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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

誘拐したら魔法少女

作者:益田 士郎

初投稿です。稚拙ながら楽しんでいただけると幸いです。


この作品は、「唯乃なない(未だ考え中)」様のネタを元にしています。

一度ご覧になることを推奨。

https://ncode.syosetu.com/n3137cg/

「誘拐したら魔法少女」 No.74


金に困った男が街で見かけたおとなしそうな少女を誘拐したところ、その少女が魔法少女だったというストーリー。

魔法少女の周りには悪魔や悪の組織が集まってくるため、誘拐犯は悲鳴を上げながら逃げまわることになる。

なぜか誘拐犯が人質に取られて魔法少女が救うケースも有る。

トップの挿絵は誘拐犯と誘拐犯に手を引かれる少女の絵だが、横に置かれた鏡に写った少女の姿は魔法少女になっている。

感想欄には「むしろ誘拐犯が気の毒になってくる」「誘拐犯が薄幸すぎて泣ける」「誘拐犯=ヒロイン」といったコメントが並ぶ。


ここまでが元ネタです。

どなたかトップ絵描いてください。

 男は金に困っていた。会社をやめて立ち上げた事業の失敗から、あれよあれよと膨らんだ借金。その額三〇〇〇万円。

 普通に考えたら自己破産なりする額だが、借りた相手が悪かった。最初は地方銀行、それが焦げ付いた時に地銀が街金に権利を売ったのだ。



「くそ、いっそ銀行でも襲うしか……」

 それくらい追い詰められていた。男はくたびれたスーツで夏の日差しの中を歩く。

「……やけに子供が多いと思ったら、そうか夏休みなんだな」

 別れた妻に引き取られていった子供の顔が重なる。

「そうか。身代金」

 追い詰められた男の頭には、子供の顔すらも金に見えた。末期である。



「小さい……小学生だな。身なりも良い。あれにするか」

 駅前から少し離れた駐輪場。男が見るのは自転車から降りて歩く少女。白いワンピースに帽子をかぶり、肩にはポシェットを提げている。左手首に小さな宝石のついたブレスレットをして、同じ宝石のついたネックレスもしている。

 男は白い軽乗用車で後ろから近づく。ゆっくりと少女を追いぬくと急ブレーキ。オートマのシフトをDレンジのままサイドブレーキを引く。ガバっとドアを開けて少女を車に引きずり込む。

