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辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる 〜愛されながら成り上がる元魔王は、人間を知りたい〜 作者:千月さかき

第1章

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第29話「元魔王、アンデッドを蹴散らす」

「安心しろ。場がねじれているのは入り口だけで、ここから先は通常の空間だ。落ち着いたら移動するぞ」


 フードをかぶった魔術師が言った。

 オデット=スレイも、他の2人も、地面に座り込んでる。

 3人とも、だんだん落ち着いてきているようだ。


「今のうちに説明しておく。これから行く洞窟にアンデッドが発生したというのは話した通りだ。種類は低レベルのゴーストとスケルトンのみ。低級のゴーストだから、気を強く持っていれば取り憑かれることはない。スケルトンも、この階層に出るものは弱いものだけだ。それでも危険だと思ったら通路まで逃げてこい。通路には護符があるから、魔物はほぼ出てこない」


 魔術師はそう言って、顔を覆うフードを外した。


「改めて自己紹介しよう。自分は『魔術ギルド』のC級魔術師デメテル。あなた方は貴族の子女であるが、この『エリュシオン』で、その地位に意味はない。『古代魔術』が使い方によってはとても危険なものであることは、歴史が証明している通りだ。あなた方はここで、それを充分に思い知ることになるだろう」

「要は、油断するな、ということだ」


 魔術師デメテルの言葉を、バーンズさんが引き継いだ。

 俺たちを見回し、いたずらっぽく片目をつぶってみせる。リラックスさせようとしたのかもしれない。いかついけど。


「入り口の場のねじれも、いずれは慣れる。わしだって慣れたのだからな」

「軽口はそこまでにしていただこう。将軍。そろそろ皆、落ち着いたはずだ。行くぞ」


 魔術師デメテルはローブをひるがえし、歩き出す。

 バーンズさんは肩をすくめて、俺たちに笑いかける。


 そうして俺たちは『エリュシオン』の上層に向けて移動を再開した。








「ここが『聖剣の洞窟(どうくつ)』だ。お前たちの試験の場所でもある」


 らせん状の通路を10分ほど下ったところで、魔術師デメテルが足を止めた。


「ここからは試験担当官の仕事だ。説明を頼む、デメテルどの」

「かしこまりました」


 魔術師デメテルはバーンズさんに一礼してから、俺たちの方を見た。


「最初に言っておく。もしも無理だと思ったら、速やかにギブアップしろ。

 このエリアは『魔術ギルド』の研修生もオリエンテーションで来るところだ。通路にいる限りは、さほどの危険もない。が、洞窟の中には普通に魔物も出現する。ここは古代の遺跡だ。しかも完全に解明されてはいない。危険を前にして、家の名誉などにこだわって命を落とす者も、数年に1人はいるのでな。警告させてもらう」

「……侯爵家(こうしゃくけ)嫡子(ちゃくし)を前にして、そんなセリフはないだろう……」

「では、ひとりで地上まで戻るか? ジルヴァン」


 C級魔術師デメテルは、静かに言い放った。


「通路は比較的安全だが、まれに魔物が現れることはある。戦闘中に、中央の縦穴に落ちたら即死。死ななかったとしても、下の階層に引き込まれたら救助にも行けない。それらがわかっているのか?」

「……ぐっ」

「わかったら。黙って説明を聞け」


 ジルヴァンは歯がみしていたが、分が悪いと思ったのか、そのまま引き下がった。


「お前たちの目的は、洞窟の最奥にある聖剣までたどり着くことだ。さっきも言ったが、現れるのは弱小のゴーストとスケルトンだけだ。戦うか逃げるかの判断は任せる。最も早く洞窟の奥にたどりついた者が、試験の勝利者となる。魔術の使用は自由。以上だ。なにか質問は?」

