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元事務次官熊沢被告はなぜここまで擁護されるのか

エリート官僚の殺人犯は、徹底して弱者への想像力がなかった

杉浦由美子 ノンフィクションライター

熊沢被告のメンタルの強さ

 今回の事件で、やはり、官僚として次官にまで上り詰めるような人はメンタルが強いなと改めて痛感した。BSE問題の時も、自分の対応ミスで感染を拡げ、自殺者まで出したのに、熊沢被告は満額の退職金8874万円を受け取り、天下り先まで探していた。天下りはさすがにうまくいかなかったが、数年後にはチェコ駐在大使になっている。

 今回も息子を殺す前に、ネットで「殺人 執行猶予」と検索していたという。殺す前から、息子の家庭内暴力や自分の献身を訴えれば、情状酌量で刑務所に入らずにすむのではと調べていたようにもみえる。「役に立たない人間をひとり殺したぐらいで、この私が刑務所に入るべきではない」という考えがみえ隠れするように思うのは私だけだろうか。

 一方、娘はこの父親のしたたかさを受け継げなかった。彼女が強い人間であったら、実家と断絶し、事情を理解してくれる男性と結婚することもできたろう。それができずに彼女は自殺した。

 BSE問題の時の女性獣医師もそうだ。彼女は食肉処分場で牛の生体検査を担当していた。牛を目でみて異常がないかをチェックする検査で、それだけでBSEと判断するのは非常に難しいという。

 この獣医師は「自分が検査してBSEと判断できなかったことに責任を感じている」という主旨の遺書のようなものを残していた。この女性に「目でみただけで感染しているかなんて分かるわけない。私は悪くない」と開き直れるメンタルの強さがあれば、自殺しなかったはずだ。強者が弱者を犠牲にしながら生きのびる。この非情な現実を、今回の事件を通して私は再認識した。

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筆者

杉浦由美子

杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ) ノンフィクションライター

1970年生まれ。日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒業後、会社員や派遣社員などを経て、メタローグ社主催の「書評道場」に投稿していた文章が編集者の目にとまり、2005年から執筆活動を開始。『AERA』『婦人公論』『VOICE』『文藝春秋』などの総合誌でルポルタージュ記事を書き、『腐女子化する世界』『女子校力』『ママの世界はいつも戦争』など単著は現在12冊。

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