「きゃ!」

 少女は小さく悲鳴を上げる。そのまま背もたれの倒された助手席に放り出される。

 男は素早く車に乗り込むと少女の手を後ろに縛る。タオルを目隠しにして毛布で被う。ポシェットの中をぶちまけてスマホを見つけると電源を切る。

「ちっ!ガキがいいスマホ持ってんな。やっぱりイイトコの娘だな」



 幹線道路を走る軽自動車。向かうのは少し山間にある、以前借りていた倉庫。鍵はまだ持っている。

「とうとう、やっちまった……」

 今になってヤったことの重大さがこみ上げてきたのか、男の顔色は悪い。

『あーつーいー!』

 助手席の毛布の下から少女の抗議が聞こえる。

「う、うるせぇ!黙ってろ!」

『静かにするからコレどけてー。あ~つ~い~』

 止むことのない抗議に男は毛布をどける。スチャッと左手に100均で買った小さな果物ナイフを握る。

「これが見えるな。ケガしたくなかったらおとなしくしてろ」

「ぶー、わかったよぉ」

 おとなしくなった少女をそのままに車を飛ばす。



「入れ」

 少女は大きな倉庫のドアを開けて中へと連れ込まれる。

「こんなとこで何しようっていうの!?まさか!エロいこと!?」

「お前みたいなガキに欲情しねえよ!金だ!身代金四〇〇〇万いただくんだよ!名前と家の電話を言え!」

「えー、ウチそんなお金ないよ?多分」

「やかましい。宝石付きのブレスレットやネックレス着けて、最新の高級スマホを持ってるガキがいいとこのお嬢様じゃなくてどうだってんだ!?」

「えー、これ宝石じゃないよ?スマホも兄さんのお下がりだし」

「黙れ。連絡先を言え」

 しぶしぶと固定電話の番号を言う少女。



「名前はサイトウ マリカ。でいいんだな?」

「ん。ねぇおじさん?」

「あ?」

 少女のスマホの電源を入れる。男の携帯電話は既に料金未払いで止まっている。

「やっぱり、私を解放したほうがいいよ?こわーいおじさんがいっぱい来るから」

「へ、さすがだなボディーガードもいるのか。だが、日本でこいつを持ってるボディーガードは居ねえよな」

 倉庫の片隅のロッカーから紙包みを取り出す男。中からグリップに星のマークの入った拳銃が出てきた。何かはわかっているだろう少女は口をつぐむ。

「前にここを借りてたやつの忘れ物だ。ちゃんと使えるぜ?わかったらおとなしくしてろ」

 少女のスマホで固定電話へと掛ける。



「はい。マリカ?」

「残念だがお前のところの娘は俺が預かった。無事に返して欲しければ四〇〇〇万用意しろ。また電話する」

「あ、ちょ」

 返事を聞く間もなく切れる電話。

「さて、金の受け渡しをどうするか……」

「あ、おじさん」

 少女が窓を見ながら声をかける。

「なんだ?」

「危ないから伏せたほうがいいよ?」

「は?何言って……」

 バン!

 男がしゃべり切るよりも早く、倉庫の入り口の横の壁が爆発した。



「な?!何が!?」

 砕け散った倉庫の壁からヌッとマダラ迷彩の一団現れた。

 パン!パン!

 男は反射的に一団に向けて発砲!当然その弾は当たることは無く、威嚇にしかなっていなかった。

 だがその一瞬で男は少女を抱え、倉庫の中に止めてあった古い車に飛び乗った。

 キュキュ!とセルモーターの音とともにかかるエンジン。借金だるまになってもメンテナンスを欠かさなかったおかげで快調な旧型車。男が若い時に買った思い出の車だ。



「くそ!」

 入り口はマダラの一団。車は倉庫の奥へ向いている。男は躊躇すること無くマニュアルギアを一速に叩き込み、やかましいホイールスピンをさせながら奥の壁へ加速していく。

 背後でマダラ達が何か叫んでいる。知ったことかと車は壁を突き破る。

 倉庫の背後は急な坂だった。



「うおおおおおおおお!」

「うわわわわ」

 男と少女は道なき坂を転げるように走る車の中で必死にハンドルや窓にしがみついていた。

 ズバン!と茂みを抜けると坂は終わり、舗装路に出た。



「は、ははは!よし!いける!」

 男はシフトを操り、山道を疾走する。幸い車は壊れていないようでそのまま行くようだ。

「ふわー……えらい目に有ったよー」

 少女はシートベルトを握りしめて一息つく。

「おい、あいつらは何だ!?」

「えー、だから言ったじゃない。こわーいおじさんが来るよって」

「怖いの意味が違うわ!ありゃ自衛隊じゃねえか!なんで自衛隊がお前を救出に来るんだよ!」

「んー、知り合いだから?」

「んなわけあるかー!!」

 車内に男の悲鳴にも似た声が響く。





 しばらく山道を走った後、人気のない、閉鎖された道の駅で車を止めた。

「クソ、脅してやる!」

 男はスマホで先ほどの固定電話へと掛ける。

「はい?」

「おう!てめぇ何してくれやがる!死にかけたじゃねぇか!」

「は?何のことだ?……ああ、自衛隊が先についちゃったか。でも電話かけてきたってことは逃げ切ったんだろ?なかなかやるね、おっちゃん」

「やかましいわ!それより金は用意できるのか!?次になんかしたらガキをぶち殺すぞ!」

「俺は何もしないし、とりあえず四千万なんてないぜ?どうすんだよ?」

「知るか!てめえで考えろ!」

 ブツっと電話を切る。



「あー、おじさん?」

「なんだよ」

 少女がシートベルトを外しながら顔を向ける。

「ん?お前いつの間にロープ切りやがった?」

 少女の両手がフリーなのに今更ながらに気づく男。

「まぁまぁ、それは置いといて、あれ」

 少女はピッと男の背後を指差す。

「その手には乗らねぇ。おとなしくしてろ」

「いやいや。ちらっと見て?」

「しつこい!」

 ごん!

