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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

報酬:飴玉三つ

作者:黒奈 朱衣

 立ち寄った村は凄惨たる有り様だった。


 家は火に明く、道は血に赤く、あぁ斯くも酷いことをする。


 もう聞こえはしないはずの警鐘がガンガンと鳴り響いてやまない。心を落ち着けるように首から下げたお守りを握り締めた。20年前、自分を拾った男の形見。自分を守り砕けた剣の成れの果て。


 辺りには人の影はなかった。盗賊たちはもう既に立ち去っていて、人の影のように見えても、それは人だったものの影。何かが動いても、火の手が落ち着くのを待っている腐肉食い。


 様子を見てくることだけが頼まれた依頼であり、引き返してもよかった。

 ただ導かれるように歩みを進めると、ボロボロに打ち壊されただけの家が見つかる。村の外れにあり、風上だったおかげで火の手が回ることもなかったのだろう。たまたま崩れた梁や柱が矢倉を組む偶然もあった。微かな啜り泣きを頼りに幼い兄弟を救い出せたのは神の思し召しなのかもしれない。


 日の光を見て安心したのか、それとも髭面を盗賊と重ね合わせでもしたか、兄弟はすぐに気を失った。帰りの野営で意識を取り戻したときにはやはり悲鳴を上げられたが、気にしてはいない。泣く子らには剣の腕も、閨の口説き文句も役に立ちはしない。お師様もこんな気持ちだったのだろうか。


 翌日、また兄弟を抱えて歩く。予定では日が真上に来る頃には街につくつもりでいたが、結局辿り着いたのは天と地平の中間まで傾いていた。子どもも2人となると重かったこともあるし、兄のほうが何かと聞いては考え込んでいたからだ。


 寄り合いに顔をだし、依頼の結果を伝える。


「そん子らは村の生き残りか」

「あぁ」

「育てるのか?お前さんみたいに」

「いや、無理だ。幼すぎる。それに俺はお師様のように教える才能がない」

「南の教会に放り込むのか」

「そのつもりだ。懇意にしているし、寄進に色を付ければいいだろう」


 話はそれまでと、立ち去る。纏めの親父が深いため息をつくのが聞こえた。


 南の教会は、一地方の街に置かれているものとしてはそれなりに大きいほうだ。孤児院の代わりもやっていて、かつては帰るべき場所だった。だから顔馴染みも多いし、礼拝日には顔を出す。


