演劇人が五輪を運動会と表現したり、元アイドルのライターが、不平不満をぶちまけたりするのは、何となく日韓の架け橋になりたいなどと言っている人たちの根っこと同じだろうって思っている。それは自分のしていることは「良いこと」だと何の疑いもなく信じ切っているということ。
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会話
返信先: さん
演劇人にしろ、ライターにしろ、架け橋中毒患者にしろ、これらは、すべて他者が審判というか面白いだとか、意義あることだというのなら、分かるんだよ。しかし、上記の人たちは、自分で僭越にも一線をこえて審判して、受け手に評価を強要するという愚を犯している点があるんじゃないのかな。
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演劇や文章を書くなんて、まず好きだというのが基本じゃないのかね。少なくとも今東光和尚の文章を読んでいるとそう思うねえ。有名になりとか、金を儲けたいとかはあまり意識していない感じ。しかし、上記の人たちは、ある者に、訓戒を垂れたい気持ちで満ち満ちているようにみえるんだよ。
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菊池寛は、今東光が金を儲けたいとして、純文学を放擲して、通俗小説を積極的に書いたと記している。菊池寛は葛西善藏のような家族を創作の犠牲にしてしまうような態度を良しとせず、生活があって、はじめて作品があるんだっていったというねえ。
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