 男の背後からドアを叩く音がする。

「……もしかして」

 ゆっくりと後ろを見る。そこに居たのはマダラ迷彩の自衛隊員ではなかった。が。

「Grrrrrrrr」

 唸り声をあげる緑色の肌の猿のような生物がいた。

「な?!」



 ゴブリン。いつの頃からか現れるようになった魔物。

「なんでこんなとこに魔物がいるんだよ!?」

「ちょーっと山に入りすぎちゃったかもねー」

 助手席の少女は、にへっと笑いながら答える。

「うわーーーーーー!」

 男はギアをバックに入れてアクセルオン!ごん!ごん!と何かにぶつかる音がする。

「え?え?もしかして囲まれてる?」

「そうみたい」

 ガラス越しの風景はひしめくゴブリンで埋め尽くされていた。車の前方は踏み潰されたゴブリンの死骸で真っ赤だ。

「ひぃいいいいい!」

 ギアを一速に入れハンドルを右に切り、アクセルオン。ギャギャギャギャギャと後輪駆動のリアタイヤが滑る。なぎ倒されるゴブリン達。それでも雄叫びを上げて迫ってくる。

「おじさんやるね。轢き殺すのに躊躇がない!」

「うるせぇ!」

 ハンドルを真っ直ぐに、そのまま駐車場を出て行く。その間もゴブリンは車に飛びかかっては跳ねられ踏み潰されていく。



「くそ!なんでこんな」

「いやー、いっぱいいたねー」

 ほえほえとした口調で少女が言う。

「あははは。こんなトコで魔物に出くわすなんて、おじさん運が悪いねー」

「やかましいわ!」

 結構なスピードで峠道を走る旧車。すでにボディーは血まみれだった。

「どっかで洗わんと目立ってしょうがない」

「んんー」

 少女が唸る。

「なんだ?トイレか?」

「デリカシーって知ってる?そうじゃなくて、ごめんね?」

「は?なぜ謝る?」

「多分、さっきの魔物の親玉が来るから」

 その言葉が男の脳で処理されるのに数秒を要した。

「へ?」

「あ、来ちゃった」

 ピッとフロントガラスの向こうを指差す少女。そこには身の丈五メートルは有る緑色の魔物がいた。



「うわああああああああーーーーーーー!」

 全力でブレーキを踏む。旧車も旧車。ABSも付いていないそれはタイヤをロックさせ、ボディーを揺さぶる。

 ざざー、とブラックマークを残して辛うじて止まる。そこは魔物の足元。その手にはへし折ったであろう電柱が握られている。

「あああ……もうだめだ……」

「そうでもないよ」

「うるせぇ!ちくしょう!なんでいつもみたいにズバッとやっつける奴が出てこねぇんだよ!」

「それはね」

 少女が胸元のネックレスを握る。

「それが私だから」

 シュバッと少女の全身が光る。眩しさに反射的に目を閉じた男が次に見たのは、車の前に立ちふさがる金髪の少女。白い服と金の髪が風に揺れる。青いセーラーカラーが夏の日差しに映える。