「……妨害行為は禁止、ですよね」


 伯爵家のガイエルが手を挙げた。

 C級魔術師デメテルは、ふん、と鼻を鳴らして、


「もちろん……だが、こちらもすべてに目が届くわけではないからな」

「……そんな」

「怪我をしたら治してやる。ギブアップするなら助けてやる。ここは地上とは違うのだ。それは覚えておけ」

「奥の間にたどりついたことを、誰が確認するんですの?」


 次に手を挙げたのはオデットだった。

 魔術師デメテルはうなずきながら、


「自分が使い魔を送り込んでおく。そいつが確認する。また、お前たちの使い魔の使用は自由だが、使い魔が奥にたどり着いても、それはクリアとは認めない。あくまでもお前たち自身が聖剣の元にたどりつくのだ」

「わかりましたわ」

「お前は? 質問はいいのか?」


 魔術師デメテルが、俺の方を見た。


「それじゃ質問です。聖剣といえば重要な『古代器物』だと思いますが、それがどうしてこんなところに封印されているんですか? 聖剣なら王宮に、隠すのならもっと深いところにあるのが普通だと思いますけど」

「はぁ!? お前、なんの話をしてるんだよ!?」

「…………空気は読んだ方がいいと思う」


 まずかったかな。

 せっかくだから聞いてみたかったんだけど。


「ここにある聖剣は、使い物にならないからだ」


 けれど、魔術師デメテルは、俺の質問に答えてくれた。


「そういう『古代器物』もあるのだよ。興味があるなら、正式なギルド員になったあとで調べるといい」

「ありがとうございました」

「面白いな。お前は試験のずっと先を見ているかのようだ」

「……え?」

「他の者は試験をクリアすることを考えている。けれど、ユウキ=グロッサリア、君は試験をクリアすることには興味がないように思える。違うか」

「違います。俺は出世と男爵家のために、ここに来てるんです」

「そうか。すまない。忘れてくれ」


 そう言って魔術師デメテルは、俺たち全員を見回した。


「これから5分の作戦タイムを与える。1人で攻略法を考えるもよし、仲間がいるなら打ち合わせをするもよし。王女殿下の護衛騎士になるほどの知恵と技術があることを、ここで示せ。以上だ」







「変なことを聞くものではありませんわよ。ユウキ=グロッサリア」

「申し訳ありません。オデット=スレイ」


 作戦タイム中。

 俺とオデット=スレイは、通路の隅で額を突き合わせていた。


「ユウキは、使い魔を連れてきましたの?」

「いや。『エリュシオン』がどんなところかわからなかったから。オデットさまは?」

「わたくしの使い魔は召喚に時間がかかりますの……それから」


 オデット=スレイは、こほん、とせきばらいをした。


「……ここから先、敬語はいりません」

「敬語は?」

「聖剣の洞窟を攻略するまでの間、わたくしたちはパートナーです。対等でいましょう。それに、敬語は情報の伝達速度が遅い、と聞いたことがあります」

「わかりました……いや、わかった。オデット」

「ええ。よろしくお願いしますわ、ユウキ」


 俺たちは顔を見合わせて、うなずいた。


「それで、作戦はどうしますの?」

「洞窟の通路は途中で2つに分かれている。アンデッドが多い直線路と、比較的少ない迂回路(うかいろ)だ」

「中には灯りがあるので、道に迷うことはありませんわ。迂回路を行きますの?」

「いや、近い道でいいと思う」

「……大丈夫ですの?」

「俺は『身体強化(ブーステッド)』が使える。アンデッドは動きが遅い。一気に駆け抜けられると思う」

「わたくしは……『身体強化(ブーステッド)』は使えますが、短時間です。他に使えるのは『古代魔術』の『闇蛇召喚(スネィク・サモン)』と『石礫連弾(ストーン・ブロゥ)』くらいですわね」

「ここにいるアンデッドはスケルトンとゴーストだけ。だったら、問題ない」

「わかりましたわ。それと……」


 オデット=スレイは俺の手を取って、言った。


「わたくしたちが勝ったら、あなたがアイリスの騎士になってくださいな」

「……え?」


 話が違う。

 あとで決勝戦をやるって話じゃなかったか?


