第30話「試験官と騎士候補生、アンデッドにてこずる」
──その頃、洞窟の入り口では──
ユウキたちが洞窟に入ったあと、将軍バーンズと魔術師デメテルは、その外で待機していた。
ここは地下遺跡『エリュシオン』の上層部。
目の前には岩壁があり、そこに聖剣の洞窟が大きな口を開けている。
『エリュシオン』は、地下深くに続く、巨大な遺跡だ。
解明されているのは上層だけ。下層にはなにがあるのかわからない。かつて『聖域教会』は地下深くに逃げ込んだと言われているが、彼らは結局、全滅したらしい。
「結局、ここが完全に解明されるには、あと数百年はかかるのじゃろうな」
将軍バーンズは、ぼんやりとつぶやいた。
彼はアイリス王女の母の知人だ。その縁で、『魔術ギルド』関係の仕事を手伝うことがある。
今回のこともそのひとつだ。
「広大なるダンジョン『エリュシオン』。岩壁に沿って通路が続き、壁には無数の洞窟がある。それも上層だけで、下層はどうなっているかもわからぬ。過去の魔術文明というのは、なんでこんなものを作ったのじゃろうな」
「お静かに。試験中です。バーンズさま」
「失礼。退屈なものでな」
老人は岩壁によりかかり、あくびをした。
「知っておるかデメテル殿。『エリュシオン』には、ここで死んだ『聖域教会』司祭の亡霊がさまよっているのだそうだぞ」
「知っております。ただの事実ですよ。それは」
魔術師デメテルは、通路の壁を叩いた。
「どのみち奴らは、上層までは来ません。通路には護符が仕掛けてありますからね。召喚でもされない限り、奴らが地下深くから上がってくることはありませんよ」
「ならば、なぜ聖剣の洞窟にアンデッドが出たのだ?」
「……現在、調査中です」
「本当に大丈夫なのじゃろうな」
「通路の護符は昨日、担当官が確認しました。問題ありません」
「聖剣の洞窟のアンデッドどもが、低級のものであるという確証は?」
「それは確かです。使い魔を放って確認しました」
「当てにはならんぞ。『聖域教会』の崇拝者であったカッヘル=ミーゲンの例もあるからな」
不意に、将軍バーンズは、壁に立てかけておいた斧を手に取った。
「それに、この場所は昔の戦場であった。死者もかなり出た。迷っている者がいてもおかしくはなかろう」
「……なんだ。この霧は」
魔術師デメテルは周囲を見回した。
巨大ダンジョン『エリュシオン』の最も浅いエリア、その通路。
そこに、うっすらと霧が立ちこめていた。
「……おやおや、わしらも試験を受けなければならぬようだ」
「……軽口はお控えください。将軍」
霧の中に、影のような者が見えた。
焦点を合わせようとすると揺らいでいく、その影は──
「……通路にゴーストだと!? まさか。魔除けの護符は、昨日担当官がチェックしたと……!?」
「だから言ったであろう。当てにはならぬと!」
霧の向こうから現れたのは、数十体のゴーストだった。
ゴーストは、この世に未練を残した亡霊たち。
触れられるだけで冷気を浴び、取り憑かれれば精神を持って行かれる。
その上、魔術と、魔術のかかった武器しか通じない、やっかいな相手だった。
「上位のアンデッドが現れたのかもしれぬぞ。護符を無効化するほど強力な者が」
「信じられぬ。そんなものがいるはずが……」
「この地では『聖域教会』どもが身内同士で争っていたそうじゃからな、ゴーストが出るのに不思議はなかろうよ!!」
将軍バーンズは長柄の斧を振り回す。
バーンズは歴戦の勇士だ。使う武器には魔術がかかっている。
周囲に漂うゴーストたちを薄紙のように切り裂き、消していく。
その間に魔術師デメテルは『古代魔術』を詠唱する。
「去りなさい亡霊よ! 発動!! 『冥府の茨』!!」
指が空中に紋章を描き、大地の魔術が発動した。
ずん、と、周囲が揺れた。
地下の通路の地面から、魔力で作られたイバラが現れ、ゴーストたちを絡め取っていく。
彼らは霊体を貫かれ、ちぎられ、
「『八王戦争』の終わりに、
『……発動が…………遅い……な。魔術師よ』
消えかけのゴーストがつぶやいた。
『…………我らが主、第7司祭────であれば……もっと』
