第31話「元魔王、前世の敵と出会う」
──ユウキ視点 (数分後、洞窟の奥)──
行き止まりだった。
通路はここでストップ。枝道もなにもない。
ということは、ここが洞窟の一番奥か。
「はぁ……はぁ。他の2人は、まだ、来てないようですわね」
「やっぱりここがゴールでいいのか」
「そうですわ。なにか不審な点でも?」
「聖剣の洞窟って聞いてたから、そういうものがあるのかと」
「ありますわ。ほら」
オデットは壁の隅を指さした。
岩壁から、剣の握りの部分が突き出ていた。
「これが聖剣?」
「封印されていると言ったでしょう?」
「どうしてこんなところに」
「聖剣の力を恐れた司祭により、ここに埋め込まれたと言われています。剣の本体を見たものは誰もおらず、そもそも抜くこともできないのだとか」
「かなりやばい『古代器物』みたいだな」
「上位の魔術師たちも放置しているんですもの、わたくしたちには関係ありませんわ」
オデット=スレイは肩をすくめた。
「それより、試験はわたくしたちの勝ちです」
「ああ。おつかれさま。オデット」
「……いえ、わたくしは普通に走っていただけですので」
「途中からアンデッドの動きがおかしくなったからなぁ」
「ええ……動きが止まっておりましたものね」
洞窟の半ばを過ぎてから、アンデッドは俺たちを無視するようになった。
まるで、アンデッドにしか聞こえない声を聞いているかのように。
「とにかく、これで試験は終了ですわ。魔術師のデメテルさま。ごらんになっていますか? 勝利したのはオデット=スレイと、ユウキ=グロッサリアですわよ!」
オデットはあちこちに向かって手を振ってる。
魔術師デメテルの使い魔がどこかにいるはずだけど……。
『オオオオオオオオオオオオオォ!!』
代わりに、入り口の方から、声がした。
ジルヴァン=キールス……いや、ガイエル=ウォルフガングか……?
「おや、あとの2人が来たようですわね。残念でした。ここはわたくしとユウキが──」
「動くな! オデット」
誰だ? こんなどす黒い魔力を漂わせてる奴は。
「近づいてくるのは、ジルヴァンでもガイエルでもない」
「なにを言ってますの!?」
「あれはゴーストだよ。いや、正確には、ゴーストに取り憑かれた誰かだ」
「…………!?」
オデットが剣を構えた。
俺の言いたいことがわかったらしい。
「なんですの、この魔力。死者にしては強すぎですわ」
「上位のゴースト……レイスかスペクターだろうな。足音は聞こえる。誰かが取り
通路の角から、灰色のローブをまとった人影が現れた。
ガイエル=ウォルフガングだ。
背後には……ドクロのような影が浮かび上がってる。
『我ハ……「聖域教会」第7司祭──ログルエル──』
影は言った。
『我らが残した、いにしえの「古代魔術」での召喚に応じ……やってきた。我らが見つけ出した聖剣ヲ──返してもらおう──か』
「『聖域教会』の……司祭ですって!? だれがここで召喚魔術を!?」
『道をアケロ──殺すゾ』
ガイエルの周囲に、氷の刃が浮かび上がる。
さすが霊体。発動が早い。
奴ら、魔力を垂れ流しにしてるからな。魔術にダイレクトに魔力供給できるのか。
「────きゃ!?」
「さがれ、オデット!!」
俺は『
氷の刃を、超反応でたたき落とす。
『ホォ…………この時代の魔術師も…………なかなかヤル』
「……死人が、生きてる奴に迷惑かけんじゃねぇよ」
『聖域教会』の第7司祭。
……そういえば男爵領で、教師カッヘルがこいつらを召喚する『古代魔術』を使おうとしていたな。そのために奴は、ゼロス兄さまの魔力を利用していた。結局、魔術は失敗し、『聖域教会』の司祭は現れなかったが。
ガイエルはそれと同じような『古代魔術』をこの場で使ったのか。
この巨大ダンジョン『エリュシオン』では、かつて『聖域教会』の連中が命を落としたと聞いている。つまり、奴らの魂はこの場所に残ってる。召喚の『古代魔術』を使えば、ゴーストとして呼び出せる可能性は充分にある。必要な魔力だって少なくて済むはずだ。
だが……どうしてガイエルはこいつを呼び出した?
事故か? それとも誰かに命令されたのか?
