈なかゆみ。そして次が灼熱の炎に放り込まれた感覚と、氷点下の世界に裸で放置された感覚だ。皮膚が焼ける感覚や冷たい風が肌の上を吹き抜けていく感覚までかなり忠実に再現できるはずだ」


「な、なんですかそれは……」


 おかしい。それは拷問ではないだろう。


「そしてそのあとは本番だ」


「まだあるんですか」


「本番は炎天下の中、山を登っていくシミュレーションだ。足のだるさ、照りつける日差しの感覚、息苦しさといった難易度が高いシミュレーションに挑戦している」


「登り切ると終わりですか?」


「いやいや、このシミュレーションに終わりはないよ。そこがシミュレーションの凄さだ。どこまで登っても頂上には辿り着かないんだ」


 なにその地獄。


「え、あれ……? ぼ、冒険とか……女の子とか……あ、あれ?」


「なにを言っているのかね君は?」


「ぼ、冒険ですよ! 剣と魔法の世界に入り込むとか……あるいはハーレム……」


「わけのわからないことをいうね。そんな複雑なものを私一人で作れると思うかね?」


 一瞬冷静に考えた。


「ああ、無理ですよね。普通のMMOのゲームだって数十人とか数百人で開発しているはずだし……」


「そんなわけで、君がこれから体験するのは全身の痛みとかゆみと灼熱と」


「いや、体験しません! やりませんから! 絶対にやりませんから!」


「なにを言っているのかね。廃人になるリスクを承知で全感覚投入実験に参加しようと言うんだ。痛みや暑さぐらいは覚悟の上に決まってるよね」


 いや、全然そんなこと覚悟してないです。

 格好わるいヘルメットとかかぶって横になるぐらいの覚悟しかしてないです。


「だ、誰もそんなリスク承知してないですよ!」


「なにをいうのかね。全感覚投入ということは、神経に機器を接続しなけれならないのは理の当然。場合によっては神経が損傷して廃人になる可能性があるなんて、そんなこと誰にでも分かることじゃないか」


 そう言われるとそんな気もしてくるが、少なくとも僕は考えていなかった。


「あはは。こんな茶番はやめようじゃないか。時間が惜しい。さっさと麻酔として電極を刺して……」


「お断りします! お家に返してください!」


 そのまま自分の荷物を掴み、博士を突き飛ばし、僕は町田さんの家を飛び出した。




 数日後、その通りを通りかかると、電柱にまだあの張り紙が貼ってあった。


『全感覚投入型バーチャルリアリティー装置完成! 被験者募集中! 連絡先:発明家 町田』


 この張り紙があるということは、まだ犠牲者は出ていないのだろう。

 僕は誰も見ていないのを確認すると、その張り紙をそっとはぎとったのだった。

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