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辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる 〜愛されながら成り上がる元魔王は、人間を知りたい〜 作者:千月さかき

第1章

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第27話「元魔王、王女と再会する」

 俺たちの馬車は王都に入った。

 王都ミルガリアは、とにかく人が多かった。馬車が大通りに入ってからは、見えるのは人間の姿ばっかりだ。露店(ろてん)も、その他の店も、人の姿が邪魔でほとんど見えない。

 他に見えるものといったら、大通りの先にある大きな門。

 さらにその向こうにある貴族街と、王宮くらいだ。


「マーサもびっくりです。ここはすごいところですね。ユウキさま」

「俺も王都に来るのははじめてだ」


 前世とは国のかたちも、王家も、組織さえも変わってる。


『フィーラ村』が(ぞく)してたのは、こことは違う国だった。

 当時の王都は『聖域教会』の管理下にあって、『不死の魔術師』を歓迎してくれるような場所じゃなかった。

 その上当時は、『死紋病(しもんびょう)』で人が大量に死んでた頃だったからな。


「『魔術ギルド』は大門の向こう、貴族街(きぞくがい)にあるって兄さまは言ってた」

「伝説の『古代魔術文明の都(エリュシオン)』の入り口も、そこにあるんですか?」

「そこまでは知らないな。たぶん『魔術ギルド』が管理してるんじゃないか?」

「マーサに、ユウキさまのお手伝いができるところだといいんですけど」

「マーサには家のことを頼むよ」


 マーサには戦闘能力ないからな。

 危ないことはせずに、後方でのサポートをして欲しい。


「マーサは町の情報を集めててくれ」

「情報を、ですか?」

「ああ。他の貴族の使用人の情報とか、噂話とか。俺はそういうの苦手だからな」

「わかりました。マーサにお任せください」

「ありがとう。感謝する」

「マーサはユウキさまの相棒ですから」


 俺の相棒はいたずらっぽく笑った。


 馬車はそのまま貴族街に入り、大きな建物の前で停まった。

 ここが、俺たちの宿舎になるらしい。

 荷物を置いたあとは、アイリス王女殿下に到着のあいさつに行くことになってる。


「オデット=スレイも同じ宿舎か」

「入り口がいくつかありますから、建物の中で分かれてるみたいですね」

「よかった」

「マーサも、公爵家の人と廊下ですれ違ったりしたら、どうしようかと思ってました」


 俺とマーサは胸をなでおろしながら、宿に向かった。


 宿舎の建物は2つあった。右側の建物が俺とマーサの宿舎。

 左側はオデット=スレイと家庭教師が使うらしい。


「広いところですね。お掃除が大変そうです」

「使うところだけ掃除してくれればいいよ」

「そういうわけにはいきません! ユウキさまのおうちなのですから、お客様をお迎えすることも考えないと」

「……そうか。じゃあ、レミー」

『……キュゥ? あるじさま?』

「レミー、お前をマーサの護衛兼、見習いメイドに任命する。あと、マーサはあっち向いてて」

「はーい」


 マーサが背中を向けると同時に、俺は短剣で腕に傷をつけた。

 レミーを抱き上げて、その口を傷口に近づける。


「レミー、お前はシルバー・ベイオフォックスの一族だよな?」

『……よくわかりません』

「お前の母さんとか、人間になったりしてなかったか?」

『してたかも』

「お前もなりたいか?」

『わかんない。でも、うずうずします』

「魔力が欲しいか?」

『くださいますかー?』

「いいぞ」

『…… (こくこく)』


 キツネのレミーは俺の傷口に口を付け、『魔力血(ミステル・ブラッド)』を飲んでいく。

 そして──


 ぽんっ、と音がして、当たり前みたいに人間の姿になった。

 銀色の髪の女の子だ。年齢は10歳に満たないくらい。野生動物は生まれたてでも普通に歩けるから、人間だと少し成長した姿になるようだ。


「……レミー、ひとになったよ?」

「どのくらいこの状態を維持できる?」

「んー……はじめてだから、2時間くらいかなぁ」

「ふむ」


 俺はレミーのステータスを表示させた。



『レミー


 種族:シルバー・ベイオフォックス

 レベル:3

 体力:C

 腕力:C

 敏捷:B

 魔力:B

 器用:B


 スキル:人化。

 従魔スキル:知性。高速移動。防御力上昇。再生能力上昇』



『シルバー・ベイオフォックス』は元々、人になるためのスキルを持っている。

 さらに俺が『魔力血(ミステル・ブラッド)』を与えたことで、知性、高速移動、防御力上昇、再生能力上昇のスキルが加わった。レベルが低いのは、まだ子どもだからか。