俺が生きてた時代の奴か、それともその後に任命された奴か。
いずれにしろ……うっとうしい。
『聖域教会』……前世の俺を、さんざん化け物扱いして──追い詰めた奴が────ここに。
「そいつに近づくな! ユウキ=グロッサリア、オデット=スレイ!!」
「お嬢様の試験で死人を出してなるものかぁああああっ!!」
叫び声が聞こえた。
同時に、スケルトンが吹っ飛ぶ音も。
アンデッドの群れの向こうに、魔術師デメテルとバーンズ将軍がいた。
デメテルは魔術を放ち、バーンズは斧を振り回しながら、こっちに向かって来る。
「将軍は道を開いてください。自分があの
「承知!!」
バーンズ将軍が長柄の斧を振りかざし、スケルトンの群れに突っ込む。
『ギィアアアアアアアア!!』
絶叫とともに、スケルトンとゴーストが消えていく。道が開く。
そこを、魔術師デメテルが駆け抜けた。
「我が生徒に近づくな、死霊! 発動『
デメテルの魔術が発動した。
地面から生まれた鉄のイバラが、ガイエル=ウォルフガングの身体を取り巻く。
死霊ごと奴を絡め取ろうとして──
『愚劣』
「──な!?」
死霊司祭が生み出した
『この時代ノ魔術とはこの程度カ。発動も遅い。威力も足りない』
「…………うぅ」
『やはり我ラ「聖域教会」ガ導かねばナラヌナ!!』
暴風が、渦を巻いた。
立っていられないほどの風が、魔術師デメテルとバーンズ将軍を吹き飛ばす。
さらに魔術師は魔術で、洞窟の天井を撃ち抜いた。
岩が崩れ、魔術師デメテルとバーンズ将軍の前で壁となる。
「ユウキどの! オデット=スレイ!!」
「研修生になにをする気か、死霊!!」
『人間などに用はない。我が望みは、奪われた「古代器物」の奪取のみ』
死霊が、骨だけの顔で笑う。
『そして、我々「聖域教会」が人々を導くのだ。人類の進化のために──』
「黙れ」
俺の短剣が、死霊の腕を断ち切った。
『──イツノ間に!? 小僧!?』
「死者が生きてる人間に迷惑をかけてんじゃねぇ。消えろ。死霊」
やっと動けた。
オデットとは同盟関係にあるからな。
暴風が治まるまで、彼女を抱えて伏せてなきゃいけなかった。
『我ヲ斬れるということは、銀の武器カ!?』
死霊司教が、笑った。
俺が斬った腕が、ゆっくりと再生していく。
『ガ、この程度では効かぬナァ。我ハ偉大なる第7司祭──』
「スキル発動『浄化』」
じゅ、っと、音がした。
霊体の手首から先が、蒸発した。
『ギィアアアアアアアアア! キサマ、な、ナニヲおおおおおおぉ!!』
死霊司教が絶叫した。
俺の『魔力血』は、身体から離れても一定時間は、自由に操作できる。
ゴーストに血液を付けて『浄化』スキルを発動すれば、その部分を消し去ることだって可能だ。
『オマエ──ナンダ!? ナンナノだオマエは!!』
「哀れな姿だな。第7司祭とやら」
『…………アア?』
「ひとのことを化け物だの、吸血鬼の王だの言って排除してきた奴らが、今じゃその姿かよ。なにやってんだよ、人間!」
『ナンダ? オマエはナニヲ言っている!!』
「やかましい! 過去の生き物はさっさと消えるか、迷惑にならないようにどこかに行け!!」
俺は地面を蹴り、飛んだ。
死霊の首めがけ、短剣を振り上げる。
『フザケルナアアアアアアアアア!!』
奴の周囲に氷の刃が生まれ、こっちに飛んでくる。
それをぎりぎりで
「ユウキ!!」
「大丈夫だ。オデット」
ちょっと左腕を斬られて、血が出ただけだ。すぐに治る。
『ど、ドウダ。調子にノルナ! 小僧!!』
「──『浄化』」
再び浄化スキルを起動。
俺の返り血を浴びたガイエル=ウォルフガングを『浄化』する。
『──ウ、ウガアアアアアアアアアァ!!』
死霊司教が、ガイエル=ウォルフガングの身体から離れていく。
俺はガイエルを抱えて、洞窟の奥へと移動した。
さっき、奴の魔術を喰らったのはこれが狙いだ。
ガイエル=ウォルフガングに俺の『
その状態で『浄化』を使えば、死霊司教をガイエルから引き剥がすことができる。
ガイエルには事情を聞かなければいけないからな。死霊に精神と魔力を食い尽くさせるわけにはいかない。
「ガイエルは助けた! 手加減なしでやれ、オデット!!」
「承知いたしました!」
オデットの指先が同時に2つの紋章を描く。
きれいな声で、流れるように詠唱を紡ぎ出す。
「『古代魔術』!! 『
地面から数本の『石の槍』が生まれる。
それが一斉に飛び上がり、死霊司教に突き刺さった。
『グゥオオオオオオオ!! こ、小娘──っ!!』
「『
俺はガイエルを地面に寝かせて、手のひらに紋章を描き出す。
即座に発動。2重の火炎弾で死霊司教を打ち据える。
『ギャアアアアアア!! グゥ、グォオオオオオオオ!!』
「死霊が生きた人間に取り憑くのは魔力を得るためだ。死霊は実体化するのに魔力を喰うからな。ガイエル=ウォルフガングから離れた今、もう魔力の補給はできねぇよ!!」
『小僧──その若さで、そこまでの知識をどうやって得たアアアア!?』
「てめぇこそ。200年近く死霊をやっててそのザマはなんだ!?」
『──ナニ!?』
「今さら人類の進化などとほざくな! お前らはそのために人と亜人以外の『人間モドキ』を消し去ってきたんだろうが!! そこまでやって失敗して、戦争起こして、壊滅して、あげくの果てに死霊化してガキに取り憑くのがなれの果てとはな! てめぇらのせいで滅んだ奴らが気の毒でならねぇよ!!」
いや、まったく。
こんな奴らが戦争を起こして、世界を滅茶苦茶にしたのかよ。
こっちは素直に、人間に道を譲ったってのに。
「悔しかったら進化して星の彼方へでも飛び出してみろ。無能司教が!!」
『ギィザアアアアアマアアアアアア!!』
死霊司教が叫んだ。
『聖剣をよこせ! 封印されし聖剣をふたたび研究し────我らは────新たなる生を!!』
「新たなる生、ですって?」
オデットがぽつり、とつぶやいた。
「ここにあるのは、邪悪なる者を滅ぼすための聖剣ですわよ。死霊が欲しがるはずないですのに……一体、どんな秘密が……?」
「気になるな。確認してみよう」
「…………な? ユウキ!?」
「よいしょ」
俺は壁に埋まった聖剣の柄を握った。
引いた。
『────おかえりなさい。マイロード』
声がして、聖剣が抜けた。