「さて、いつものよりは小柄だね」

 シュピっと宝石のついたステッキを魔物に向ける。

「これなら」

 ステッキの先端の宝石が赤く光る。瞬間光はさながら剣のように伸びる。

「楽勝!」

 ステッキから生えた光の剣を下から切り上げる。反射的に電柱でガードした魔物はその電柱ごと一刀両断された。

「成敗!」

 ズシャッっと崩れ落ちる巨体。くるりと振り向いた金髪がフワリと揺れ、音もなく光の剣が消える。



「さ、行こう。おじさん」

 さも当然のように助手席に座る少女。いつの間にか元の黒髪ワンピースに戻っている。

「……お前……」

「ん?早くしないとこわーいおじさんたちが来るよ?」

 遠くからヘリコプターの音が聞こえる。それが自衛隊かどうかは男にとってはすでにどうでも良かった。今は逃げるのが先だ。と。



 魔物の死骸を避けて再び山道を走る。

「……お前、ストライク・マリーってやつか?」

「うん。あ、ないしょだよ?」



 男は頭痛がした気がする。

 なぜ、よりによって俺はあの「魔法少女」を誘拐してしまったのか。

 なぜ、この少女は俺に付いてくるのか。「あの」魔法少女なら問答無用で逃げ切れるだろうに。

 男の頭の中でグルグルと自問自答が続く。

「おーい」

「くそ……くそ……」

「おーいってば」

「やかましい!」

「あ、聞こえてた?考え事してたら危ないよ?」

「くそ!!!!」



「いやー、さっきのでっかいの。ちょっと半端に倒しちゃったから、多分出てくるんだよね」

「な、まだなんかでてくるのか!?」

 いい加減勘弁してくれ、と、男は心底願った。

「いつもなら、塵も残さずお片付けするんだけど。時間なかったからね。気づかれてると思うんだ」

「誰に?!」

「悪魔……かな?」

「ひいいいいぃぃーーー!」

 車内に男の悲鳴が響く。



「だーいじょうぶ。私が倒してあげるから」

「いい加減にしてくれ!やるならお前一人でやってくれよ!」

「んー、それでもいいんだけどね。魔物のニオイがしみちゃってるから。この車」

 コンコンと鉄板むき出しのドアを叩く少女。



「じゃぁ、ますますどっかで洗わないと」

「あ、無駄~。ニオイって言っても魔法的なニオイだから。洗っても落ちないよ?」

「どーすりゃいいんだよ!」

 車はドンドン山奥へと進む。既に店も家も見当たらない。ただ隠れるだけならこの辺りでも十分だろう。だが、魔物はどこでも現れる。街中だろうと山中だろうと関係ない。ただ蹂躙するために現れる。

 以前は警察や自衛隊が壮絶な銃撃戦で倒していたが、いつの頃か「魔法少女ストライク・マリー」が現れ、魔物退治をしている。今ではその可愛らしい見た目と圧倒的な魔法力で日本に現れる魔物を一人で討伐している。