「シスター、邪魔をする」

「まぁ、いつの間に私の知らないところで子どもを?」

「村がひとつなくなった。そこの遺児だ。預かってほしい」

「……相変わらずせっかちね。わかったわ。さぁ、いらっしゃい」



 次の礼拝日。預けた兄弟が駆け寄ってきた。弟は兄の陰に隠れるようにこちらを伺っている。兄のほうが話を切り出した。


「おじさん、強いの?」

「そんなことはない」

「でもシスターが、おじさんより強い人は知らないって。少なくともこの街にはいないんだって」

「シスターが知らないだけだ」

「でも、僕もおじさん以外のヨーヘイしらない。とーちゃんは弱かった。僕もとーちゃんよりも弱い。だから、おじさんに悪いやつを倒してほしい」

「傭兵を動かすには、報酬がいる」

「ホーシュー?」

「仕事にふさわしいお金や宝物のことだ」

「お金、宝物……」


 俯いて考え込んでいた兄が取り戻したのは。


「飴玉、か?」

「とーちゃんが誕生日だろって軽くて綺麗な石くれたんだ。ほら、おまえも」


 兄にせつかれて、弟のほうも飴玉を渡してきた。

 街で飴玉が出回るようになったのはここ最近のこと。安くはないが、色をつけた飴玉は子ども向けのお土産に人気と聞く。村にいけば珍しいものなのかもしれない。


 -これは菓子だ、石じゃない。

 -父親の形見だろう、取っておけ。


 幾つかの台詞のその代わりに。

「いいのか?」

なんて言葉が口をついた。

「ヨーヘイにはホーシューが必要なんでしょ。だから、とーちゃんがくれた宝物あげるから……」


 最後には嗚咽混じりになった兄弟と、手の内の飴玉を眺め。


「わかった」


 慰めにはなるだろう。あんなのを見せられては断ることなどできなかった。こんな砂糖菓子で動く傭兵なんていない。それに一人で何が出来る。

 そんな言葉がぐるぐると回る。


 あぁ、スッキリしない。こんな日は酒に限る。





 家の手伝いもほっぱって、川に行っていた日々。毎日ザリガニ釣り、泥遊びをしては怒られていた。


 あの日もいつものように出掛けて、いつもでは聞かない鐘の音を聞いた。イタズラで鳴らそうとすると村長が顔を真っ赤にして怒る、あの鐘の音。

 慌てて帰った自分を待っていたのは、肌にひりつく強烈な熱さ。


 いつしか視点は高くなって、舞散る火の粉の中泣きじゃくる幼き自分をただ見つめていた。


 向こうも、いつしかこちらを見つめていた。


 突き出された掌には、飴玉が1つ乗っていて。


「店閉めるから起きてくれ」


 酒場から追い出された。あの頃は飴玉なんて知らなかったと思いながら。



「あの盗賊について知りたい」

「いきなり来たと思えば酷え顔しやがって。どういう風の吹き回しだ?」

「元からこんな顔だ。少し頼まれた」

「ウチを通さねえで請けたのか。幾らだ」

「飴玉3つ、前金だ」

「ほほぉ。そりゃ随分と大枚叩く奴がいるもんだ。やべえのに目つけられたんじゃねぇだろうな?」


 飴玉。それは砂糖菓子のそれの他に、粒の大きい宝石の隠語として使われる。纏めの親父の勘違いはそのせいだ。もっともその勘違いを正しはしない。


「心配ない。それで?」

「どこまで知りたい」

「数、質、アジト、首領について。あるだけのものを」

「高くつくぜ。対価は?」

「仕事で」

「急ぎか?」

「いや、時間がかかってもいいから確実に頼む」

「そうかい。それじゃあ先に仕事にとりかかってもらおうか」


 纏めの親父から申し付けられた仕事は幾つかあった。

 ある商会の荷馬車の尾行で、2つ隣の街まで歩き。

 都まで行っては、剣闘士の真似事をし。

 余所者にやたら警戒する村があるといい、遠くから監視をする。


「ところで首から下げてるの増えたな」

「お守り、みたいなものだ」

「シスターか?」

「違う」


 そうして幾つかの仕事を片付けて、また寄り合いに戻ると俺に客だという。その風体は傭兵が言うのもおかしいが、カタギの人間には見えない。


「最近なにやら嗅ぎ回っているのがいると聞いてね」

「目障りな犬は処分しに来たと」

「まさか、私は君の味方さ」

「信じられないな」

「殺すなら、他にもやりようがある。姿を現す理由もない」

「……用件は?」

「私は君が探っているところと敵対している。近々ケリをつける予定だが、人手が足りない」

「なぜ俺を」

「君の強さは十分に見せてもらった。私が一人で来たのも下手に気分を損ねて怪我人を出したくないというのが理由さ」

「協力すると思うか?」

「あぁ、当然。奴らはやりすぎた。身内の恥を晒すようだが、先代から当代に変わるときに追い出したどうしようもない連中だ。さっさと野垂れ死ぬと思っていたが、アテが外れた」

「それで?」

「我々は阿漕な商会にしか手を出さないし、人も売りはしない。拠り所のない娼婦も守ってる。1度来い、見て納得できなければ降りてもらっても構わない」

「そんなことを許すのか?」

「カタギの人間を巻き込む負い目もある。それに、許したほうが最終的に協力が得られる。だが時間はない。早く決断してくれると助かる」


 場所を告げ、男は去った。2つになったお守りを弄ぶ。紐を通した柄だけになった剣と、飴玉の入った袋。結局、男の口車に乗った。




 領主様が館を構える街の一角、廃棄された監獄の前。武装した集団と共にいた。とはいえ、裏の人間と思われるのは例の男と数人だけだ。


「少ないな」

「うちの人間は他をあたってる」

「目標はここにいると聞いたが」

「そうだ。話していなかったか。取り返すものがある。そしてそれはここにはないし、間違って他の手に渡すわけにはいかない」

「彼らは?」

「君と同じで因縁ある者さ。足りない人手の代わりだ」

「いいのか?」

「宝探しに混じらせるわけにもいかない。幸いにもやる気はある。尤も、不幸に見舞われたからここにいるわけだが」

「笑えない冗談だ」

「まったく」



 一気に騒がしくなったアジトを走る。「ウチも向こうも喧嘩慣れはしているが、技術持ちは少ない」という男の台詞は、正しかったようだ。隙だらけの盗賊たちを捌きながら進むうちに、いつの間にか先頭に飛び出ていた。そしてついには、一際存在感を放つ男と対峙をしている。斬りかかり、防がれる。振るわれた手斧を躱し、反撃を試みる。


「お前が首か」

「テメェ、カタギの人間だな?」

「まぁな」


 問答する間も攻防は続いた。次第に俺が首領を押していく。


「クソッ、誰に雇われた。報酬は幾らだっ」

「飴玉3つだ」


 手首を切り裂き、手斧が床に落ちる。剣を突きつけた。


「なぁおい、5つでどうだ。悪い話じゃない、寝返れ」

「……ふん、乗ると思うか?」


 価値が違う。


 最後の血が流れ、依頼は果たされた。 



戦闘の文才なく、中身も省いて尻すぼみ。

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