「……第7司祭……?」
つぶやくデメテルの前で、ゴーストたちは消滅した。
将軍バーンズが「ふぅ」と
「ゴーストの相手は苦手じゃよ。手応えがないから、効いてるかどうかわからん」
「歴戦の将軍とは思えないお言葉かと」
「研修生の皆は無事か? 使い魔を送り込んでいるのじゃろう?」
「……確認しました。ユウキ=グロッサリアとオデット=スレイは順調に移動中。え……早すぎる! すでに洞窟の奥付近まで──!? アンデッドと交戦もせずに? どうやって!?」
「おどろくことはなかろう。あの少年のやることじゃ」
「彼は『古代魔術』の発動も早すぎました。熟練の魔術師ならばあの速度もわかりますが……研修生であれほどの力を持っているとは……」
「もう片方のチームはどうなっておる?」
「彼らはアンデッドの少ない道を選んだようです。自分としては、こちらの方が好感が持てる。無茶をするよりは……いや……なんだ!?」
魔術師デメテルは目を閉じ、使い魔と精神をシンクロさせた。
彼女の使い魔は魔術で作ったネズミだ。素早く、どこにでも入り込める上に、小さいから人目にもつきにくい。試験監督には最適だ。
デメテルは肉体の視界を閉ざし、使い魔の視界に切り替える。
懸命に走る2人の研修生の姿が見える。ジルヴァン=キールスとガイエル=ウォルフガングだ。背の高い方がジルヴァン、低い方がガイエルだろう。なにか、言い争っているようだ。叫び声が聞こえる。ガイエル=ウォルフガングが叫び返している。そして──
ぶつん、と音がして、使い魔のネズミが死んだ。
「────がっ!?」
「どうしたデメテル」
「……我が使い魔が、殺されました」
「アンデッドにか?」
「そんなへまはしません。魔力で強化したネズミが、スケルトンやゴースト程度に……」
魔術師デメテルは頭を振って立ち上がる。
悪い予感がした。
「我々も洞窟に入ります。なにか異常が起こっているのかもしない」
「応! たかが試験で犠牲者が出たら、我が姫君が悲しむからな!」
魔術師デメテルと将軍バーンズは、聖剣のある洞窟へと飛び込んでいった。
──数分前、侯爵家令息ジルヴァンと、伯爵家令息ガイエルは──
「……速すぎる。男爵家の
ジルヴァン=キールスは叫んだ。
ここは、聖剣の洞窟。
アンデッドの少ない遠回りの道を、彼らは全力で進んでいた。
「くそ……情報不足だった。まさか男爵家にあんな人間がいるなんて」
「スケルトンとゴーストの間をすり抜けてました……。ボクにはあんな恐ろしいことできません。信じられない……」
「あんな無茶がいつまでも通じるものか」
「……ですね」
「ああ。そのうちアンデッドに捕まって足止めされるに決まっている。安全策を採った僕たちの勝ちだ」
「ジルヴァンさま」
「どうしたのだ。ガイエル」
「ボクがユウキ=グロッサリアに魔術をぶつけて行動不能にするという策を、許可しなかったのはなぜですか?」
「お前の父が提案したあれか」
「はい。ボクが失格になり、ユウキ=グロッサリアが再起不能になることで、ジルヴァンさまとオデット=スレイの一騎打ちになります。ジルヴァンさまなら、充分、勝利できたはず、です」
「そんな無様なことができるものか」
ジルヴァン=キールスはガイエル=ウォルフガングの肩を叩いた。
「僕の目的は王女殿下の騎士となり、侯爵家の名を高めることにある。お前を使い捨てにして、殿下の不興を買ったら意味がないんだ」
「……ご立派ですね。キールス侯爵家の方は」
「僕はそういう教育を受けている。他者を見下すからには、高潔であれ、とね」
「ウォルフガング家には……そのような考え方はありません」
ガイエル=ウォルフガングはため息をついた。
「うちは『死霊術師』──死者を操る魔術を得意とする家系ですから……」
「お前が引け目を感じることはない。それに、だから役に立ってもらえるんじゃないか」
「……ジルヴァンさま」
「頼むぞ。ガイエル」
ジルヴァン=キールスはガイエルに向かって、告げた。
「お前の魔術で、僕を勝利に導いてくれ!」
「わかりました。ボクの『古代魔術』を起動します」
