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辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる 〜愛されながら成り上がる元魔王は、人間を知りたい〜 作者:千月さかき

第1章

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第26話「元魔王、王都に到着する」

今日は2回更新しています。

はじめてお越しの方は、第25話からお読み下さい。



 ──オデット=スレイの馬車の中で──



「わたくしはユウキ=グロッサリアを甘く見ていました」


 スレイ家の馬車の中で、オデット=スレイは言った。


「男爵家の庶子だから、こちらが同盟を持ちかければよろこんで飛びついてくる、と。でも、彼ほどの相手に対して失礼でした。わたくしも、甘すぎましたわ」

「あの戦闘能力と……状況把握力。使い魔も……強力。戦士としても魔術師としても……一流……です」

「他の2人を倒すまでは、彼は強力な同盟者となるでしょう」

「その……後は」

「最も恐ろしいライバルとなるでしょうね。それまでに、彼のことをもっと知らなくては」


 オデットは、指で空中に紋章を描いた。

 右手の指でひとつ、左手でひとつ。最後に右手の指で書き加える。

 小声で詠唱しながら、家庭教師の方を見る。小柄な家庭教師は「正しいです」とうなずく。


「……来たれ。我が『地属性』の使い魔。『影の蛇』よ──」


 馬車の床に魔法陣が生まれ、そこから、真っ黒な蛇が現れた。

 蛇なのに、動きが異常に速い。

 オデットが見ている間に、一瞬で荷物の陰へと消えていく。


「これをユウキ=グロッサリアの馬車に潜り込ませます。この距離なら魔力のリンクが維持できます。声くらいは、拾えるはずですわ」

「……おみごとな『古代魔術』です……おじょうさま」

「まだまだですわ」


 オデットは金色の髪をかきあげた。


「わたくしはアイリス王女の隣に立つ、護衛騎士となるのです。これくらい当然ですわ」




 ──数分後、ユウキの馬車で──




「……馬車の中に使い魔がいるな。誰のだ?」

『……キュキュ』

「レミーちゃんも気づいたようですね」

「たぶん公爵令嬢(こうしゃくれいじょう)オデットのだろ。ちょっと行ってくる」

「はーい。お気を付けて」

『きをつけてー、あるじさまー』


 俺はマーサとレミーに手を振り、馬車を降りた。





 ──再びオデット=スレイの馬車の中で──




「そ、そうですわ。あなたを呼びにやりましたの! 使い魔は!! そのために!!」

「そうなんですか」

「……使い魔が呼びかける前に気づくなんて……すごい探知能力ですわね」

「直感です」


 嘘だけど。

 馬車の四隅には俺の血がちょっとだけしみこませてある。

 血は俺の手足の一部だ。近くを誰かが通れば、皮膚感覚(ひふかんかく)でわかる。

 レミーにも俺の『魔力血(ミステル・ブラッド)』を与えたからな。噛まれたときに。あの子の感覚も鋭くなってるようだ。


「公爵家のオデットさまくらいになると、『古代魔術』の使い魔で人を呼ぶのかなー。とか思ったんですが」

「よぉくごぞんじですわねぇ!! その通り! ですわっ!!」

「大声を出すと外の兵に聞こえますよ」

「ぐぬぬぅ」


 公爵令嬢オデットは(ほお)(ふく)らませて俺をにらんでる。

 なんでだ。


「お呼びしたのは他でもありません。あなたがどれほどの望みを持っているのか、確かめたかったのですわ」

「望み?」

「『魔術ギルド』の研修生になると、ギルドの魔術師が先生になることはご存じでしょう?」

「そのあたりは、兄から」

「正式なギルド員となれば、『古代魔術文明の都(エリュシオン)』を探索する権利が与えられること、そこで新たな『古代器物』を見つければ家の爵位(しゃくい)が上がること、あるいは新たな爵位がもらえることは?」