「わたくしがアイリス殿下の幼なじみということは、お話しましたわよね」

「ああ」

「彼女は……詳しくは言えませんが、体質と、祖母が庶子だということで、他の王子や王女から見下されてきましたの」

「体質のことは知ってる。男爵領で聞いた」

「あなたは本当にアイリスに信頼されていますのね。わたくしがあなたを護衛騎士にと思うのは、だからですわ」


 オデットは俺の手を握った。


「わたくしはアイリスには、幸せになって欲しいのです。ですから、彼女を守れるだけの力を持つ方が、護衛騎士になるべきだと思っています。わたくしは……その補佐役でも充分ですの」

「わかった。でも、その話は後だ」


 俺としては、アイリス王女の護衛騎士にこだわってない。

 それに……こんな話を聞いて「はいそうですか。ありがとう」なんて言えるほど、人間はできてない。『化け物(ノスフェラトゥ)』だからな。


「時間だ。行こう」


 魔術師デメテルと将軍バーンズが呼んでる。


「話は試験をクリアしてからだ」

「わかりましたわ。ユウキ」


 俺とオデットは、魔術師デメテルから最後の注意を受けた。

 そして、聖剣の洞窟の探索に向かったのだった。






「それでは試験を開始する。双方、全力で挑むように!!」


 魔術師デメテルが腕を振り下ろした。

 試験開始の合図だ。


「──『身体強化(ブーステッド)』!!」

「ちょっと!? わたくしはまだ詠唱(えいしょう)が──きゃぁあああああっ!!」


 待たない。

 俺はオデットを背負って走り出す。

 洞窟の天井は高い。ひと一人背負って走るには充分だ。


「このまま距離を稼ぐ。詠唱は走りながらやってくれ」

「そ、そんなこと言われても!? わたくし、殿方に背負われたのなんてはじめて……しゅ、淑女(しゅくじょ)になんてことしますの!?」

「試験中はパートナーだろ。それに、子どもをおんぶするくらいよくあることだ」

「子ども!? 同い年のくせに。あなたは、もーっ!」


 俺の背中で、オデットが詠唱を始める。

 振り返ると、ジルヴァンとガイエルが呪文を詠唱しているところだった。


 やっぱり、紋章(もんしょう)を書くだけで発動できるのは大きいな。

 発動までの速度が段違いだ。


「むーっ! むむむー!」


 詠唱中のオデットが、俺の髪を引っ張った。


「見えてる。前方にスケルトンが3体だ。武器は持ってない。上層階だからか」

「むー」


 だから髪をわしゃわしゃするのやめろ。

 試験前だからマーサに洗ってもらったあとで、整えてもらったんだから。


「退がれ。不浄の死者ども!!」


 俺は走りながら、短剣を振った。

 切っ先がスケルトンの指をかすめた。

 次の瞬間──


『────ヒィィィィィッ!?』


 スケルトンたちが、一斉に道を開けた。


「え? スケルトンが、後ろに下がった……? どうして?」

「アンデッドは銀製の武器を嫌うんだ」

「それは知ってます。けど、ここまで激しい反応はしませんわよ!?」

「てい」


 ざ、ざざざざざざっ。


 スケルトンたちが離れていく。今のうち。

 俺は『身体強化』状態で走り出した。


「ちょっと────っ!? ユウキ──っ! 説明してください──っ!」


 無理。

 これは前世から持って来たスキルだから。


 俺の『魔力血(ミステル・ブラッド)』には浄化能力がある。

 だから、俺の血がついた武器に触れると、アンデッドは浄化されて(・・・・・)しまう(・・・)


 前世では俺がちょっとでも出血してるときは、アンデッドは浄化の気配を察して逃げ出してた。そのせいで「アンデッドが恐れるということは、奴らの支配者に違いない」なんて勘違いもされたっけ。

 これが『吸血鬼の王(ヴァンパイア・ロード)』の異名の原因のひとつだ。


 今回は隠そうかとも思ったけど、無理だ。

 アンデッドとの戦闘で俺が怪我をしたら同じことになる。

 だったら、最初から使って、さっさと試験を終わらせる。


「しっかり掴まってろ。オデット」

「ちょっと────ユウキ────っ!!」


 俺はオデットを背負ったまま、一気に洞窟の奥を目指したのだった。

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