「試験会場がこの場所であった時点で、僕たちの勝利は決まったようなものだ」
「はい。キールス侯爵さまが裏で手を回して、試験会場を前もって調べてくださいましたから」
「僕が周囲を警戒している。やるがいい」
「……はい」
ガイエル=ウォルフガングは立ち止まり、呪文の詠唱をはじめた。
それを見ながらジルヴァン=キールスはほくそ笑む。
これは、情報戦の勝利だ。
戦いとは、その準備段階から勝負が始まってるもの。
キールス侯爵家はその教訓に従い、ジルヴァンを護衛騎士にするために手を尽くした。
使用人を買収しての情報収集もそのひとつだ。
アイリス王女から説明を受ける前に、ジルヴァンは試験の場所を知っていた。
ここに低級のアンデッドがあふれていることも。
「……父の知人より、この場にふさわしい『古代魔術』の伝授を受けてきました。最も高等なもので、この巨大ダンジョン『エリュシオン』で使うべきもの……だそうです」
「おお。では、その力でアンデッドを操ってくれ!」
「…………承知、しました」
ガイエル=ウォルフガングが宙に紋章を描きはじめる。
アンデッドを使役する者は多い。
『
高位の魔術師は数百のアンデッドを手足のように操ることができる。
だからキールス侯爵家は、『死霊使い』の魔術を受け継ぐウォルフガング家に目を付けた。特に長子のガイエルは、若いながらも才能に長けている。
別の道を進んでいるライバルに、まわりのアンデッドを差し向けるくらい、簡単なことだ。
「頼りになる奴だ。ガイエル=ウォルフガング。いずれ僕が大臣か宰相になったときには、側近にしてやろう」
ジルヴァン=キールスは満足そうにうなずいた。
ガイエルは詠唱を終え『古代魔術』を発動しようとしている。
「死者よ、我が声を聞け! 我が意思を受け入れ、敵を討て!!」
ざざっ、と、音がした。
ジルヴァンとガイエルのまわりをうろついていたスケルトンとゴーストが、もうひとつの道に向かって走り出す。
「成功だ。やったな、ガイエル!」
「────」
「これで、ユウキ=グロッサリアとオデット=スレイは身動きが取れなくなる。僕たちの勝利だ。さぁ、ゴールに向かうぞ。ガイエル……!?」
ジルヴァンの声が、途切れた。
目の前にいたガイエル=ウォルフガングが、突然、彼の首を両手で掴んだからだ。
「……がぁっ!? な…………を、ガイエル……」
『我ヲ呼び覚ましたのは誰カ』
声がした。
ガイエルのものではない、冷え切った声が。
『…………生の世界ヘノ戸口を開いたのは誰カ』
「お、おま……え、は……なん……だ…………?」
『「聖域教会」第7司祭────ログルエル────』
「────!?」
その言葉が聞こえた瞬間、ガイエル=ウォルフガングの身体から、どす黒い魔力があふれた。
スケルトンが、ガチガチと骨を鳴らして震え出す。
ゴーストたちが宙を舞い、一斉に逃げようとする。
どこかの小動物が壁に叩き付けられ、べちゃ、と潰れる。
(…………せいいき……きょうか、い)
ジルヴァンは恐怖に目を見開いた。
『聖域教会』──それは、魔術を使う者にとっての
歴史に詳しい者なら知っている。この『エリュシオン』で調査の果てに身を滅ぼした者がいたことも。それが『エリュシオン』の下層をさまよっていることも──
(…………まさか……ガイエルの術が、こいつを呼び寄せてしまったのか……)
目の前にいる仲間は、人間とは思えない表情を浮かべて、ジルヴァンを見ている。
『聖域教会』の亡霊ならば、それはすでにゴーストではない。
さらに上位種のレイス、スペクター、あるいはリッチともいえる存在だ。
それを低レベルの魔術師が使役しようとすれば──逆に精神を乗っ取られてしまう。
『…………「古代器物」はどこに…………』
「ひぃっ!?」
ガイエルの指から、すさまじい冷気が伝わって来る。
それを感じた瞬間、ジルヴァン=キールスは意識を手放した。
『…………われらが生涯をかけて見つけ出したものを…………この手に……』
司祭を名乗ったゴーストは、小声でつぶやいた。
そして、その者はガイエル=ウォルフガングに取り憑いたまま、洞窟の奥に向かって歩き出したのだった。