「魔物って、出現する周期があるの」

「……」

「その間に目を付けた「何か」を探してるみたい」

「何か、ってなんだよ?」

「さぁ?魔物の考えはよくわからないよ。宝石の時もあるし、人間だったこともあるし。一貫性がないのよ」



 車は小さなローカルコンビニの駐車場に止まる。「この先二〇キロ商店なし」と、書かれた立て札が立っている。クソ田舎である。

「話は後だ。俺は喰いもん買ってくる。おとなしくしとけ」

「はーい」

 車外に出ると外装がかなりひどい有様なことに気づく。

「ああ……ひでぇ」

 そのボディは血まみれ肉片まみれでドロドロ。街中だったら秒で通報されていることだろう。



「いらしゃせー」

 ローカルコンビニに入るとやる気のない声が響く。一応店員はいるようだ。

 男はガサガサと籠に食べ物飲み物を詰め込むと、レジでなけなしの一万円を出した。ここで強盗でもして通報されたら奴らが来る。そう思ってのことだ。



 両手にビニール袋を持って店を出る。

「……どういうこった?」

 駐車場の端に止まるその旧車は、数分前の惨状が嘘のように綺麗になっていた。

「あ、おかえりー。暇だったから洗っといたよ」

「どうやって……あ、魔法?」

「正解。楽勝よ」

 ぶいっとピースサインで満面の笑みを浮かべる少女。

「ま、これで目立たなくて済む」

 車内でガサガサとおにぎりを食べる男。少女はサンドイッチをぱくついている。



「さっき言ってた悪魔ってのは絶対来るのか?」

「んー、多分、今晩中には」

「うへぇ。どうするかな。もうお前の身代金なんかどうでもいいわ」

「あはは。魔物に食べられるよりマシだよね」

「うるせぇ」



 山陰に太陽が沈む。

「くそ、悪魔なんか、どこへ逃げりゃいいんだ」

「とりあえず元の街へ戻ったほうがいいかな」

「俺が捕まるわ」

「だよねぇ」

 時折、少女が目を閉じて考えこむようにしている。だが寝ているわけではないようだ。



 それからしばらくは何もなかった。自衛隊も魔物も、もちろん悪魔も。何も来なかった。

「すっかり暮れちまった。このまま山越えて隣の県まで行くしか無いか」

「んー、無理。かな」

「は?なにいって……うお!?」

 車の前方に光る物が見えた。街中なら自転車か人かといったところだろうが、山道で夜中に光るものは動物と決まっている。男はブレーキを掛けてハンドルを微妙に操作する。予想されるサイズを避けるように。が。

「ひぃ!」

 ライトに照らされたソレは、動物ではなかった。もちろん人でもなく自衛隊でもない。全力でブレーキを踏む。ガクンと止まって、エンジンも止まってしまった。いきなり静かになった車外から声が聞こえる。



「くっくっく。こんなところまで逃げるとは。臆したか。ストライクマリー」

 声のヌシは見るからに悪魔、といった黒い肌、黒い羽の魔物だった。

「あー、またあんたか。いい加減しつこいよ」

 シュバッと光るとそこには金髪碧眼セーラーカラーワンピースのストライクマリーが居た。



「くそ!くそ!くそ!」

 キュキュキュキュとセルモーターの音が響く。だがエンジンはかからない。

「なんでかからないんだよ!」

 バン!とハンドルを叩く男。



「いつもはお前一人なのに今日は連れがいるのか」

「どうでもいいでしょ。さっさとかかってきなさい」

 ステッキを構えて煽るマリー。

「くっくっく。いつもの様に素直に行くと思うなよ?」

 悪魔がバサッと翼を広げる。ヘッドライトに照らされたその姿は、禍々しい以外に表現のしようがない。男はその姿を見て運転席で固まっていた。

 そして、次の瞬間。男は消えた。





『お前はマリーのなんだ?』

 不意に男の耳元に、男とも女ともわからない声が響く。悪魔の声だと気づいたのは自分が暗闇に落ちていくのを認識してからだった。

「え?なんだここは?」

『お前はマリーのなんだ?』

 再びの悪魔の声。

「お、俺はただの誘拐犯……だ」

『ほう?マリーを誘拐したのか?』

 やや嬉しそうな悪魔の声が響く。

「そうだ。だから、俺に人質の価値はない」

『はっはっは、そうかもしれんな。普通ならそう思うだろう。だが』

 暗闇が男を握りしめる。さながら大きな手で一掴みにされているようだ、と。

『それでもストライク・マリーにはお前が人質になりうる。ヤツはそういうやつだ』

「くそ……死ね。このクソ悪魔」

『はっはっは。呪いの言葉は我らの力。いくらでも毒ずくがイイ』

 ギリギリと締め付けられる男。気が付くとその体は宙に浮いていた。自分の車の上、マリーが綺麗にしてくれたボディが光る。



「おじさん!」

「くっくっく、こいつが五体満足で居てほしかったら、おとなしく私とともに来い。ストライク・マリー」

「むー、おじさんになにすんのよ!」

 マリーはステッキを構えるが、男がいるために魔法が撃てない。光の剣も大雑把にしか切れないので男を巻き込んでしまう。マリーはギリッと奥歯を噛む。

「はっはっは、お前のその悔しそうな顔。実に気分がいい!」

 悪魔は更に男を握りしめる。

「ぐ、がぁあああー!」

 たまらず悲鳴を上げる男。

「おじさん!」

 とっさに悪魔に飛びかかろうとするマリー。だが。

「くるんじゃねぇ!」

 ビクッとその声に体が止まる。

「俺なんかほっといていいんだ!俺ごとこいつを切れ!」

「な、何を言ってるんだお前は?死ぬのが怖くないのか?」

「やかましいわ!このクソ悪魔!マリー!とっととやれ!」

 悪魔が動揺する。怨嗟呪いは悪魔の力だが、勇気は悪魔の毒だ。たとえソレが無謀な蛮勇であろうとも。

「くっ、おじさん!ごめん!サテライトビーーーーーム!」

 ステッキから伸びる赤い光。ソレ自体は無害なレーザー光に近い。だが、それは照準だった。



 現地の上空二〇〇キロ。成層圏ギリギリを飛ぶ衛星が、機体内に貯められた電力を一気に熱線に変えた。狙うはマリーのレーザー照準が当たる場所。まさに悪魔の脳天直撃だった。