「これからは俺が毎日魔力を与えるから、人間になる練習をしてくれ。人化スキルが安定したら、マーサの手伝いと護衛をして欲しい。できるか?」

「できますー」

「……まぁ、今日はその前に風呂かな」


 人間になったレミーは砂まみれだ。あと裸だし。


「マーサ、こっち見ていいよ」

「はい。そこにいるのはレミーちゃんですね」

「……少しはおどろいてもいいんだよ?」

「充分、おどろいてます。マーサはユウキさまの前でかっこつけてるだけです」

「俺としては、マーサを手伝ってくれる人材が欲しかったんだが」

「ユウキさまがそのためには手段を選ばないことがわかってるから、あんまりおどろかないんです」

「今日からマーサさまのお手伝いをします。レミーです! よろしくお願いします!」

「はい。よろしくお願いしますね。レミーちゃん」

「じゃあ風呂を沸かすよ。その後、俺がレミーを洗うから」

「……女の子なんですからマーサが洗います」


 マーサはレミーの身体を、毛布でくるんだ。


「キツネさんといえど、女の子なんですから。マーサにおまかせください」

「俺としては、マーサの仕事を増やしたくなかったんだが」

「ユウキさま」

「うん」

「マーサも、女の子です。なので、レミーちゃんはマーサがお風呂に入れます。でないとユウキさまがレミーちゃんを洗ってる間、お仕事が手につかなくなりそうなので」

「わかった。マーサに任せる」

「はい。おまかせください!」

「俺は風呂を準備する。レミーはマーサと、ここで待っててくれ」

「はーい。あるじさまー」


 俺は風呂場に行って、水をくんで、風呂をわかした。

 火を点けて待ってると、コウモリのディックが飛んできて『おきゃくですー』と声をかけてくれた。ディックもゲイルもニールも今は家のまわりにいて、警備を担当してくれている。


 ちなみに、ディックたちのステータスはこんな感じだ。



『ディック、ゲイル、ニール


 種族:森コウモリ

 レベル:12

 体力:B+

 腕力:C+

 敏捷:B+

 魔力:B+

 器用:C+


 スキル:超音波。飛行。

 従魔スキル:昼行性。高視力。高出力超音波。高速移動。防御力上昇。再生能力上昇』



 ディックたちは『ダークベア』『グリフォン』『ダークウルフ』と戦ったせいで、かなりレベルが上がってる。ほとんど、コウモリの限界値に達してる。もはやゴブリン程度だったら相手にならない。

 俺が頼んだ王都の偵察(ていさつ)と、マーサとレミーの補助も、充分やってくれるだろう。


「それで、お客って何者だ?」

『えらそーな服を着た男性ですー』

「王女殿下か、公爵令嬢オデットの使いか」


 予想通りだった。

 俺が玄関に出ると、王女殿下から使いが来ていた。

 明日、王宮前の迎賓館(げいひんかん)で顔合わせを行うから、俺とオデット=スレイに来て欲しい、とのことだった。




 ──その頃、オデットの宿舎では──




「お父上のギルアス=スレイさまからのお手紙をお届けに参りました」


 オデットが宿舎に到着すると、公爵家の兵士が待ち構えていた。

 伝令役であることを示す腕章を掲げ、兵士は彼女に手紙を手渡す。


「お父さまから……まぁ、内容は想像がつきますわ」

「では、私はこれで」


 オデットが手紙を受け取ると、伝令の兵士は足早に立ち去った。


「……気分がだいなしですわね」


 さっきまでユウキ=グロッサリアと共に、楽しく語り合っていたというのに。

 オデットは宿舎に入り、うんざりした気分で手紙を開いた。




『我が娘、オデットへ。


 わかっているだろうな。

 お前が魔術師として自由に生きるためには、わしが出した条件を満たす必要があることを。満たせなければ、公爵家に呼び戻すという約束をしたことを。


 公爵家の娘は家のためだけに生きるのが、本当の役目だ。

 オデットが父の意を察し、素直に戻ってくることを願っている。


 ギルアス=スレイ』




「お嬢様……」


 気づくと、家庭教師とメイドが、オデットを心配そうに見ていた。


「大丈夫ですわ。いつものことですもの」

「公爵さまが出された条件は存じています。1年以内にC級魔術師なんて……できるわけありませんのに」

「E級は上位の『古代魔術』を3種類習得。C級は『古代魔術文明の都(エリュシオン)』第3層の踏破(とうは)ですものね」


 ギルドの研修生にできるのは、せいぜい第2層を歩くことくらいだ。

 無理なのはわかっている。だが、機会がないわけではない。

『魔術ギルド』で最高位の師匠につけば、その供として『エリュシオン』の下層に入ることができる。そこで遺跡の構造を覚えれば……研修生だけでも……。


「そのためには、なんとしてもアイリスの護衛騎士にならなくては。それに、アイリスに約束したのです。ずっと一緒にいると。彼女がたとえ──」


(私と違い、ずっと若いままであっても)


