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辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる 〜愛されながら成り上がる元魔王は、人間を知りたい〜 作者:千月さかき

第2章

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第37話「元魔王、夜の王都を駆ける」

 その日の夜。

 俺は王都の空から、王宮を眺めていた。


「ニールは無事、西の宮に入ったようだな」


 確認してからゆっくりと高度を下げ、俺は建物の屋根に着地する。

 ここは王宮から少し離れた住宅地。

 宿舎を抜け出した俺は、夜の王都を散歩していた。


 王都だけあって夜も人が多い。町の灯りも、この時間になっても消えない。

 特に目立っているのが王宮だ。

 一定間隔で警備兵が巡回していて、まわりは魔力の灯りで照らされている。

 遠目で見ても、そこが重要施設だとよくわかる。


「しかも中央と東の宮殿(きゅうでん)には、魔力の警報装置があるのか。すごいな」


 目をこらすと、王宮の上に魔力の(ライン)があるのが見える。

 それが組み合わされて、宮殿を囲む(あみ)になっている。


 たぶん、触れると警備担当の魔術師に知らせが行く仕組みだ。

 王都には魔術師がうようよいるからな。王宮に使い魔や魔術師が侵入してくるのを警戒するのは当然だ。それはわかる。


 でも、アイリスがいる西の宮殿には、警報装置がほとんどない。

 建物のまわりに、魔力の線が数本あるだけだ。


 西の宮殿は側室の子どもが住む場所と聞いているけど……あんなセキュリティで大丈夫か。

 王家の子女の居住区なんだし、中央の王宮並のセキュリティにすればいいのに。

 どうせその状態でも、俺と、俺の使い魔は普通に通れるから。


「西だけ警備がゆるいのは、なにか理由があるのか? だとすると、俺の方でアイリス用の使い魔をもうひとつ作っておくべきだろうか。あとは、いざというときの脱出ルートも──」

逃亡(とうぼう)されるのですかー? ご主人ー』


 俺の側に、コウモリのディックがやってくる。


『王都を脱出されるなら、お供しますよー』

「ローデリアにも言ったけど、それは最終手段だよ。ディック」

『やっぱり「古代器物(こだいきぶつ)」をたくさん集めますかー?』

「ふたつでいい。俺はグロッサリア男爵家(だんしゃくけ)を、侯爵家(こうしゃくけ)にするつもりだからな」


 それがいちばんてっとり早い。

 グロッサリアの家が侯爵家になれば、王女のアイリスが相手でも結婚できる。

 その後しばらく経ったあとで、俺とアイリスが旅に出て、なにかの事情でふたり仲良く行方不明になるのがいいだろう。


 俺もアイリスも、そのうち(とし)を取らなくなる。

 その上、面倒な過去を抱えてる。

 ふたりとも、あまり長い間、人間の世界にいるのは危ない気がするんだ。


「オデットには怒られそうだけどな」

『オデットさま、良い方ですかー?』

「ああ。アイリスと一緒に不老不死になって欲しいくらいだ」

『不老不死、ですか?』

「ディックはなりたいか?」

『よくわからないですー』

「俺は、人を不老不死にできる『古代魔術』『古代器物』があればいいと思ってる」


 少なくとも『誰かを転生させる』古代器物は存在する。

 つまり、古代器物は生命を扱うことができるってことだ。

 だったら、誰かを不老不死にする『古代魔術』や『古代器物』があってもおかしくない。


「昔、俺もそういう魔術を研究してたことがあるんだよ。でも……結局、できたのは人を健康にする魔術くらいだった。ほら、俺以外にも不老不死がいたら、俺もそんなに目立たなくて済むだろ。家族が俺より先に死ぬところを見なくて済むようになるし」