 天から文字通り光速で撃たれたソレは、音もなく悪魔に直撃した。

『ギヤぁああァァァあ!!!』

 とっさに悪魔が手から男を離す。予期せぬ直上からの熱線攻撃。いくら物理攻撃耐性が高い悪魔でも、頭頂部を焼かれてはたまらない。

『グワァぁアアぁぁ!』

「はっ!」

 素早く男を回収するマリー。

「おじさん!無事?ケガはない?」

 泣きそうな顔で男の心配をするマリー。男の眼前には曇りのない碧眼が光る。

「あ、ああ、なんともない」

「……よかった」

 男はよく見れば自分がマリーにお姫様抱っこで抱えられているのに気づく。



「……とりあえずおろしてくれ」

「あ、ごめーん」

 トンと降ろされた男は熱線で焼かれて燃える悪魔を見る。

「死んだ……のか?」

「んー」

 ステッキを構えるマリー。光の剣が伸びる。ヒュンと剣を振る。ズバッと悪魔の首が燃えながら飛ぶ。

『Gaaa!』

「やっぱり生きてた。しぶといのよこいつ」

『Gu……く、マリー……今回はこのくらいで引き上げるとしよ……』

「とっとと消えなさい!」

 ステッキから光の玉が飛び出す。悪魔の頭が「じゅ」と音を立てて、消えた。





「……あー……ありがとう?」

 例を言っていいのか、非難していいのかわからなかったが、とりあえず礼を言う男。

「ん、ごめんね。無茶させちゃったね」

「全くだ……お前、いつもこんなことしてたんだな」

「そうでもないよ。いつもは昼間のみたいな小物退治ばっかりだよ」

 マリーは平気な顔で言う。



「さて、どうする?おじさん」

「あー……すまん。自首するわ」

 男は、こんな小さな娘が命がけで戦っているのを見ると、自分が情けなくなってきた。

「え?ああ、多分事件にもなってないと思うよ?」

「へ?」

 男がしたのはれっきとした誘拐であり、身代金の要求もした。普通なら問答無用でお縄だ。

「最初の自衛隊さん達は、ホントに「知り合い」なの。普段の私を護衛してくれてるの」

「……自衛隊が護衛に……いるのか?」

「だよねー」

 マリーは苦笑いを浮かべる。

「だから、おじさんのことが事件化すると、私のことも表面化するから。だからおじさんは捕まりません。たぶん」

「そうか。すまん。このことは一生黙っとくから。ありがとう」

「お礼はこっちだよ。おじさんが悪魔の気を引いてくれてたから、衛星砲が撃てたんだし。おたがいさま、ってことで」

 男は頭を抱える。

「いいのか?」

「いいの。あ、おじさん身代金四〇〇〇万とか言ってたっけ?」

「ああ、正確には三〇〇〇万だけどな」

「あ、サバ読んだんだね。わかる」

 マリーはそう言うと悪魔の燃えカスをステッキでがさがさと探る。灰の中から手のひら大のガラス球が出てきた。



「あった。これ、二級悪魔の魔石。売ればソレくらいにはなるよ」

「……へ?」

 はい、と渡されたガラス球のような魔石。魔法力の元。魔物に対抗する武器の元。弾丸でも剣でもこれを含むと魔物に対する威力が跳ね上がる。今の世の中では引く手数多だ。



「ちょ、こんなデカイのさばけねぇって!」

「じゃぁ、あの人達に売ったら?」

 クイクイと指差す方向にバタバタとうるさいヘリの回転翼音が聞こえた。

「逆に捕まるわ!」

「だーいじょぶ。私が口聞いてあげるから」

 ポンポンと男の背中を叩くマリー。

「お、お前……ほんとに正義の味方か?」

 男は呆れた顔でマリーを見る。



「あら、私「正義の味方」って言ったこと無いんだけど?」

「じゃぁなにモノだよ」

 マリーはクルッと体を回す。ふわりとスカートが開く。ビシッとステッキを構えて言う。



「私はマリー!自らの正義を貫くもの!魔法少女ストライク・マリー!」