「……それは知りませんでした」


 爵位(しゃくい)か。

 俺が『古代器物』を見つけたら、グロッサリア男爵家(だんしゃくけ)子爵家(ししゃくけ)になる。

 あるいは、俺が新たな貴族の家を立てることができる、ってことかな。


「新たな貴族の家って、一代限りですか?」

「そうですわね。本人の死去とともに、爵位(しゃくい)と領地はなくなりますわ」

「本人が死ななかった場合は?」

「そんなの誰が想定しますの」


 そうだよなぁ。

 俺が爵位(しゃくい)をもらって、国にもらった領土でのんびり、ってのも考えたけど、無理か。

 俺の場合、死なない可能性があるからなぁ。

 一代限りの爵位(しゃくい)だと思ったら、その貴族が死ななかったとなれば……。

 たぶん、問題になるだろうな。


「変な質問なんですけど」

「どうぞ」

「持ってると死ななくなる『古代器物』って、どこかにありませんか?」

「どれだけ欲が深いんですの」

「いや、実際に不死にならなくてもいいんです。そうじゃなくて『それを持ってるなら、死ななくてもしょうがないな』って、まわりが思ってくれるようなアイテムであれば」

「……あるかもしれませんわね。『古代器物』であれば」

「ぜひ手に入れたいですね」

「まったく……あなたはどれだけ大きな望みを持ってますの?」


 オデット=スレイは言った。


 俺の望みか……。

 そんなの決まってる。『人間を知ること』だ。


 それと、アイリス=リースティア王女がアリスの子孫かどうかを確認すること。

 あとは、『フィーラ村』がどうなったのかを知ることだ。

 まとめると、


「──俺の望みは王女殿下を守る騎士となることです」

「それは、男爵家(だんしゃくけ)のためですの?」

「それもあります。だけど本心は、自分のやったことの結果を見てみたいんです。自分がそれなりに生きて、こうしようって決めた結果、どうなったのか。それがいいことだったのか悪いことだったのか知りたい。それだけです」

「わかりますわ。あなたは『古代魔術』を使いこなすために努力してきたのでしょう。その努力の結果、王女殿下じきじきに騎士として指名されたのですもの。ならば、その行き着く先が見たいですわよね。自分がどこまで行けるのか」

「え?」

「え?」

「あ、はい。そうです。俺は自分の魔術がどこまで通用するのか知りたいんです」

「たいした方ですわね。あなたは」


 オデット=スレイは頬杖(ほおづえ)をついて、笑った。


「あなたには出世欲はないのですね。わたくしはあなたが、尊敬できるライバルだとわかりましたわ」

「オデットさまは、どうして王女殿下の騎士に?」


 無礼かもしれないけれど、聞いてみた。

 一般的な上位貴族がどんな理由で王女殿下の騎士を目指すのか、興味があったからだ。


「わたくしが騎士になりたいのは、アイリス=リースティア殿下を守るためですわ。わたくしは、アイリス(・・・・)を守るためなら、すべてを投げ出す覚悟がございます。それだけですわ!」

「アイリス?」

「────っ!?」


 オデット=スレイの顔が真っ赤になった。

 それから彼女は、はぁ、とため息をついて、


「アイリス=リースティア殿下は、わたくしの幼なじみでもありますの。小さいころは、共に魔術を学んだこともあります。詳しいことは言えませんが、アイリス殿下には魔術を学ばなければいけない事情があるのです。わたくしはあの方の側でお守りし、サポートする者になりたい。それだけなのです」

「オデット=スレイさま」

「……このことを話したのは、あなたが初めてです」


 オデット=スレイは、俺から視線を逸らした。

 それから、「はぁ」とため息をついて、



「このことをお教えしたのは、わたくしがあなたに嘘をついたからですわ」

「嘘を?」

「本当はわたくしは、あなたがどんな方か探るために、使い魔を馬車に潜り込ませましたの。でも、あなたはわたくしの予想以上にすごい方で、使い魔が見つかってしまった」

「え? 俺も次からは、コウモリ使って人を呼ぼうと思ってたんですけど」

「怒られるからおよしなさい」

「嘘だったんですね」

「お詫びいたしますわ。わたくしはどうしても……アイリス殿下の護衛騎士になりたくて」

「わかりました。それは、もういいです」


 俺だって正体を隠して、人間やってる身だ。

 それに、守りたいもののために手段を選ばないって気持ちはわかるからな。


「俺はオデット=スレイさまを信頼します」

「…………ユウキ=グロッサリア」

「次から使い魔をよこすときは、わかるように寄越してくださいね」

「使い魔で連絡取るの前提ですの!?」


 そう言ってオデット=スレイは、笑った。


「本当に……あなたには敵いませんわ」


 馬車の席に座ったまま、オデットは祈るように手を組み合わせた。


「どうか、アイリス殿下の騎士が、わたくしかあなたでありますように」

「──オデットさま。ユウキ=グロッサリアさま。王都が見えてまいりました!!」


 不意に、馬車の外で兵士の声がした。

 俺とオデットは窓を開け、外を見た。


 街道に先に巨大な城壁がそびえ立っていた。


「あれが、王都ミルガリアですわ」


 オデット=スレイが言った。


「そして『古代魔術文明の都(エリュシオン)』への入り口がある場所でもあります」


 ……『古代魔術文明の都(エリュシオン)』か。

『聖域教会』があの場所を見つけて200年経つけど……今は、どうなっているんだろうな。




 そびえ立つ城壁を見ながら、俺はそんなことを考えていた。

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