『ご主人はすごいことを考えますねー』

妄想(もうそう)みたいなものだけどな」


 俺は『身体強化(ブーステッド)』状態で助走を付けて、ジャンプ。

『飛行』スキルで屋根から屋根へと移動する。


 (となり)をコウモリのディックが飛んでる。他にも数匹のコウモリがついてくる。

 王都でディックたちが見つけたコウモリ仲間だ。


 彼らが群れをなして飛び、いい感じに俺の姿を隠してくれる。

 偵察(ていさつ)も担当してくれるから、王都の衛兵に見つかることもない。

 俺はそのまま、自分の宿舎に向かった。







「ここまででいい。ありがとう、コウモリたち」


 俺は宿舎近くの建物の屋根から、地面に降りた。

 役目を果たしたコウモリたちは、ディック1匹だけを残して飛び去っていく。


 宿舎の部屋には、まだ灯りが点いてる。

 先に寝てていいって言ったのに、マーサとレミー、まだ起きてるのか。

 玄関の鍵は掛かってるはずだから、また飛んで、2階から入るか。


 そう思ったとき──(となり)の宿舎の扉が開いた。

 反射的に建物の陰に隠れる。


 隣の宿舎から出てきたのは、オデットだった。

 金髪が月光を反射してるからよくわかる。フードで顔を隠してるけど、髪は隠しきれてない。

 彼女はついてこようとする執事に手を振って歩き出す。

 その隣の宿舎──って、俺のところか。


「どうした、オデット」

「────きゃ!?」


 オデットが飛び上がる。

 彼女は涙目で俺の方を見て──


「……ユウキ。人をおどかすものではありませんわよ」

「ごめん。そういえば足音を消してた」

「どういう歩き方ですの。というか、どこに行ってましたの?」

「夜の散歩だよ」

「夜道は危ないですわよ?」

「大丈夫。夜道は通ってないから」

「なるほど。それなら安心ですわ」

「そうだな」

「……ん? あれ? なにか話がおかしいような……?」

「それより、オデットこそどうしたんだ。こんな時間に」

「そ、そうでした。『魔術ギルド』から、書状が届いたのですわ。2通も」

「2通も?」

「ユウキの方にも届いていると思いますわ。1通は魔術師のデメテルさまから、『聖剣の洞窟(どうくつ)』で起きた『死霊司教』による襲撃事件(しゅうげきじけん)についてと、ガイエル=ウォルフガングの使った『古代魔術』についてです」

「……あれか」


護衛騎士(ごえいきし)選定試験』のとき、俺とオデットは死霊に襲われた。

 奴は自らを『聖域教会』第7司教ログニエルと名乗り、聖剣を奪おうとした。


 結局、俺が聖剣リーンカァルで奴をぶった斬って消滅させたけれど、同じ騎士候補生だったガイエル=ウォルフガングが奴を召喚した理由はわからなかった。

 魔術師デメテルとバーンズさんは、聖域教会の崇拝者(すうはいしゃ)がいるって言ってたっけ。

 その調査結果が出たってことか。


「もうひとつは護衛騎士の叙任式(じょにんしき)についてですわ」


 オデットは丸めた羊皮紙(ようひし)を手に、俺を見た。

 夜目にも少し、青ざめているのがわかった。


「アイリス殿下と同時に、護衛騎士に任命する王家の方がいますの」

「殿下と同い年の王子王女がいる……いらっしゃるということか?」

「ええ。第4王女のサルビアさま。文字通りの第4王位継承者で、嫡子(ちゃくし)の方ですわ。その方もアイリス殿下と同い年で、護衛騎士を任命する権利がありますの」

「その方も護衛騎士を? でも、俺や殿下とは関係ないんじゃ……?」

「…………サルビア殿下は、アイリス殿下が護衛騎士を任命することを聞いて、自分も……と、おっしゃったそうですわ。(うわさ)ですけれど」


 ……なんだそりゃ。


「オデット……前に教えてくれたよな。アイリス殿下が、その体質が原因で、異母兄妹から見下されてきたって。もしかして、サルビア殿下というのは……?」

「話が早いですわね。つまりは、そういうこと(・・・・・・)ですわ(・・・)


 誰かに聞かれるのを恐れるように、オデットは俺に顔を近づけて、言った。


「わかった。そういうこと(・・・・・・)、か」

「ええ、その上サルビア殿下は互いの護衛騎士を魔術で競わせるおつもりだそうです。だから、『魔術ギルド』から書状が来たのですわ……」

「……面倒なことになってきたな」

「同感ですわ」

「わかった。少し相談したいんだけど、いいかな?」

「もちろん。わたくしもそのつもりで参りました」

「助かる。うちの子はもう休ませてやりたいから、お茶は出せないけど」

「構いませんわ」



『キュキュ?』



 夜の中で、小さな鳴き声がした。

 宿舎のドアの横に、銀色のキツネがいた。レミーだ。


 ドアが開く音はしなかったけど……あ、二階の窓が開けっぱなしだったか。

 レミーはそこから出てきたらしい。話し声が聞こえたんだろうな。


「レミー。マーサはまだ起きてる?」

『おちゃのじゅんび、してるー』

「寝ててもよかったんだよ?」

『ごしゅじんと、一緒がいい』

「悪いな」

『そんなこと、ないよー』

「……『きゅきゅ』としか聞こえませんが、なんとなく言ってることはわかりますわ」

「すごいなオデット」

「お名前はレミーちゃん、でしたわね」

『キュキュ?』


 オデットが呼ぶと、レミーは彼女の足元に近づき、お辞儀(じぎ)をした。


『ごしゅじんの、お友達?』

「夜分遅くに申し訳ありませんが、お邪魔しますわ」


 会話は、微妙にかみ合ってなかったけど。


 そんなわけで、俺とオデットはレミーを連れて、宿舎に入った。

『死霊司教』についての情報と、サルビア殿下について、少し話をしておこう。

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