 それは、幼い日の約束だった。

 祖母が不老であるという話を聞かされて、異母姉妹から不気味がられていたアイリスの手を取り、オデットは言ったのだ。ずっと側にいる。絶対に、不気味がったりはしない。同じ時間は生きられなくても、ずっとずっと友だちだと。


 アイリス王女は涙ながらにうなずいてくれた。

 困ったように「おばあちゃんは不老でも不死じゃないんだよ」って教えてくれるくらい、オデットを信じてくれた。

 それは、子どもを政略の道具としか見ない親に育てられたオデットにとっては、大切な約束で、誓いのようなもの。だからオデットはアイリスと同じ『魔術ギルド』を目指した。


 本当は、オデットは護衛騎士なんかどうでもよかった。

 親友を守れれば、どんなかたちでも構わなかった。

 護衛騎士候補になったのは、公爵家の見栄に付き合わされただけだ。


「……でもアイリスに、わたくしと同じくらい、信じられる相手ができたのなら」


 それは祝福するべきことかもしれない。

 もっとも、黙って道を明け渡す気もないのだけれど。


「今回の試験で、見せていただきますわ。あなたがアイリスにふさわしいかどうかをね。ユウキ=グロッサリア」


 父からの手紙を握りしめ、オデットは決意をこめてつぶやくのだった。





 ──翌日、王宮前の迎賓館(げいひんかん)で──





 俺と公爵令嬢(こうしゃくれいじょう)オデットは、アイリス王女殿下の前に立っていた。


 ここは、王宮前の迎賓館(げいひんかん)。その応接間だ。

 大きなテーブルを挟んで、俺とオデット、アイリス王女殿下は向かい合っていた。


「最初にお()びを申し上げます。ユウキ=グロッサリアさま」


 王女殿下は言った。


「本当ならユウキさまを私の護衛騎士に、オデットには、友人として共に学んでもらうつもりでした。それが……」

「殿下のせいではありません。父が強引に、わたくしを護衛騎士に推薦(すいせん)したのです。本当でしたら、ユウキ=グロッサリアがそのまま殿下の騎士になるはずでしたのに」

「ギルアス=スレイ公爵の推薦であれば、国王陛下も動かざるを得ませんからね」


 アイリス王女はそう言って、俺に詳しい説明をしてくれた。


 王族は13歳になると、自分の護衛騎士を任命することができる。

 男爵領でアイリス王女は俺を自分の護衛騎士に指名し、バーンズさん(将軍の一人だった)と周囲の兵士によって認められた。

 あとは王女殿下が王様の許可を取ればそれで済むはずだった。


 だが、他の貴族たちが横やりを入れてきた。

 王女殿下の護衛騎士が男爵家の庶子とはなんたることだ! って、怒りだした。でもって、こぞって自分の子どもを推薦しまくった。


 王女殿下は、もう決めたことだから──と、押し通そうとしたらしい。

 けど、王家はそれを許さなかった。

 貴族たちが推薦した中から数名を選び、護衛騎士を決めるための試験を行うべきだ、ということになった。


 その結果選ばれたのが、アイリス王女の幼なじみのオデット=スレイ。それと侯爵家の少年と、伯爵家の少年。

 元々選ばれていた俺を含めて、4名で『王女殿下の護衛騎士』の地位を争うことになった、というわけだ。


「ユウキさまには本当に失礼なことをしてしまいました」


 アイリス王女はまた、一礼した。


「男爵領から戻ったあと、私が体調を崩し……熱を出してしまったことから、対応が遅れてしまいました」

「熱……って大丈夫なんですの? 王女殿下」

「ええ。大丈夫よ。オデット」


 安心させるように笑うアイリス王女。


「ただ、たくさん熱が出て……いろんな夢を見ただけです。でも、そのせいでユウキさまと連絡が取れなくなってしまったのです。熱が下がって、起きたら、ユウキさま宛の郵便は、出せないようにされてしまっていて……」