「はは、善悪関係なしかよ……最強だな……」

 ヘリから山道にロープで自衛隊員が降りてくる。屈強な隊員に左右からがっしりと確保された男。

「あ、おじさんいじめちゃだめだからね!」

「わかっとるよ。マリーは早く帰りなさい。ウィザードが待ってる」

「はーい。じゃぁね!おじさん!」

 ひらひらと手を振り、空中のヘリにジャンプで飛び乗るマリー。そのままヘリは飛び立っていった。



「さて、あんたは基地で事情聴取といこうか」

 胸の星が多い隊員が男の肩をバンと叩く。



「なぁ、なんで自衛隊が魔法少女とつるんでんだ?」

「ソレを聞いたら、あんたは元の生活に戻れなくなる。それでも聞くか?」

 隊員の目と声が本気だった。

「いや、やめとこう」

「それがいい」



 遅れてやってきたデカイ四輪駆動車に男は詰め込まれた。

「俺の車、壊さんでくれよ」

「ああ、あんな状態のいいS30を壊させるもんかよ」

「助かる。唯一の財産だ」

「いい車だ。大事にしな」

 バンとドアが閉じられる。窓越しに自分の車を見る男。ライトに照らされてキラリとボディが反射する。

「……あんなに綺麗だったかな?」

「なにか?」

 横の隊員が声を掛ける。



「いや、なにも。俺の車はかっこいいなと思っただけさ」

「魔法少女が磨いてくれたからな。よかったな」

「……へ?」

 去り際に車も綺麗になおしてくれたらしいことを男が知るのは随分後のことである。







 キュキュ……ボボボボボボ。

 山間に古いエンジン音が響く。



 誘拐未遂から数年後。男はあの山間の倉庫にいた。

 魔石を自衛隊に売った金で借金を精算し、残った金で旧車のレストア屋を始めた。

 元々車いじりが好きだったことも有り、以前と違って順調そうだった。

「社長、今日もS30は絶好調ですね」

「当然さ。なんてったって魔法少女の乗った車だ。万全にしとかなきゃな」

「相変わらず魔法少女好きですねぇ」

「ほっとけ」



 男はいつ会うとも知れないマリーのために車を整備して、綺麗にする。

「ま、ムリだろうけど」

「そうでもないよ。おじさん」

 その声は頭の上から降ってきた。

「え?」

 見上げるとそこには数年前と変わらない少女が箒に乗って浮いていた。



「マリー」

「久しぶりー」

「……ありがとう」

 男は浮かぶマリーに手を出した。ゆっくりと降りてくるマリー。男の手を握る。

「なんのことやら?」

「うん。今はそうしとこう」



「で、今日来たのはね」

「またなんか出たのか?」

 男は冗談で言ってみた。

「びんご!」

「え?」

「ごめんねー。前の悪魔の息子ってのがでてきてさー。狙ってんの。おじさんを」

「え?え?」

「いやー、悪魔ってしつこいっていうか、粘着っていうか。だから、逃げないと」

「え?え?え?」

「いっくよー!」

 さっと車の助手席に乗るマリー。



「さ、はやくはやく。わたし運転できないのよ?」

「ああ、え?」

 反射的に運転席に乗る男。

「ちょ、社長!」

「すまん!後頼む!二、三日で帰るから!」

「しゃちょーー!!」

 ズボボボボとエンジン音を響かせてマリーと男は悪魔から逃げる。



 それから、男が帰ったのは、一週間後だった。





「ごめんねー?」

「マリー……勘弁して……」

「ごめんねー」



 終わり。

楽しんでいただけましたでしょうか?


構想三ヶ月。執筆六時間。

まともな小説は高校以来……疲れました。


ジャンル違い等がよくわかりませんのでご指摘ください。

ありがとうございました。

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