「俺だけに有利にならないように、ということですか?」

「はい。ユウキさまが本来の騎士候補であることは、皆が知っていますので」


 アイリス王女は俺の手を取って、告げた。


「護衛騎士選定が王家の問題になってしまった以上、私の意見だけを押し通すことはできません。ですが、仮にユウキさまが護衛騎士に選ばれなかったとしても、ユウキさまには私の側にいていただきます。ご学友として最高の『古代魔術』の師匠につけるようにするつもりです。お許しください。ユウキさま」

「わかりました」


 俺はそれでも構わない。

 アイリス王女の護衛騎士の指名を受けたのは、彼女と『フィーラ村』の関係を知るためだ。

『魔術ギルド』の研修生として側にいられるなら、その目的は達成される。


「俺はそれでも構いません。アイリス王女殿下のご配慮に感謝します」

「ありがとうございます。ユウキさま。オデットも本当にありがとう」


 それから、アイリス王女はオデットにも一礼。


「あなたがいてくれたから、ユウキさまとこうしてお話することができたんです。候補者を2人同時に呼ぶ、ということならば、ユウキさまをひいきしたことにはなりませんもの」

「お役に立てて光栄です。アイリス殿下」

「他人行儀なこと言わないの。オデットは元々、護衛騎士にならなくても、私と同じ師匠についてもらうつもりだったのですもの」


 いたずらっぽく片目をつぶるアイリス王女。


「でも、びっくりしましたわ。いつの間にユウキさまはオデットと仲良くなったんですか?」

「俺が街道を進んでいたら偶然、声をかけていただきました」

「ふふっ。私のときと同じですね。もしかしてオデットも、ユウキさまに助けていただいたのではなくて?」

「…………コメントは控えさせていただきます。アイリス殿下」

「あら? その顔は図星のようね。ユウキさまの戦闘能力はすごかったでしょう?」

「ですから、コメントは控えさせていただきますってば」

「あらあら」


 アイリス殿下も、公爵令嬢オデットも楽しそうだ。

 本当にこのふたり、幼なじみなんだな。


「アイリス王女殿下、質問してもよろしいですか?」

「どうぞ」

「殿下のご先祖に、ライル、あるいはレミリア、アリスという方はいらっしゃいませんか?」

「……ライル……レミリア……アリス」


 アイリス王女殿下はその名前を繰り返して、それから、じっと俺を見た。


「私が知ってるのは祖父母の代までですけれど……そのような方はいなかったと思います」

「そうですか……」

「ユウキさまは、なぜそのようなことを?」

「えーっと」


 いかん、考えてなかった。

 村の守り神として、あいつらの消息が心配……ってのはダメ。

 200年前に家族だったアリスに、アイリス王女がそっくり……もダメだな。


「……夢で」

「夢?」

「夢で、その3人が語りかけてきたのです。アイリス王女殿下を守るように、と」

「まぁ」


 アイリス殿下は、ぽん、と手を叩いた。


「もしかしたら、私とユウキさまの出会いも、その方々が導いてくれたのかもしれませんね」

「かもしれません」

「まるで運命ようですね。ふふっ、きっとそうかも」


 悪い、ライル。適当に名前を借りた

 墓を見つけたらちゃんとお参りしてやるから、今は見逃してくれ。


「けれど……残念ながら祖父母の時代より前のことは、記録が残っていないのです。その方々が本当に私の先祖だとしても……知る手段はございません」

「『八王戦争』があったからですわね」


 王女殿下の言葉を、公爵令嬢オデットが引き継いだ。


「8人の王が争いあう、泥沼の戦争。あの戦争のせいで、昔の記録はほとんどなくなってしまいました。『古代器物』もほとんどが失われ、残っているものも封印されたままですものね」

「それで思い出しました」


 アイリス殿下はまた、手を叩いた。彼女の(くせ)らしい。


「護衛騎士を選ぶ試験のことです。『魔術ギルド』が試験会場を決定したそうです。場所は『エリュシオン』の最も浅い階にある、聖剣が納められた洞窟(どうくつ)で──」

「来客中、失礼いたします!」


 ドアの向こうで衛兵が叫んだ。


「ただいま侯爵家(こうしゃくけ)ご子息ジルヴァン=キールスさまと、伯爵家(はくしゃくけ)ご子息ガイエル=ウォルフガングさまがご挨拶(あいさつ)にいらしております。いかがいたしましょう」

「……3人だけの時間はここまでですね」


 アイリス王女殿下は自分の席に戻り、深呼吸をひとつ。


「お通ししてください。皆さんご一緒のところで、試験についてお話しいたしましょう」

「承知いたしました」


 衛兵が答え、応接間のドアが開いた。

 その向こうには、俺と同じくらいの年頃の少年がふたり、立っていたのだった。

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